表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
彼の瞳は語る  作者: 下笑
1/3

【カラスマくんがタカちゃんになるまで。】


烏丸貴史。

無口な彼の『不機嫌なサイン』は

瞳に出る。




「ねぇねぇ…あたし、……ココの近くに部屋借りちゃった!」


右ナナメ上90度。

146cmのあたしが、190cmにもなるタカちゃんの瞳をのぞくとなると

上目づかいを超えて、見上げ目づかいだ。


「これで、いつでも逢えちゃうネ!」


そう言って観察すると、タカちゃんはフイっと瞳をそらして

周りを見ているのか見ていないのか焦点の合わない、うつろな目をする。


「………へぇ。近く…?」


ついでに言ったことを確認するような発言をしたら完全アウト。



彼の機嫌が、最高潮に悪くなったということだ。




(嫌かぁ…まだまだ足りないかぁ……)


「な、ぁーんてね!この食道楽のカリンさまが、食費削って引越し資金なんて貯められるわけないでしょ!!はっはー!ヒヤヒヤしてやんの!」


にっこり笑顔で軽口を返す。大丈夫。笑顔は得意技だもの。

冷えた心臓が

急に空気の薄くなった肺が

いたいいたい と叫んだって

あたしの笑顔は敗れない。


タカちゃんが、あたしに視線を戻す。

ほんの少し首をかしげたあと、あたしの頭をポンポンとなでた。

そういう優しいことをしないで欲しい。

あたしの常勝無敗の笑顔が初黒星をつけそうになる。

そうなったら困るのはタカちゃんだよ?

あたしは泣いて泣いてタカちゃんを責めるよ?



『何年付き合ってると思ってるの!いい加減あたしを好きになってよ!!』 って。



「……べつに…金なくても引越し出来る…。」

ボソリと言ったタカちゃんの言葉に

限界ギリギリだった あたしは ごまかすように かみついた。


「でーきーなーいーよっ!もうタカちゃんてばホントにブルジョア!!

 タカちゃんの『金ない』と私の『お金ない』は違うんだからねっ

 貯金残高三桁になってから出直してこぉーい!」


「…できる。…荷物は俺と…明良で運べる…。」

そらそうですね。

タカちゃんは大きな身体に見合った力持ちですし、

よくつるんでる友人はグチグチ言いながらも誰より真面目に動く男だ。

ちびっこいあたし用のミニマムな身の回りの物は、簡単に運び出せてしまうだろう。

それだけならね。


「はぁぁぁぁぁ…。タカちゃん、

 引越しって荷物運べばいいってもんじゃないんだからネ。

 敷金礼金家賃払って、家財道具買って、光熱費払って、

 そらもうお金かかるんですよー。」


やや呆れた顔をしてタカちゃんから離れるとタカちゃんは瞬きを繰り返す。

これは何か言いたいことがあるけど言い出せない合図。

あーあ。タカちゃんがこんなに会話しようとしてくれることなんて滅多にないから、

いつもなら言い出すまで待てるのにな。

なに言うんだろ。すっごく聞きたい。でも限界だ。あたしの笑顔は崩壊3秒前。


「そんなわけでバイト行ってくる!すぐにお金貯めてご近所さんになっちゃうんだから!!」


「…花梨……」


わぁ。名前呼んで もらっちゃった。いますぐタカちゃんに飛びつきたい。

でも、玄関の方へ向きを変えた目からは既に涙がこぼれてて、

どうあっても振り返ることは出来なさそうだ。

今日の昼休憩はマスターにモカジャバを淹れてもらおう。

あの味に ごまかされて、この甘く苦い想いも一緒に飲み込めるに違いない。


タカちゃんの呼びかけにも答えず、

ご機嫌そうに見えるスキップをして玄関から出る。

扉が閉まる瞬間「またあした学校でね!」と言った声は震えなかっただろうか。

そんなことに気をとられていた あたしは、

部屋の中から千載一遇のチャンスを逃したような

そんな重いため息がもれたことに気付かなかった。






あたしの名前は鶴見花梨。


大家族の一番最後に誕生したあたしは、

その生来のちびっこさと末っ子気質で わりと万人に可愛がってもらえる。


でも、それってつまり、下に見てることなんだって意外と皆は気付かない。

可愛いだなんて尊敬してる人に言える?

みんな、あたしのために何だかんだと世話を焼くのは頼りないからなんでしょ?

あたしには出来ないって思ってるからなんでしょ?


あたしは大切な話や大変な事態に混ぜてももらえない。

大丈夫だよって、あなたは何も心配しなくて良いのよって

あたしに守られる人間でいることを強要するの。

みんながあたしに求めてるのは

バカみたいにヘラヘラ笑う悩みのない幸せな子供。

だから、あたしは鈍感に笑う。

鈍感にワガママ言って、鈍感に好き勝手して、鈍感に生きていくの。


『鶴見は何言っても許されるキャラだから、いいよな』なんて、

俺は大変なんだぜという顔して言うヤツに、

「自分の空気よめなさを棚に上げて、あたしのこと見下すなバカ。」

って言ったら許してくれるの?

何言っても許してもらえるわけないじゃない。

これでも嫌な思い飲み込んで気ィつかって空気読んで生きてんだっつーの。

そう思いながらも「はっはっは。あたし可愛いもん。」なんて

軽口返して気にしてない顔をする。



それがあたしの高校生活だった。




ゴツン。


「…好かれるのは…鶴見の努力…。」


席が隣になってからずっと、

あたしが恵まれてて羨ましいと、努力なんて何も要らないだろうという

羨望に見せかけた見下し発言ばかりしてきたムカツク男の頭に、

大きな大きな拳がのっかってた。


静かな声は近くに居るあたしたちに、かろうじて聞こえるぐらいで、

教室のざわついた雰囲気の中では誰の時間も壊さない。


「いってー!なにすんだよカラスマ!!」

ほら。その証拠に、この男の声でやっと周りの皆が男に注目したぐらいだ。


拳を乗せた彼は何も言わず、

黒板に残された授業内容をノートに書き写し始めた。

拳を喰らった男は「オマエほんとマジで何考えてるか分かんねぇよな。」と

今度は彼の特殊さを肴に見下し話を始める。

確かに彼が何を考えているのかは知らないが、

人がどう思うかも考えず、嫌な気持ちにさせるアンタより遙かにマシだ。

なんたって、彼はあたしの気持ちをこんなにも軽くさせてくれたのだから。

偉そうに「そういう性格のままだと社会に出てから大変だぞ」と

講釈をたれている男越しに彼を見つめる。

世の中は説教好きや偉そうな人間の方が嫌われるだろうと

鼻白んだ ため息をあたしがこぼすと、

目線の先にいる彼がこちらを見て、苦笑するように目を細めた。


それからだろう。


後ろの席の大きくて無口なカラスマくんは

人のことをちゃんと見ている無口で優しいカラスマくんになって

いつも大きな手で必死にノートを取る真面目なカラスマくんにもなり

大きな体格を恐がられるたびに、こっそり傷ついた瞳をするカラスマくん。

音楽の授業で意外と歌が上手かったカラスマくん。

家が料亭で毎日お弁当が豪華なカラスマくん。

なのに料理がまったく出来ないカラスマくん。

8才も歳の離れた妹がいるカラスマくん。

将来は科学者になりたいカラスマくん。


そんな色んなカラスマくんを知って、とうとうカラスマくんは



あたしの 大好きな カラスマくんになった。






だから あたしは、何も考えずに言う。



「ねぇ、カラスマくん。」



いや、分かっていたのかもしれない。



「大好きなんだけど、彼氏になってくれる??」



クラスメイトがひしめく教室なんかで告白したあたしに

彼は恥をかかせたりしないであろうことを。



歳の離れた妹にダブらせて可愛がっていただけのあたしを

フったりなんて出来ない 彼の優しさを。



無口な彼に念を押すように「付き合って」と言えば

彼は、しぶしぶでも頷いてくれることを。





こうして、高校二年の夏。


絶叫が飛び交う教室で


カラスマくんを タカちゃん と呼べる、


そんな権利を


あたしは勝ち取ったのだ。




スイートルームに出てきた ちっこい子の話スタートです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ