2-1.クラス分け試験
グラウンドで包まれた光が消え去り、龍人の眼に映ったのは森だった。
周囲はどこを見ても木、木、木。蔦の絡み付いた木もあれば、朽ちて半分に折れた木もある。
森というよりも、正確に表現するのならばジャングルの方が近いかもしれない。
龍人は辺りを見回して様子を観察する。
(ここがクラス分け試験の場所か。それにしても…)
ここで龍人が気になったのは、ジャングルにいるという事ではない。
この自然の中に居れば必ず聞こえてくる音が存在しないのだ。木々の擦れる音、川のせせらぎ、といった音は当たり前の様に存在している。
しかし、生き物が立てる音がしない。虫の鳴き声、鳥の囀り、猛獣の唸り声。それらの音が一切聞こえてこないのだ。
(こりゃあ、なんかあるな。用心するに越した事はないか。とにかく状況を把握したいから、周りを見渡せる所に移動するか。)
龍人の足に魔法陣が現れ、風が纏わり付く。
その足で地を蹴り風の力を利用した高速移動を開始した。
魔法を使うのと使わないのは大きな違いだ。軽くなった体を躍らせながら木々をくぐり抜け、川を飛び越える。
目指すのはジャンプをした時に見えた、島の中央に位置する巨大な岩山だ。
他の生徒も同じ様に移動している可能性も十分に高いが、そのリスクを冒したとしても現在の状況を把握する事は重要と龍人は考えていた。
途中、何度か戦闘の光が見えたが、今は違和感を突き止めるのを優先して全て迂回するようにしてやり過ごしていく。
程なくして龍人は目的の岩山へと到着する。
岩の出っ張りなどの難所は全て風を操って難なく越え、頂上まで一気に登りきる。…が、頂上付近に人の気配を感じ取った龍人はサッと姿を岩陰に隠した。
顔を覗かせて様子を伺うと、そこには1人の女性が佇んでいた。凛とした表情の彼女は、腕を組みながら眼下に広がるジャングルを見つめている。
いや、ジャングルというよりも…島。周囲全てを海に囲まれた島。それが龍人達のいる場所だった。
(同じ事を考えてる人かな?話しかけるか、やり過ごすか…。いきなり攻撃されるかもしれないか?…何にせよ油断は禁物だな。)
岩の陰から様子を伺いながら、どう行動を取るのかを決めかねる龍人。
しかし、相手の存在に気づいているのは龍人だけではなかった。
「ねえ、そこの君。ここに来たって事は同じ事を考えてるよね。どう思う?この森。」
「…気配は消してたはずなのに、良く気づいたな。」
話しかけてきたという事は、少なくともいきなり戦闘をする意思は無いと判断して良いのだろう。
龍人は多少警戒を解きながら女性の前に姿を現した。
女性は龍人の言葉を受けて口元を僅かに緩める。自分への自信から出てくるタイプの笑みである。
「そうね。周りに探知型の結界を張ってたのよ。結界って言っても、空間型じゃなくて立体的な蜘蛛の巣状の結界だから、相手にも気付かれにくいのよ。で、どう思う?」
(線を組み合わせての結界なんて、上位魔法のレベルじゃないかな。この人、きっと強い。)
女性がサラっと言ってのけた内容に内心ではかなり驚くが、表情には出さずに相手の質問に答える。
ここで驚けば優位関係が露わになり、会話から戦闘というタームに突入するかもしれないと危惧したのだ。
「んー、雄大な自然なのに自然の音がしないよね。動物とか虫もいないし。島を結界で覆って、他の生き物が寄り付かないようにしてるとも考えられるけど、それだと食物連鎖が起きないから、この自然が存続はしないと思う。そうすると考えられるのが、魔法で創られた島。って考えるのが妥当かな。こんな巨大な島を魔法で創るっていうのは…正直考え難いけどな。」
龍人が見解を述べると、女性は振り返って微笑を浮かべながら話し出した。その笑みは妖艶さも感じさせる。
そして何より重要なのが、振り返った女性のスタイルである。
…そう、巨乳である。
必ずしも細いとは言えない。くびれだけ見れば一般的な女性の体型ではあるが…胸はヤバイ。
言ってしまえばグラマラスバディ。
(男ならこれは見ちゃうよな。うん。俺は悪くない。)
最早今までの会話とは全く関係無い事を考えながらも、龍人は女性の言葉に耳を傾ける。
視線は勿論胸と顔を往復だ。
「まぁ、大体当たりってトコね。まだ試験が始まってからそんなに経ってないのに、中々の推察力だと思うわ。まず、この島が魔法によって創られたのは間違いないわ。あれを見て。」
何故か偉そうに話し始めた女性が指し示す先を見ると、戦闘の光を確認出来た。2人が居る岩山からは距離があるので衝撃は届かないが、爆煙が上がり閃光が煌めく。数分の後に戦闘が終わった頃…その一帯の木々は戦闘の巻き添えを受けて根こそぎ消え去っていた。
ここで不思議な現象が起きる。消え去った木々が再生を始めたのだ。数分後には、ジャングルは元の姿を取り戻していた。
「ご覧の通りよ。確実に魔法で創られたジャングルね。そして不思議なのが戦闘が終わるまでは再生をしない事。これは私の予想だけど、魔法反応が無くなった所が再生するのかなってとこ。島の何箇所かに結界のポイントがあって、島を何重もの結界が覆っているんだと思うわ。あと、地面も再生してるみたいだから、巨大な地盤の上に魔法で土地から創ってるのかも。どっちにしろ、とんでもない魔法を使う学院よね。」
女性の予想はかなり正確なように思える。しかし、龍人は1つの疑念を抱いていた。
(確かにこの予想は正しい気がするけど、こんな広大な土地を用意するのが難しい気がするんだけどなぁ。)
ここで話し合っても解決は得られない為、その話題には触れない。というか、この島に来てから大した時間も経っていないのに、大した推察力である。
「良い推察だと思う。ちょっと疑問点は残るけど、…大体合ってる気がする。そうだ…俺は高嶺龍人。君は?」
龍人の「疑問が残る」という言葉に、女性の一瞬目つきが鋭くなるも、直ぐに微笑の表情に戻る。
…プライドが高そうだな。と、思ってしまう龍人だった。
「そういえば、自己紹介してなかったわね。私は霧崎火乃花。能力とかは秘密ね。もしかしたらこの後に戦うかもしれないし。」
「ん。よろしく!…でさ、このまま戦うのはさ、やり辛いからやめない?。」
「君って、案外真面目なのね。普通は会話の途中に不意打ちとかしてポイント稼ぐでしょ。クラスが決まる大切な試験なんだから。」
「まぁ、そうなんだけど。別に今戦う必要もないじゃん?」
「つまり、戦わない必要も無いってことね?」
刹那、2人の雰囲気が今までのそれと違うものになる。相手の全てを観察し、隙あらば一気に攻めこむかのような張り詰めた空気だ。
その張り詰めた空気を消したのは火乃花だった。その顔には笑みが戻っている。
「君と今戦うと、その後の戦闘が大変そうになりそうだから止めとくわ。次あった時は、容赦しないよ?じゃーね、龍人君!」
そう言った火乃花はひらりと岩山から飛び降りた。
龍人が追い掛けて下を覗くと、既に火乃花の姿は見えなくなっていた。随分高さのある岩山の筈だが…何かしらの魔法を使ったのだろうか。
(さっきの雰囲気…強敵だな。次に会って戦う時が楽しみだね。)
これ以上この岩山にいては他の生徒から狙いたい放題になるのは必至。島の様子が分かった以上、ここに留まる必要は既になかった。
強い相手との出会いに少しウキウキしながら、龍人も岩山を後にする。