10-2-5.日常と現実
「って事は、本当にモテる為だけに街立魔法学院に入ったのか?」
「もちろんだ!世の中のモテる男の条件を俺様は分析したんだ。そこで導き出された結果がエリートであるという事だ。魔法使いのエリートになってモテる!その為にも俺様は誰にも負けるわけにはいかんのだ。」
「なるほどねぇ…。」
喫茶店でかれこれ1時間は話しただろうか。その中で分かったことが幾つかある。まず、クラウンはただひたすらにモテたいらしいという事。常日頃の言動から分かるようにプライドが非常に高いという事。そして、1番意外だったのがメンタルがそんなに強くなさそうだという事だ。普段は強気な態度を取ることが多いが、周りの目も気にはしているし、正論をぶつけられると直ぐに拗ねてしまう辺りから想像するに、間違ってはいないだろう。
そんな風にクラウンの分析を結論付けた龍人は、1番の課題である連携をどうやって取っていくかを考え込む。
「龍人。お前はモテようとか考えた事ないのか?」
「へ?俺?…んー、無いなぁ。恋愛をするつもりが無いからね。」
「これだからイケメンは…!それに、恋愛をするかじゃなくてモテたいかどうかだ。」
「あ、なるほど。それだったらモテなくていいや。キャーキャー言われてもうっさいだけじゃん?」
「むむむむ…!それは既にモテてる男が言える台詞だ!あの黄色い声に俺がどれだけ憧れていると思ってるんだ…!それを贅沢にもうるさいだと?けしからん!」
「いやいや怒るなよ。そこは人それぞれの価値観の問題だろ?俺はクラウンのモテたいってのを否定するつもりはないぞ?」
「ぐっ…!」
クラウンは拳を握りしめ、顔を赤くし、プルプル震え出した。正論を言われて悔しがるクラウンである。
「やはりお前とは馴れ合わん馴れ合えん!」
バンっとテーブルを叩くとクラウンは店から出て行ってしまった。いきなりの行動に龍人はビックリして動くことが出来ず、周りのお客も危ない人を見る目でクラウンを見送る。
「行っちまったな…。ま、いっか。」
結果的に怒ったクラウンが出て行くというオチになってしまったが、龍人は以前よりもクラウンという人を知る事が出来た気がしていた。そして、2対2のチーム戦で勝つためにすべき事も何と無くではあるが明確になりつつあった。
(これで明日のチーム戦で少しでも良い結果が残れば…。)
龍人は強い思いを胸の内にしっかりと収め、残ったコーヒーを一気に飲み干した。
そして…
「ゴホッゴホッ…!」
盛大にむせた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
侘寂茶屋…街立魔法学院正門前のすぐ近くに位置する店の1つだ。
街魔通りで数少ない和の専門店ということもあり、店内はほぼ満席である。
スイはそこで静かに待っていた。
「お待たせしました。いつもありがとうね。」
そう言って店員が持ってきたのは羊羹だ。特に何かが秀でているわけではなく、至って普通の羊羹だ。ただし、その飾ることのない王道一直線の羊羹をスイは気に入っていた。
(うむ。旨そうだ。)
前回店に来た時は魔獣が街魔通りを襲撃した為にスイの大好物は無残にも食べられなくなってしまった。
今日はそれ以来…約2週間ぶりの羊羹ともあり、スイの心は踊っていた。
「さて…。」
隣の席が空き、店員が待ちのお客を案内している。
羊羹を丁寧に切って持ち上げたスイは、自分を見つめる視線に気付く。それは、隣の席に案内をされた女性だった。
(誰だ?)
怪訝に思ったスイは羊羹を口に運びながら見上げる。そして、口に半分羊羹を侵入させた所で硬直した。
そこに立っていたのは、火乃花だった。
「スイ君って…甘いもの好きなのね。こんな店に1人でいるから最初ビックリしちゃったわよ。」
そこまでスイに興味がないのか、火乃花はすぐに椅子に座る。スイはゆっくりと動きを再開し、羊羹を噛み締めた。
口の中に羊羹の甘みが広がり、程よい食感が口の中で踊る。これこそスイが待ち焦がれた癒しの瞬間である。…となる筈だったのだが。
(何でよりによって我の隣に来る?)
スイに羊羹を楽しむ余裕は無かった。誰か知り合いが隣に来た位ではスイの羊羹を楽しむ時間の妨げにはなり得ない。それ程までに羊羹は大好物なのだ。しかし、そこに来たのが火乃花というのがマズかった。
食べている羊羹ではなく、隣に座る火乃花へ意識が向いてしまう。
無言。
決して気まずい事は何も無いのに、何故か気まずい雰囲気が2人の間に流れ始める。
シビレを切らしたのはスイだった。




