9-3-133.闇と実験
ロジェスは自身から放出される大量の魔力に包まれながら、今までの人生を漠然と思い出していた。
何が悪かったとかはない。特別な事も無かった。至って普通の人生だったと言えよう。だが、それがロジェスにとっては普通では無かった。
彼は夢を追う青年だった。彼の夢はエリートの戦士として魔法街を守る為に戦うこと。その為に勉強は睡眠時間を削って取り組んだ。その甲斐があり、ロジェスの座学における成績は常にTOP3に入る程であった。しかし、そんな彼の努力はエリートとしての魔法使いになる事には結びつかない。それを妨げたのは、ロジェスの魔法使いとしての平凡な才能だった。同期の学院生達が魔法の才能をどんどん伸ばす横で、ロジェスは自身の魔法使いとしての才能に限界を感じていた。そこから生じる不安、焦りををかき消そうと更に勉学に励むというサイクルに陥ってしまう。しかし、どんなに知識が増えた所で戦闘における才能の差を感じずにはいられない。そうして、ロジェスは才能という壁に押しつぶされていったのだ。
良くある話である。ただ、誰よりも努力をしている自負があったロジェスには耐えることが出来なかった。そうして、ロジェスは学院では生真面目な生徒を演じながら裏ではヤンキー達の集まりに参加するようになり、悪事を働く様になっていた。
そこまでは、まだ良かったのかも知れない。しかし、ロジェスは彼に出会ってしまった。
ほんの些細な誤解で警察に追われることになってしまったロジェスは、北区の袋小路に追い詰められていた。目の前には10人以上の警察。
ここで終わり。牢屋で過ごす人生が待っていると諦めるロジェスの目の前で警察が一斉に倒れる。
その向こうから歩いてきたのは1人の青年だった。倒れた警察のライトが逆光になって顔は見ることが出来ない。分かるのはとても綺麗な銀髪をしている事位か。その人物はロジェスの目の前まで来ると、やけに明るく話し出した。
「やぁ!君はこの世界がおかしいと思わないかい?自分達に都合の良い事だけを認め、そうじゃない事は否定する。例えそれが正しい事でもだ。」
「…?」
ロジェスは相手の言うことを理解しきれない。警戒しつつ、無言を保つ。
「何も言わないのかい?君も体験しているはずだよ?どんなに努力して素晴らしい知識を持っていても、それが必要でなければ彼らは認めないんだ。魔法の才能が凡人のそれである君が1番分かっている事だと思うけどな☆」
「それは…そうだが。」
男は大袈裟に手を広げる。
「なんだいなんだい!君は彼らを擁護するのかな?彼らは自分達に都合良く使える駒を求めてるだけなんだよ!君のように優秀な頭脳を持った人物は、彼らの策謀を見破るかもしれないからね。そういう人物は理由をつけて魔法使いとしての道を諦めさせるのさ。分かるかい?君はこの魔法街によって才能が無い者として扱われたのさ。ただ単に優秀な頭脳を持っているがためにね☆」
男の言葉がロジェスの心を抉る。しかし、それでもロジェスは本能的に抵抗を試みた。
「だが…頭が良くて実力があるやつだって沢山いるぞ?」
「はっはっはははっは!面白い事を言うね。そういう次元の話をしているんじゃないんだよ。要は君個人の話だ!他の誰かの話なんてどうでもいいんだ。君は君で在る事を、在り続ける事を否定されたんだよ?他人の事なんかどうでもいいんだ!君の頭脳があれば魔導師団の参謀にだってなれたはずだ!いいか?ただ問題だったのは君のプライドが高かったことだ。だが、そんな事で個人の否定をするこの星、この魔法街がおかしいと思わないのかい?そして、この俺なら君の頭脳を最大限に発揮できる場を提供できる!」
「俺の…活躍できる場所?」
「そうだ!さぁ、着いてきなよ☆」
男が手を伸ばす。
ロジェスは男の台詞を頭の中で反芻していた。男の言葉が麻酔となり、甘い蜜となり脳を溶かして行く。悪事に走り非行を繰り返していたロジェスを理解し、肯定し、救いの手を伸ばしてくれているとしか思えなかった。
そして、そんな人物の誘いを断る理由が見つからなかった。
ロジェスは、人生を諦めていたのだから。
男は言う。ロジェスが居る事でこの世界を変えるきっかけが創れるのだと。
そして、今…自身に課せられた役割を理解した。
それはどうしようもなく受け入れ難いもので。
(いいさ。俺は…俺の人生に悔いはない。)
魔力が爆発し、白熱の閃光がロジェスの意識ごと呑み込んだ。




