9-2-29.獣
その日の夜、街魔通りをフラフラと歩く男がいた。はたから見れば、酔っ払った男が歩いているように見えるのだろう。近くを歩く人もぶつからないように気を付けるだけで、それ以上特段の注意を払う事はない。
その男…ロジェス=サクリフは何かを呟いていた。目はやや充血し、獲物を狙う獣の様でもある。
「…い。…ない。…出来ない。…我慢出来ない。我慢出来ない。我慢出来ない。我慢出来ない。」
ロジェスは自身の両腕を掴む。
「くそ。こんな時に…。」
腕を掴む手に力を入れる。爪が食い込み、皮膚が薄く破れる。
ロジェスは辺りを見回し、路地裏へと歩を進める。
「ねー、ママ。私今日駆けっこで一番だったのよ。それでねそれでね、先生が褒めてくれてね、今度の運動会でリーレーするの!」
「あら!やったじゃない!きっとパパに走り方教えてもらったね。運動会楽しみにしてるわよ~?」
今日あった嬉しい事を母親に報告する小学生の娘と、娘からの報告を喜ぶ母親。
その親子が曲がり角に差し掛かった時、角からいきなり1人の男が現れる。
ドン
「キャッ!」
不運にも小学生の娘はその男にぶつかってしまう。
「あぁ?」
男の雰囲気が悪質なものだと感づいた母親は、すぐに男に向かって謝罪をした。
「申し訳ありません!ほら、あなたも謝りなさい!」
少女は呑気にも男の風貌に驚き、口を開けて眺めている。
緑色の短髪、耳のピアスが男をヤンキーの様に演出していた。




