6-3-5.追跡
欲張って身を乗り出したが為の失態。自分で自分を追い詰める状況を作ってしまった龍人の額をひと筋の汗が流れ落ちる。
(やっべ!見つかったら何されるか分かんねぇぞ!)
慌てて建物の影に身を潜め、相手方の様子を伺う。…訪れたのは沈黙。男とフードの人物も動きを止めているのだろうか。辺りに響くのは、建物の間を吹き抜けていく風の音のみとなる。
(今の内に逃げないと。)
風がこの舞台の雰囲気をさらに盛り上げるかの様に静かに止んだ。龍人の鼓膜に響くのは緊張で高まった自身の心臓の鼓動音。一先ず離れて安全を確保する為に、龍人は足を少し動かした。地面の砂が擦られて僅かに音を立てる。
ジリ
同時に別の音も龍人の耳に飛び込んできた。
コツコツ
男とフードの人物がいた方からだ。足音は段々近付いてくる。龍人が隠れている場所は大体把握されてしまっているのだろう。確実に足音が大きくなる。
コツコツコツ
(見つかるな…。一気に人気がある所まで…走り抜ける!)
このまま建物の影に潜んでいても事態が悪化するのみと判断した龍人は、足音のする方向の反対側へ全力で走り出した。
ドン!
走り始めてすぐ、龍人はいきなり正面に現れた黒い影に突き飛ばされる。
「っつ…。なんだ?」
…何もいない。確かにそこには何かがいたはずだ。それは突き飛ばされた自分が一番よく分かっているのだが…その何かの存在は忽然と姿を消している。
「おい!お前、何モンだ!?ここでなにしとるんや?」
後ろから飛ばされた怒声は、フードの人物と揉めていた男である。突き飛ばされている間に見つかってしまったらしい。…となれば、龍人を突き飛ばしたのはもう1人のフードの人物と考えるのが妥当だが…。
肩を揺らしながら歩いてくる男は、いかにもヤンキーといった雰囲気の男である。
「いや、只の通りすがりですけど?いきなり何かに突き飛ばされたんですよね。」
「あぁん?…けっ!通りすがりかい!」
男は馬鹿にしたように鼻を鳴らすと、踵を返して元いた場所へ歩き出す。まさか今の言い訳が通じるとは思っていなかったが…何とか誤魔化せたようだ。見た目通りと言っては失礼かもしれないが、案外お馬鹿さんなのか知れない。今の内に逃げるに限る。
龍人は何も知らない通りすがりを装ったままふりをして歩き出そうと、男の反対側を向く。
だが…龍人の目の前には、フードを被った人物が立っていた。
「うわっ!なんですか!?」
突然の出現にかなり驚くが、あくまでも只の通行人のフリを貫く。少し気弱な雰囲気を出すために、後ずさる。
「おい。騙されるな。こいつが覗いてた奴だ。何を見られたか分からん。始末するぞ。」
フードの人物から発せられたのは少し高めの声。
「ちょっ!いきなりなんなんですか!?」
慌てる龍人。いきなり始末すると言われれば当然か。
そして、龍人の嘘に見事に騙されたヤンキー風の男は目をギラつかせながら懐に手を入れる。
「お前…あっしを騙すとはいい度胸じゃねぇか!?」
男は龍人に詰め寄りながら、懐に入れていかなり手を引き抜く。その手に握られていたのは夕陽を受けてオレンジの輝きを見せるナイフだった。




