10-2-13.日常と現実
執事が凍り付いたのと同時に部屋の中にいる者達も動きを止めていた。…バルクとラルフ、そしてネネを除いて。
「えっと…こんなとこで何やってんの?」
「あらまぁ。私驚きで一杯ですの。まさかこんな所で働いてるなんて思ってもみませんでしたわ。」
「ってかそんな趣味があったのね。」
「…でも似合ってるよ?」
各々の口から感想が発せられる。
「いや…これは…。」
執事はクルッと背を向けて出て行こうとするが…。
「ちょっと。ご主人様とお客様がお飲物をお待ちですよ?早く持ってきて。」
ネネに引き止められてしまった。ラルフも追い打ちをかける。
「そんな恥ずかしがんなって!結構似合ってんだからよ。な?」
ドアから半歩足を外に踏み出した状態で止まると、執事はギチギチと回り始めた。それはまるで壊れた人形のよう。再び顔を向けた執事を見てバルクがトドメの一言を突き刺す。
「お前、この仕事向いてんじゃねぇの?めっちゃ似合ってるわ。」
執事は再びフリーズ。動かない事に怒ったネネが低い声で…
「いい加減にしないと…しばくわよ遼君?」
執事…藤崎遼はこの言葉をきっかけにテキパキと動き始めた。
「お待たせしました。こちらお飲み物でございます。季節柄、少しずつ寒くなってきましたのでお体を冷やし過ぎないようにご注意下さいませ。」
ぱぱ!っとドリンクを置くと部屋から出ようとターンをするが、ドアの前にはラルフがニヤニヤしながら立っていた。
「ネネ。こいつも部屋に置いといてもらっていいか?追加料金は払うからよ。」
「もちろんです。じゃあ遼君はそこで待機しててね。」
「なっ…!?」
遼は不服そうな表情を見せるが、すぐにガックシ肩を落とすとトボトボとネネか指し示した部屋の角に行き、ピンっと姿勢良く立った。
「遼…お前ってこーゆー趣味があったのか?」
「いえ。そういう訳では御座いません。ある事を条件にしてこの店で働くことになりました。」
ヤケに丁寧な言葉を使う遼は気持ち悪いというのが正直な感想だ。
「ちっとさ、その気持ち悪い話し方どうにかなんないんかな?」
普段からそこまで砕けた話し方はしない遼ではあるが、執事に合わせた口調で話されるとどうも背中がむず痒くなる。
龍人の苦言に遼は眉を顰めるのみだ。
「申し訳ないんですが、私達はメイドと執事に相応しい言葉遣いをするのが義務なんです。なので、そこだけは許して下さいね。」
ネネの助け舟に遼は頷き、龍人は「ふーん」的な反応を示す。
「さてと。俺は執事の花笠音頭を見たいな。」
「へっ?」
ラルフの謎な発言に遼が素の反応を出してしまう。ネネは微笑むと首を縦に振った。
「ご主人様かしこまりました。それでは、これより執事による花笠音頭を披露させて頂きます。」
何処からともなく花笠音頭の曲がが流れてきて遼は焦ったようにネネに視線を送る。助けを求めての行動だったのだが、味方がいない事を再確認するだけに終わってしまう…ネネは微笑みながら冷徹な目で遼を見ていた。
(まじか…。完全にラルフに遊ばれてるじゃん。)
ここで踊らなければ、後でネネに鬼の様に怒られるのは目に見えている。他のメイドならまだしも、ネネはプロとしての意識を持ってメイドをしているので、余りにも無茶な要求で無い限り出来ないとは言わないのだ。
(こうなったらヤケだ…!)
遼の花笠音頭が始まる。
………………
「はあっはあっ…。」
約1時間後、執事遼は部屋の隅で息を切らしてへたり込んでいた。ラルフの花笠音頭に始まり、コサックダンス、フィギュアスケートを練習している風景、女々しく可愛い男がニャンニャンしてるポーズ、スベらない話…等の無理難題を押し付けられたからだ。後半は遼が大体のことはするのを理解したクラスメイトによる要求である。
「遼くんって凄いですわね。私ちょっと尊敬しますの。」
「うん。凄いと思う。私だったらあんなに色んな事は出来ないな。」
「でも、遼君相当嫌々ながらやってたと思うわよ?時々目が笑ってなかったし。」
女子の意見は大方こんな感じで。
「にしても何でここでバイトしてんだ?ギルドで依頼もこなしてんのにな。そんなに金欠なのか?」
「遼の執事姿マジで似合ってるぜ!俺は絶対に着たくないけどな!」
男子の意見は大体こんな感じだった。
実際、何故遼があなたと私の萌え心で何故働いているのかと言うと…。
そもそものきっかけはラルフと遼が魔獣に関する情報を得る為にこの店を訪れた時だ。情報を得る対価として支払ったのが、遼が執事として働く事だったのだ。詳しく聞く前にラルフから半ば強制的にイエスと言わされ、先に情報を聞いてからその事実を知らされた遼に拒否をする事は出来なかった。
そして、週に1回の契約で執事業に精を出している。楽しいかと問われれば、楽しくないとは言えない感じで
、辛いのかと聞かれれば辛いと答えられる。
そんな程度のバイトだが、何も収穫が無い訳ではない。何よりも勉強になるのがメイド達の話術だ。相手の警戒心を解き、心の中にスッと入り込む話術を始めて見た時は思わず目の前の光景を疑ったりもした。
遼は基本的に会話に長けているとは言えない性格の持ち主だ。だからこそメイド達の話術は勉強になり、遼にある種の刺激を与えていた。
そのメイド達の中で1番の話術力を持っていると推測されるのがネネだ。実際にどんな手法を使っているのかは伏せておくが、彼女を慕って来店する客は多い。
遼はネネが情報屋として活動している情報源は意外とこの店なのでは?なんていう邪推をしてたりもする。
ただ、ネネが情報屋である事は極秘事項だと言われているため、遼はその事について話すことが出来ないのだった。




