9-3-93.闇と実験
BAR ROCKの店内は薄暗く、だがそれでいて雰囲気が暗いということは無かった。BGMでひたすらロックが流れ続けているのも要因の1つと言えるだろう。
客層は多岐に及んでいる。サラリーマンが煙草を片手にグラスを傾け、ヤンキーと思われる若者が両脇に若い女性を座らせて楽しく会話をする。女性が数人でぺちゃくちゃと話をしながらカクテルで喉を潤す。客層がバラバラであるが、1つだけ共通する点があった。それは、全ての客が節度を保っているという点だ。
ヤンキー は決して大声を上げることもなければ、女性客が甲高い声で笑うこともない。恐らくではあるが、それがこの店でのルールなのであろう。
火乃花とルーチェはそんな大人空間の入り口で店内の様子を伺っていた。
「…いないわね。」
まず口を開いたのは火乃花だ。
店内を見回すがラーバルらしき姿は見当たらない。
「あの店主さん凄いですわね。」
次に話したのはルーチェ。
バーカウンターに立ってシェイカーを振る店主の容貌が気になるようだ。スキンヘッドにグラサンなのだがら…それもしょうがないか。
「どうするのよ?…あ、先にどうぞ。…取り敢えず座りましょ。」
後からきた客の邪魔をしていた事に気づき、道を譲った火乃花はルーチェを促して席へと向かう。店内を見渡せる奥のソファー席に座ろうと思ったのだが…。ルーチェがバーカウンター席の前でピタリと止まった。
「火乃花さん。私ここがイイですの。」
「え…ここ?」
「ええ。ここですわ。」
その席は店主のほぼ目の前だった。戸惑う火乃花を他所にルーチェはさっさと座ってしまう。このまま立っていても不審かられるだけなので、火乃花も渋々隣の席に掛けた。
目の前でシェイカーからグラスへ琥珀色の液体を注ぐ店主は、そんな2人に特段注意を払っていない。丁寧に最後の一滴をグラスに落とし、カウンター席端のお客へ滑らせた。
「お嬢さん達…魔商庁の職員だな。」
いきなり店主から掛けられた言葉に2人は思わず身構える。
それを悟ったのか、店主は口許に笑みを浮かべた。
「そう緊張するな。あいつと同じ場所に行く為にここに来たんだろ?可愛い顔してな。人は見かけによらないね。」
口を開きかけたルーチェの膝を火乃花はカウンターの下で掴んで牽制する。
「私達が魔商庁の職員って良く分かったわね。」
「そりゃあその制服をみりゃ分かる。」
(…確かに!って漫才やってるんじゃないから。どうにかしてラーバル長官の行き先を聞かないと。)
「店主さん。早く案内して欲しいのですわ。」
またしてもルーチェがペラっと話してしまう。
「ははっ。案外生意気だな。じゃあこっちにこい。」
イラっとする様子も無い店主は顎で合図をすると店の奥に歩き出す。後をついて行くと、1つの扉を開けて中に招き入れられた。




