10-2-8.日常と現実
2対2のチーム戦授業は終わり、続けて3対3のチーム戦へ移る。今回はチーム固定ではなく、くじ引きでチームを決めての試合形式だ。更に、グラウンドでの試合から様々な条件が設定された環境での試合だ。
例えば、豪雨が降り注ぐ密林での戦闘。
例えば、燦燦と灼熱の太陽が地面を焦がす砂漠。
例えば、法則性も無く突然水が吹き出す街。
例えば、至る所が底なし沼に侵食されている公園。
あり得そうなシチュエーションからあり得ないと叫びたくなる程のシチュエーションまで、様々な環境が試合の舞台として用意された。
学院生達は毎回の試合に全力で取り組む。それは、ラルフが何気無く発した一言に起因する。
「そうだなぁー。勝ち負けはどっちでもいいんだが、俺が見ててダサい戦い方とか手を抜いた戦い方をしてたチームは、スッポンポンにして学院の正門前に転移させるぞ。」
何時ものラルフらしい発言ではあるが、スッポンポンで大衆の前に転移で現れでもしたら…猥褻罪で警察に捕まるのは間違いない。そして、ラルフならほぼ確実に、躊躇い無くやりそうなのである。
こんな…(下らない)理由で学院生達は全力で試合に臨んでいた。
金曜日の授業後…明日からは土日と休日だ…教室で上位クラスの仲良しメンバーはチーム戦について話し合っていた。
「チームの3人が近接タイプだと戦うの難しくない?」
皆に問いかけるのは龍人だ。先程の授業では龍人、バルク、スイという近接タイプがチームを組まされた。そして相手チームは近接、遠距離、遠距離という組み合わせ。
ルーチェがピコンと人差し指を立てる。
「それはそうでも無いですわ。遠距離タイプは懐に潜られるのを嫌いますわ。ということは、如何に相手に近づくのかを考えればいいのです。」
「確かにね、この前龍人君がクラウン君とやった方法なら大体の相手に近づけるんじゃない?」
火乃花がルーチェの横で口を挟む。
「いや、そうなんだけどさー。毎回あんなんやってたら魔力が保たないからさ。魔法に頼らない立ち回りをもう少し考えなきゃって思って。」
「でも勝ってたよね?」
欠伸をしながら遼がツッコンできた。
「ん?そりゃね。たださ、例えば今日の相手が遼、火乃花、ルーチェだったら負けてたと思うんだよね。」
全員が宙を見て試合を想像する。
満場一致で遼達の勝利という結果が導き出された。
レイラが控えめに意見を出す。
「私思ったんだけど、相性が悪い場合はしょうがないんじゃないかな?無理に勝とうとしないで、負けないように戦うとか…。」
「勝とうとしないで戦っても面白くないだろ!?戦うからには勝たないとな!」
元気に反論したのはバルクだ。すかさず火乃花が反駁に入る。
「ちょっと待って。レイラの言う事も一理あるわよ?」
「なんでだよ?試合で負けないように戦ってたら只管に消耗するだけだろ?そんで削られて結局負けるんじゃねーか。」
バルクは不貞腐れたように頭の後ろで腕を組んで足をプラプラさせはじめる。
「それは授業という中での試合に限った場合よね。例えば、夏合宿でやった模擬戦争が舞台だったら話は変わってくるわよ。負けないように戦いながら救援を待つってのもあるし。それに、何よりも長時間戦うことで相手の戦い方の特徴とか、どんな立ち位置をキープするように意識して位置取りをしてきているのかとかを分析する事が出来るわ。」
「…?火乃花、難しく考えすぎじゃないか?」
バルクの頭の上にはクエスチョンマークが浮かび始めている。龍人がすかさず口を挟んだ。もちろん、火乃花が怒りそうな気配を感じたからこそではあるが。
「確かに分析が出来るってのは大事だよな。俺もクラウンとチーム組んでて連携を取るために、先ずは仲間のクラウンの分析をする所から始めたし。」
ルーチェも納得顔で頷く。
「そうですわね…。相手の使う魔法の属性とかを分析する事も大事ですが、相手の性格、特徴、得手不得手とかを分析する事が出来れば戦闘を有利に進める事が出来ますわ。」
チーム戦に関する話は段々難しい内容に変わっていく。バルクは既に頭を捻りまくり、レイラはしきりに頷く。会話を主で続けるのは龍人、火乃花、ルーチェだ。遼は発言をあまりしないが、全員の表情を眺めながら頷いている。
高みを目指す学院生の話し合いはまだまだ続く。有意義な学生生活の放課後。
しかし、忘れてはいけない。今この場所でどれだけ穏やかな時間が過ぎていようと、世界では様々な時間が流れている事を。それらの時間が決して彼らが感じているものとは一緒では無い事を。
既に世界の一部の人々は動き始めていた。
既に世界の一部の人々は気付き始めていた。
世界を変えるために。
世界が変わりつつある事を。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
とある実験施設。
そこに彼は居た。世界の理を根本から崩そうとする男が。
そして、自身の欲のために魔法街行政区魔商庁長官という役職を捨てた男が。
「ふむ。大分安定してきたな。このまま行けば、あと2ヶ月もすれば完全に落ち着くか。そうすると…同時並行で制御についても詰めていかなければ。」
サタナスは目の前にある【其れ】を眺めるとキーボードを高速で叩き始めた。
タタタタタッタンタンタンタタッカタカタカタタタタン
軽快な音が部屋に響く。そこに異音が混ざりこむ。
ガチャ
ギイイイィ
バタン
ドアが開閉する音。しかし、サタナスは振り向く事なくキーボードを叩き続ける。
「不用心じゃないか?もし私以外の誰かだったらどうするつもりだ。もう少し警戒したらどうかな?」
「ふむ。それはごもっともな意見だな。だが、そんな必要が無いのは君自身が1番知っているだろう?」
「ふっふっふっ。それを言われたら頷くしか無いじゃないか。」
ラーバルは髪を掻き上げると部屋の中を見渡す。
部屋の中央にはガラス筒が鎮座し、上下に接続された大量のチューブが天井と床に吸い込まれている。部屋の壁は大量の機器に埋め尽くされ、それらが発する赤や緑の光がチカチカとネオンのように瞬いている。
「まぁだが、そのお陰で君はこの実験を成功へと導く事が出来る。そうだろう?」
「ふむ。それはそうだな。感謝しているよ。恐らく、君がいないとこの実験は成功しないからな。」
サタナスの口元が一瞬狂気の笑みに歪む。モニターに顔を向け続けているためにラーバルは気付かない。
「私もこの実験は成功して貰わないと困るからな。その為に魔商庁長官の地位を捨てたのだ。最高の見返りを期待しているよ。くっくっく…。」
ラーバルは腹の底から湧き上がってくる黒い笑みを噛み締め、部屋から出て行った。
サタナスとラーバル。彼らは部屋の中で話をする間、1度も顔を見合わせ無かった。正確に言えばサタナスが1度もモニターから顔を上げなかったのだ。
行政区の最高幹部を捨てた男の求めるものとは。そして、世界の理を根本から崩す事を目論む男の実験によって、何が生まれ、何が起きるのか。
穏やかな日常が流れる裏で、それとは相容れない流れが確かに存在している。




