7-1-11.夏合宿1日目
龍人の「夢はあるか?」という問いに答える火乃花の声は、いつもより少し小さい。
「私の夢は…家に縛られない生活をする事かな。」
龍人はその言葉を聞いてすぐに声を掛けることが出来なかった。家に縛られない…それだけ言えば簡単な事だが、言葉以上に重い意味が込められていると感じたのだ。
(確か火乃花の家は極属性を維持してる家系なんだっけ。前に聞いた時は、あんまり聞かれたくないって言ってたしな。)
会話をどう続けていいか分からなくなった龍人。そんな龍人の沈黙を、気を遣ってくれたと勘違いしたのか、火乃花が口を開く。
「家の事だから聞いてこないのかしら?ありがとね。」
「あぁ…うん。なんて言うかさ、そんなに家が厳しいのか?」
火乃花は遠くを見ながら、寂しそうな笑みを浮かべる。
「そうね。私の家は極属性を保つ事で社会的地位を得てるの。極端に言えば…だけどね。だから所詮、私もその駒の1つに過ぎないわ。強くなる事が出来なければ、強制的に結婚をさせられる事になってるしね。私はそんな家が嫌い。そんな家に縛られないで生きていきたいのよね。」
夕日が火乃花の顔を紅く照らす。赤い髪が風に軽く靡く様は、まるで1枚の絵の様であった。
前に話す事を拒んだ内容を話してくれたという事実。龍人はそれをしっかりと把握していた。礼を言うべきであるのは間違いない。
「火乃花、人に話したくない様な事を話してくれてありがとな。」
「いいのよ。私が勝手に喋ったんだしね。一応聞くけど、龍人君の夢は?」
自身の夢。それが分からない事に気づき、火乃花に問いかけたのだが…。火乃花が他人に話したくない事まで話してくれた以上、答えない訳にもいかない。
脳裏にとある風景が蘇る。遼とも話したあの男の姿も…その時の感情すらも今体験しているかのように胸の内に渦巻きはじめる。
龍人はそれらの激情をなんとか抑えながらゆっくりと口を開いた。
「そうだなぁ。俺の夢は…、誰も憎まないで生きる事。かな。ちっと重い感じだけどね。」
龍人は苦笑いをしながらハハッと笑う。自分でも他人に理解されにくい夢であるのは分かっている。だが、龍人が過去という呪縛から逃れるためには…これが最善の夢であるのだ。
「何を言ってるの?」といった反応が返ってくると覚悟していたのだが、火乃花は違った反応を見せる。
「そうでも無いんじゃない?人間って誰しもが憎しみの感情を持ってる訳だし。まぁ、龍人君の場合は色々な事が付随して、その答えになってそうだけど。」
「まぁねぇ。ま、あんま深く考えないでくれや。」
「はいはい。お互い様にね。」
2人はクスっと笑うと水平線を眺める。2人を照らしていた夕陽は、いつの間にかその姿を隠しつつある。夜の帳が下り始めていた。
岩の上に腰掛けていた龍人はヒョイと立ち上がると歩き出した。
「ま、明日から頑張ろうな!じゃ、先に戻るわー。」
「じゃあね。私はもう少し島の様子を見てから帰るわ。」
龍人はヒラヒラと手を振ると、草を掻き分けながら山を下り始めた。
山の上に1人残った火乃花は、歩き去る龍人の背中を思案げな表情で見つめていた。




