10-2-3.日常と現実
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視点は帰宅したルーチェへと変わる。
自室に戻ったルーチェは鞄を降ろすと軽く伸びをした。両手を上にあげて後ろに反る態勢を取る。決して豊満とは言えないそれが強調されるが、部屋の中にはルーチェしか居ないので問題がない。そもそも誰か居た所で、例えばそれが学院の教室内だったとして問題になるのか?と考えれば大した問題ではなく、数人の男子学院生が視線を送る程度のものであるのは気にしないでおこう。
「ふぅ。今日も疲れましたの。」
そのまま体勢を変えて身体の凝りを解していく。
30分程掛けてストレッチを行った後、ルーチェは時計を確認した。
(そろそろ時間ですわね。)
パパっと部屋の中を片付けてルーチェは部屋を出た。ドアを出ると長く伸びた廊下が出迎える。
ルーチェの家は言うまでもなく豪邸だ。ブラウニー家は税務庁長官を代々世襲する優秀な家系という事もあり、一般的な家庭と比べれば大分裕福である。それを象徴するかの様に廊下は延々と続いている。最もルーチェからすれば広すぎる家は無駄ではないかと思ってしまうのだが…。
(もう少し部屋と部屋の距離が近い方がいい気持がしますのよね。)
少しすると目的の扉が見えてきた。ルーチェは外から3回ノックをする。
コンコンコン
「おーう。入れー。」
扉越しの為にくぐもったような声が聞こえる。
「失礼しますの。」
扉を開けて中に入ると、初老の男性がソファーにゆったりと腰掛けていた。
「うん。時間通りに来るとは流石俺の娘だ。」
初老の男…ルーチェの父親は満足そうに頷く。
「時間を守るのは例え家族でも礼儀として必要な事ですわ。」
「いい心掛けだ。俺は嬉しいぞ。」
またもや満足そうに頷くルーチェの父親。…彼の名前はラスター=ブラウニー。行政区税務庁長官という肩書きを持つ男だ。それだけを聞くと厳格な父親を想像する人が多いのだが、現実はそうでもない。
「いやぁ聞いてくれよ。今年の行政区全体での税収が10%減でよ、だから税率を5%上げようとか言うんだぜ?それに伴う批判の声を一手に受けるのは俺なのにさ。そういう面倒臭いのは嫌いなんだけどな。」
「お父様…それなりの役職に就いてらっしゃるので、そればっかりはしょうがないと思いますわ。」
「いや、それは分かってるんだよ。だがな…そもそもの問題として税収を100%使うつもりで予算を組んでるから問題なわけだ。それで税収が下がったから税率を上げますなんて、都合が良すぎると思わないか?まずは無駄な出費をとことん削るべきなんだ。」
話している内に熱が入ってきたのかラスターの顔が不機嫌になってくる。
(このまま話しててもしょうがないのですわ。)
ちょっと面倒臭くなってきたルーチェは、父親の元を訪れた理由に関する話題を切り出した。
「お父様。そろそろ本題に移りませんか?龍人くんの事ですわ。」
ラスターの眉がピクリと反応する。
「もう少し愚痴を言いたかったんだけどな。まぁいいか。」
オールバックに整えた髪を撫でながら少し寂しそうな顔を作るラスター。だからと言って娘にゾッコンなファザコンという訳でも無く…。
(お父様は相変わらずノリがいいと言いますか…。)
「よし!では高嶺龍人君が魔法協会支部の地下で見せたモノについて教えてくれ。」
ルーチェはコクリと頷く。
「龍人くんが見せたのは黒い靄ですわ。体の周りにユラユラと漂うというか、体に纏わり付いているといいますか…表現が難しいのですが。龍人くんから出ているようにも見えましたわ。」
「ふむ。それで、その靄が出ている事による龍人君の変化はあったのかな?」
「はい。私の見た限りでは確実に魔法の威力が上がっていましたわ。普段の龍人くんは展開型魔法陣を主軸として戦っていますの。その特徴が驚異的な魔法の発動速度なのです。反面、絶大な威力の魔法が無かったのですが…あれはその威力不足を全く感じさせませんでしたの。ただ…普段威力が高い魔法を使っていなかっただけなのかも知れませんわ。あの魔法発動のスピードがあれば先手を打って相手を倒せますので。そう考えると、黒い靄の影響で魔法の威力が上がったとは断定は出来ませんの。ただ…。」
「ただ、あの記述に似ている。と言う事か。それが指し示すものなのか、似て非なるものなのかは分からない。と。」
ラスターに台詞を取られたものの、ルーチェは特に嫌な顔をせずに頷いた。
「お父様の言う通りですわ。つまり、もう少し様子を見る必要がありますの。」
「ん?ルーチェ…俺が高嶺龍人君を連れて来いって言うのを見越して先手を売ったな?」
「あら。バレてますのね。」
「平然と認めるか…。我が娘も大分成長したな!はっはっは!いいだろう。今の所は娘の顔に免じて様子見という事にしてやる。」
「ありがとうなのです。」
ルーチェは丁寧なお辞儀で父親に感謝の意を表す。
「但し…。」
ルーチェがピクッと反応する。
ラスターは優しい笑みを浮かべると付け加える。
「ルーチェが高嶺龍人君の様子をしっかりと観ている事が条件だ。理由は…分かるね?」
「むむむですわ。友達を監視するのは気が引けますの。」
「誰も監視するとは言ってないぞ?様子を観るだけだ。コレが約束できないなら、俺は明日高嶺龍人君に会いに行く。」
「むー。分かりましたわ。但し、観るだけですの。それ以上も以下もしませんわ。」
「うむ。それで良い。」
ラスターは満足そうに頷く。その表情を見ていると最初からこの展開に持っていくつもりだったのではないかと思ってしまう。しかし、真相は定かではない。
(お父様には敵わないのですわ。)
これ以上の長居をすると更に何かの条件を付け加えられるかも知れないと思ったルーチェは、部屋から出る事を決める。
「それでは、失礼します。」
ルーチェはお辞儀をしてラスターの部屋から出て行こうとするが、後ろから声を掛けられてしまう。
「ルーチェ待ちなさい。まだ話がある。」
クルッと振り向くとラスターは先程までの優しい笑顔を消し、真剣な眼差しでルーチェを見つめていた。
嫌な予感が胸の中に渦巻く。
「そこに座りなさい。」
ルーチェが大人しくラスターの指し示した先…正面のソファーに座ると、ラスターはある用件をルーチェに伝え始めた。




