9-2-25.獣
【其れ】が眠る実験室。
白衣を着た実験者、サタナス=フェアズーフの目の前に1人の男が立っていた。
緑の短髪に、平均より少し低めの身長。その体つきは鍛えられており、筋肉がしっかりとついている事が服の上からも伺える。耳に付けられたピアスがキラリと光るのが印象的だ。
「さて、首尾はどうだ?」
サタナスが問うと、ピアスの男は1枚のDISKを懐から取り出した。
「今回の実験結果はこれに記録されてる。」
「ふむ。それでは見せてもらおうか。」
サタナスはDISKを受け取ると、実験室に置かれているパソコンの1つに入れる。すると、部屋の中央にホログラフィックのスクリーンが現れた。
「さて、どんな成果が出ているのか…。」
再生が開始される。
そこに映っていたのは、狂ったように叫ぶピアスの男。襲われる男…それは街立魔法学院の生徒だった、そして襲った【モノ】。そこから繰り広げられた惨劇だった。
「…ククク。イイぞ。予想以上の結果じゃないか。しかし、制御がまだ甘いか。…もう少し別個体での実験が必要か。おい、ロジェス。」
ロジェスと呼ばれた男…ピアスの男は映像に向けていた視線をサタナスへと動かす。
「なんだ?また任務か?」
「あぁ、そうだ。今回は今までよりも楽しい任務だぞ。」
「いいじゃねぇか!なんだなんだ?早く言えよ。」
ロジェスの雰囲気が落ち着いたものから、狂気じみたモノへと変わる。
サタナスはその変化に反応を示すことなく、薄笑いを浮かべたままだ。
「今回は個体のデータ採集と、アレの収集を同時に行う。ふむ。そうだな…プランはこれで行こうか。」
サタナスがパソコンを操作すると、スクリーンにプランが表示された。
それを見たロジェスは顔を歪めていく。狂喜による歪みだ。
「おいおいおい。こりゃぁ…楽しいじゃねぇか!遂にお披露目ってか?ははっ!やってやるよ。平和ボケした群衆どもがどんな顔をするか楽しみだな!」
ロジェスの変貌ぶりに、サタナスは呆れたように首を降る。
「おいおいロジェス。今回はお前1人でするんじゃないんだからな。単独での暴走は勘弁してくれよ?」
「ひひっ。…あぁ。任せておけ。お前の望む結果を叩き出してやるさ。」
ロジェスは突然、狂喜を内側に引っ込めると、落ち着いた雰囲気へと変わる。
もう一度スクリーンに表示されたプランを眺めると、サタナスに背を向けて実験室を出て行った。
「ふむ。彼の実験具合も良い感じに進んでいるみたいだな。」
サタサスは満足そうに頷くと、部屋の中央に眠る【其れ】に近づいて行く。
「もうすぐだぞ。お前が、この世界の理を根本から崩すのだ。」
円筒形のガラスを指でなぞる。
周りに居る科学者は誰も話すことなく、黙々と作業を続けている。
サタナスはこれから起きるであろう事件の数々を想い、薄く薄く笑みを浮かべるのだった。




