9-2-5.獣
火乃花とルーチェの正面に座る火日人は、相変わらず険しい表情のままだ。
「まず、事件について説明をするぞ。昨晩の未明、南区街魔通りから一本裏道に入った所で、通り魔事件があった。被害者は街立魔法学院の1年生…中位クラスだな。犯人に関しては、まだ手掛かりがつかめていない。…ん?ちょっと待ってくれ。」
火日人は手に持っている資料をパラパラとめくる。
「少しだけ分かっている事があるな。まず、犯人の魔力が相当強力である事。これは周囲がかなり破壊されている事。そして、それだけ破壊されていながら、誰もそれに気づかなかった事。この2点から推測される。恐らくだが、襲う時に結界を張っているな。それもかなり強力な結界だ。
あと、もう1つ。犯人は殺すのが目的ではなさそうという事だ。どういう訳か分からないが、被害者の学生は致命傷ギリギリの傷ばかりだったそうだ。全て狙ったかの様に致命傷には至ってないらしい。」
火日人の言葉に火乃花は憤りを見せる。
横にいるルーチェは冷静な顔をしている。…あくまでも表面上は。
「その学生さんはどうなったのでしょうか?」
ルーチェの声はいつもよりも抑揚が抑えられていた。親しくないと気づかない程のレベルで。
「うむ。一命は取り留めたらしい。まだ目は覚めてないらしいがな。」
ルーチェがほっとした顔をする。
「それなら良かったですわ。…話を戻しますが、私達にそれを話したという事は、捜査を手伝えという事でよろしいですか?」
「あぁ、そうだ。私としては不本意なのだがな。」
火乃花は気づく。今朝からの父親の不可解な表情の意味を。
(ちゃんと私の事を考えてくれてたのね。)
胸の内にほんのりと暖かいものを感じる。
ここで火日人は表情を改める。
「霧崎火乃花、ルーチェ=ブラウニー。両名に通り魔事件の捜査を命じる。期間は街立魔法学院が夏休みの間と限定する。調査方法に関しては2人に委任する。何か分かり次第、すぐに連絡を入れる事。伝達は以上だ。何か質問は?」
「いえ、ありません。」
「ありませんわ。」
2人の返事を聞くと火日人は硬い表情で頷く。
「では、私はこれにて失礼する。ここでの事は内密にな。それでは良い報告を期待しているぞ。」
火日人は資料を2人の前に滑らせると、人差し指を口の前に立てる。そして、スッと立つとドアを開けて部屋を出ていった。
ルーチェが首を傾げる。
「最後だけやけに事務的でしたわね?」
火乃花も同じ様に首を捻るのだった。




