10-2-4.日常と現実
父親の部屋を出たルーチェは長い廊下をゆっくりと歩いていた。窓からは夕日が差し込み、壁を赤に染め上げている。
(お父様はやっぱり私にアレを求めているのですわね。…本当に私はそれを選ぶべきなのでしょうか?)
父親から言われた言葉が頭の中をリフレインする。
「魔導師団…大人の世界は難しいのですわ。」
複雑な思いがルーチェの中を駆け巡る。ルーチェの周りには既に現実という蜘蛛の巣が張り巡らされていた。大人しく捕まるのか、隙間を縫うようにして自由な世界に羽ばたいて行くのか。自身の望む姿は…?
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「おーいクラウン!」
自分を呼ぶ後ろからの声に振り向くと、龍人が手を挙げながら走ってきていた。
(ほほぅ。遂に俺の凄さが分かって弟子入りでも希望しに来たか?)
ニヤニヤしたい所ではあるが、クラウンは至って平然とした表情を装って返事をする。
「なんだ?俺様に用事か?」
髪の毛が靡く様に鋭いターンで龍人を迎えるクラウン。そんなナルシスティック演出を全く気にすることなく龍人はクラウンの肩に手を乗せた。
「今日暇?これからちっと遊ばない?」
(俺様の渾身のターンが…。)
悔しさが込み上げてくる。そもそも、上位クラスを目指したのはモテる為だ。そして、その上位クラスでカッコイイ所を周りの女子に見せびらかしてモテまくる予定だったのだが…チーム戦の授業で龍人と組まされたばっかりに今まで全ての対戦で敗北している。
そして、そんなクラウンの苦悩を知らないのか遊ぼうと言ってきて、更には渾身のターンすらもスルー。
(これが侮辱と言わないで…なんだっていうんだ!)
クラウンの怒りのボルテージが上がっていく。
「俺様はお前とは馴れ合わん!」
ピシャッと言い放つ。仲良くなろうとする人をバサっと切り捨てる。そんなのもクラウンの中ではイケメン的行動の1つでもあった。
「いやいや、俺達が全然チーム戦で勝てないのってさ、バラバラに戦ってるからだと思うんだよね。チーム対個人×2みたいな構図になっちまってるんだよ。だからさ、そこんとこについて色々話したいんだよ。」
(むむ?こいつ、案外まともな事を言ってくるな…。…………勝てるようになればモテる……!)
「よし!そこまで言うなら遊んでやろうじゃないか。」
「遊んでやろうって…まぁいいか。」
「なんだ!?文句でもあるのか?この俺様が直々に遊んでやるって言ってるのに文句があるのか文句が!?」
「ないない。じゃ、いこーぜ。」
クラウンの面倒臭くなりそうな絡みをサラッと受け流すと龍人は歩き出した。クラウンもプンプンしながら後を追いかける。
(前を歩くのは俺だ!)
クラウンはずいっと龍人の前に出る。
(……?)
いきなり前に出てきたクラウンの意図がよく分からない龍人は頭にハテナを浮かべるも、特に拘りがある訳ではないのでそのまま歩き続ける。
2人は街立魔法学院の正門を出ると街魔通りを無言で歩く。
その沈黙を破ったのは意外にもクラウンだった。
「龍人、俺様はお前より弱いのか?」
「…どゆこと?」
龍人にはクラウンが質問をした意図を掴む事が出来ない。
「俺様がお前より弱いからチーム戦で勝てないのか?」
「いや…そんな事無いんじゃないか?タイマンで戦ったことがないからどっちが強いとかはハッキリ分かんないし。それに、勝てないのは連携不足だと思うんだよね。」
「…その連携不足が俺様が弱くて連携が取れないんではないのか?」
「いやーそれはないね。連携を取る意識が互いに低いだけだと思う。」
龍人としてはクラウンが1人で暴走せずに、最初から2人1組としての行動を取ってくれと言いたい所だが…プライドが高そうなクラウン相手にそれを言ってしまうのはアウトなので
、言外に「協力しろ」と言いつつ互いの実力については濁した。
龍人なりの配慮ではあったのだが、相手を気遣うのが正解…とは限らない。
「ふっふっふ!そうだよな!よし!やはり俺様が悪いのではない!俺をフォロー出来ない貴様の実力不足が問題なのだ!」
クラウンはいきなり態度を変えると盛大に威張りだした。
「はぁ…。結局こうなるのか。あ、クラウンあの店行こうぜ。」
龍人が指し示したのは一軒の喫茶店りだった。クラウンは一瞥すると、腕を組んで大きく頷く。
「そんなに俺様と一緒にいたいのか?いいだろう行ってやるぜ!」
クラウンの相手をするのに疲れてきた龍人らがっくしと頭を下げながら、龍人より弱くないという結論に達して威張りだしたクラウンは堂々と胸を張って喫茶店に入って行った。




