9-3-62.闇と実験
その男性を見た瞬間、事務局の青年が小さく声を洩らす。
「マジですか…。」
火乃花とルーチェはチラリと青年を見るが、青年はこわばった表情のまま動きを止めている。
青年が凝視する男は火乃花とルーチェの前に来ると、丁寧なお辞儀を披露して見せた。
細身な体を丁寧に折る。
前髪の部分が1番長く、後ろに行くに連れて短くなる髪が合わせて垂れる。
ルーチェは長い前髪から覗く男の瞳が怪しい光を発している様に感じられた。
しかし、頭を上げた男の雰囲気は爽やかなおじさま。といった感じである。
(中々に曲者と見ましたわ。)
「いやぁ、わざわざお越し頂いてありがとう。私は魔商庁長官のラーバル=クリプトンです。霧崎火日人殿の娘さんが見学にいらっしゃると聞きまして、ご案内をさせてもらえればと。」
「えっ!?魔商庁の長官ですか?」
驚きを露わにす火乃花を見てラーバルは微笑む。
「あぁ。そうだよ。霧崎執行役員のお嬢様に粗相があってはいけないからね。それに、丁度予定が空いていたんだよ。」
「あ、ありがとうございます。」
火乃花は依然戸惑ったままではあるが、お礼の言葉に合わせて頭を下げる。
執行部から命じられた調査対象であるラーバル=クリプトン。その本人が出てくるのは予想外であった。
(私達が来た目的がばれてるか、私のお父様にゴマをするのが目的かのどっちかよね。前者だった時は…マズイわね。)
やや強張った顔の3人を見たラーバルは笑いを洩らす。
「ふふ。そんなに緊張しないでくれたまえ。私は長官という役職についてはいるが、君達と変わらない一介の人間なのだよ。それでは、ご案内させて頂きます。」
ラーバルは恭しく頭を下げると3人をエレベーターに案内する。
戸惑いが抜け切らないまま、火乃花とルーチェはラーバルについて歩き出すが、事務局の青年は動き出さない。
「何してるの?行くわよ?」
青年に対して少しイラっとしながら火乃花が声を掛けると、青年は申し訳なさそうに頭に手を当てる。
「本当に申し訳ないんですが、私はこの後に別件の用事がありまして…引率出来るのはここまでなんです。ラーバル長官に起こし頂いて帰るのは非常に申し訳ないんですが…。」
言外に「ラーバル長官に気をつけろ」というニュアンスを入れながら、青年は頭を下げる。
「え…聞いてないわよ。ラーバル長官がわざわざ来てくれてるのに帰るの?」
言外に「あんたも少しは協力しなさいよ」というニュアンスを入れながら火乃花は食い下がる。
青年はまるで演技の様に困った表情を浮かべる。




