8-1-2.夏休み、火乃花の場合
火乃花はダイニングルームのドアをノックし中に入る。
「おはようございます。」
「ん、おはよう。」
「あら、おはよう。」
いつも学校で話している時とは違い、随分と落ち着いた様子で挨拶を交わす。ダイニングルームに座っていたのは、父である霧崎火日人と、母の霧崎優子だ。
火乃花が自分の席に座ると、家政婦が食事を持ってくる。いつも通りの日本食だ。今日は鮭の塩焼き。加熱処理をされることで鮮やかさを増したピンク色が映えている。
「火乃花。今日も学校で特訓か?」
火日人が火乃花に声を掛ける。
「はい。そのつもりです。」
「お怪我をしたお友達の所にはいかないのかしら?ずっと渋ってるみたいだけど。」
続けて優子が話を振ってくる。
そう、龍人のお見舞いに行くのが何故か気まずく、まだ行っていないのだ。
「…それも、午前中に行ってこようかなって思ってます。」
「ふむ。友達は大切だからな。大切にするんだぞ。」
父親の火日人から掛けられた言葉に火乃花は驚く。普段は、火乃花の学校の事など何も興味がない父親から、友達を大切になどという言葉が出てくるとは思わなかったからだ。
火乃花が驚いた表情で見ていることに気づいた火日人は、その思いを察したのだろう。緑茶をすすって新聞を読みながら、口を開く。
「そんなに驚くな。私も学生の頃は友人がいた。今もその友人とはつながっているからな。大切さ位は知っている。」
その言葉に、父親も一介の人間なんだな。なんて火乃花は思う。
食事を終えた優子は綺麗に箸を置くと、火日人の方を向く。
「そう言えばあなた。お仕事の方はどうなのかしら?最近、あまり話してくれないけれど。」
「あぁ。厄介ごとだらけだよ。色々な事に対する対策を練ってばかりの毎日だな。」
「そうなのね。こんなに毎日は穏やかなのに、本当に実感がないわね。」
「まぁ、だからこそ、こうやってのんびりと朝食を取れるんだがな。さてと、私は行くよ。」
火日人は立ち上がると、ジャケットを羽織りドアへと向かう。外に出る直前に1つ思い出したのか、振り返る。
「そうだ。火乃花。来週あたりに頼みたいことがある。詳しくはその時に話すから、よろしくな。」
父親からの頼みごと。
今日の朝は父親関連で驚いてばかりだ。
そんな火乃花の表情を見ると、小さく笑みをこぼし、火日人は仕事先へと出掛けて行った。
「では、私もお買い物に行ってきますわね。」
優子もニコっと火乃花に微笑みかけると、出かけて行く。
ダイニングに1人残された火乃花も、出かける準備のために1度自分の部屋へと戻って行った。




