10-2-9.日常と現実
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土曜日。街立魔法学院の生徒達にとって自由な時間が過ごせる土日の1日目だ。その時間の過ごし方は人によって様々である。
学院の特訓室を使って魔法技術の向上に務める者。
街魔通りに繰り出し遊び呆ける者。
学院から通行許可証を発行してもらい、中央区に遊びに行く者。
龍人は前期の間に関しては教員校舎訓練室でラルフとの特訓に励んでいた。しかし、夏休み中の魔獣事件に関連する事後処理や調査にラルフが駆り出されるようになってしまった為に、ラルフと特訓をする時間が無くなっていた。そんな訳で龍人は1人で授業の後に特訓室を使って魔法陣のストック数を増やす練習や、魔法陣のストックを作る時間短縮の練習、新しい属性魔法の練習に明け暮れていた。
もちろん今日も練習をする予定だったのだが、ふとした思いつきで龍人は魔法の台所を訪る。
「こんにちわー。」
店の奥にあるカウンターで中に向けて声を掛ける。土日はいつもごった返している魔法の台所だが、今日に限っては比較的空いていた。その為なのか店内に店員の姿を見ることが出来ない。
「おうー。いらっしゃい!…って龍人か!久しぶりじゃねぇか!この前はレイラを見つけてくれてありがとな!」
シェフズは豪快に笑いながら龍人の肩をバンバン叩く。容赦無く叩くので龍人の体が思わず傾いてしまう。
「いてっ!痛いっす!」
「はっはっは!わりぃわりぃ!これも俺の感謝の大きさだと思ってくれい!」
腕を組んで更に豪快に笑うシェフズは龍人が痛がっていることなど微塵も気にしていない。
「で、今日はなんだ?わざわざ俺を呼んだんだ。何か欲しいものでもあるんだろう?」
「あ、そうなんです。実は3対3のチーム戦を授業でやってるんですけど、全然上手くいかないんですよ。それでチームで戦う時にどうしたらいいのかってゆー本とか無いかなって思いまして。」
「チーム戦に関する本か。んー、魔法戦闘の理論書とかに載ってたかな?ちょっと待ってな。」
シェフズは店の端にある魔法本コーナーに行くとゴソゴソと漁り始めた。手持ち無沙汰になった龍人は魔具のコーナーでも見て回ろうかと歩き始めた。
「いらっしゃいませー。あ、龍人君。」
店の奥から荷物を大量に抱えて出てきたのはレイラだ。
「お、レイラ。働いてんなぁ。…あれ?ここでのバイトって夏休みの間じゃなかったっけ?」
「あ、うん。そうなんだけど、ここで働いてると色んな事を勉強できるからシェフズさんにお願いして働かせて貰ってるんだ。」
龍人は思わず感心してしまう。魔法の台所は街魔通りでの繁盛店の1つ。その忙しさは尋常ではないはずなのだが…それでも働いて勉強したいというレイラの姿勢には頭が下がる。
実際の所、レイラが働き始めたことで魔法の台所の売り上げが更に上がっている。そして、密かに買い物客から絶大な人気を集めているレイラが働きたいと言っているのにシェフズが手放すわけも無かった。むしろ、大歓迎である。そんな裏事情を龍人とレイラはもちろん知らない。
「レイラって偉いな。俺は時間が空いた時にギルドの依頼を何となくこなしてるだけだわ。」
「あ、龍人君ギルドの依頼やってるんだね。いいなぁ。」
レイラは急にモジモジし始めると周りを見渡して、龍人に小さな声で告げる。
「実は私…明日ギルドの試験を受けるんだ。」
「えっ!?まじか!もしかしたら一緒に依頼とか出来るかもじゃん。」
「うん!一緒に依頼出来たら楽しいよね。私頑張るね。」
「おう。頑張って!めっちゃ応援してるよ。」
レイラは嬉しそうに頬を染めると噛みしめるようにして頷いた。
「なんだなんだ?店の中でイチャつくなよ?」
シェフズが何故か龍人の耳元で囁き、龍人は突然の出来事に全身に鳥肌が立ち飛び跳ねた。
「ちょっと!まじでそーゆー出てき方はキャラじゃないだろ!」
「はっはっは!いやぁいいもんを見せて貰ったよ。若いってのはいいなぁ!さてと、チーム戦に関連する本なんだが、残念な事に全然無いんだよなぁ。」
「げ。まじっすか書いてある本が全く無いんですか?」
シェフズは困った様に顎をポリポリ掻く。
「いや、書いてる本はあるんだが…どれもこれも大した内容じゃねぇんだよ。書いてあっても理論的すぎて実践的じゃなかったりもするしな。それだったらラルフの授業を全力で吸収した方が遥かに効率がいいはずだ。」
「そっか…。分かりました。ありがとうございます。じゃ、帰るわ。レイラ仕事頑張ってな。」
龍人がシェフズにお辞儀をしてレイラに片手を上げると、店の入り口に向けて歩き始めた。すると、シェフズがいきなり手をポンっと叩く。
「あ!レイラ!今日は空いてるからもう上がりでいいぞ。お疲れな!」
「え?」
突然のシェフズの言葉にレイラはキョトンとしている。
時間はまだ午前中という事もあり、今店が混んでないとしてもこれから大混雑になる可能性も大いにあり得るのだが…。
「はいはい!帰った帰った!」
シェフズはレイラの背中をポンポン押しながら店の奥へ追いやる。
「あ、龍人!ってな訳だからレイラの事待っててやってくれ。」
そして、レイラに向かって小さい声で付け加える。
「折角龍人が来たんだ。2人でご飯でも食べながら色々話してこい。明日のギルド試験の事でもいいし、まずは2人で会話して距離を縮めろよ?」
レイラを店の更衣室に押し込んだシェフズはニカっと笑うと店の中に戻って行った。
成り行きでレイラを待つことになってから15分後程…店の奥から私服姿のレイラが現れた。どんな服装か?それは想像にお任せしよう。ただし1つだけ。それは龍人の好みの雰囲気にドストライクだった。
「龍人君遅くなってごめんね。それに、なんか無理矢理待たせるみたいな事になっちゃってごめんね。」
「ん?あぁ全然OKだよ。気にしない気にしない!じゃぁまぁ行きますか。」
店の入り口に向かう龍人とレイラを律儀に見送りにくるシェフズ。
「おい龍人。間違ってもレイラに手を出すなよ?」
「出さないって!何変なこと言ってるんだし!」
「はっはっは!レイラも襲われたらちゃんと断るんだぞ?」
「え…うん。考えておきます。」
(考えておくってどーゆーことだ?)
龍人の思考が高速回転を始める。しかし、あれこれと推測をしても推測には過ぎない為、すぐにその事について考えるのを止める。そして、当面の問題を解決するべく龍人の頭はフル回転を始めていた。
その問題とは…。
レイラと2人でどこに行くのか。
である。
言わば今の状況はプチデートであり、そんな状況で「龍人君って2人で居るとあんまし面白くない」だなんて思われたら男子としての面目が丸つぶれである。
「よし、じゃ行きますか。」
「うん。」
2人はゆったりとしたペースで歩き始めた。




