第7話 Marry me ! -April-
お医者様の診察を受けている最中も、わたくしは傍らに佇むこの紳士が気になって仕方がありませんでした。
髪の毛やシャツがかすかに湿っているのが分かります。
「脳震盪を起こしていたようですが、命に別状はないでしょう。体の打撲には2週間分の塗り薬を処方しておきます」
診察を終えた初老のお医者様が部屋を出て行くと、傍らの紳士はゆっくりと椅子に腰掛けました。深い安堵のため息をつきながら。
「気分はどうだい?」
急に問いかけられて、わたくしの心臓は跳ね上がります。
だってわたくしを見つめてくる、この魅惑的な瞳に吸い込まれてしまいそうなのです……。
「は、はい、気分は良いです……あの、」
どうにか答えながら、わたくしはさらに言葉を紡ぎました。この方を初めて見た時からずっと、ぜひお尋ねしたかったのです。
「あの……、貴方のお名前をお聞きしても?」
わたくしの問いに、彼はいそいそと姿勢を正しました。
「ああ、すみません、ご挨拶がまだでしたね。
私はエドワード・ハウエルと申します。君の馬車が横転したところに偶然通りかかったもので」
「わたくしはエイプリル・ダーリングと申します。では、やはり貴方がわたくしを助けてくださったのですか?」
「ええ、まあ。でも近くにこの<猫と七つ星亭>があったのが幸運でしたね。あの方が主人のミセス・クラークで、部屋を用意してくれたり止血を手伝ってくれたりしたのですよ」
そう言って、エドワード様は後ろで治療の後片付けをしていた女性を紹介して下さいました。エプロンドレスを身に着けた、恰幅の良いご婦人です。
「まあ、それはありがとうございました。ご迷惑をおかけしてしまって」
「いいんですよ。丁度お客もいなくて暇でしたから」
ミセス・クラークの弾けるような明るい笑顔と活き活きとした声が、わたくしの傷を癒すかのように染み渡ってゆきました。
「エドワード様にも感謝を申し上げます。貴方のような侯爵家の方に助けていただくなんて……」
「止めてください。侯爵家といっても私は次男坊ですから」
エドワード様は苦笑しながら濡れた髪の毛をかき上げました。(ほぅ……そんな何気ない仕草も色っぽい)
『ハウエル』と聞いたとき、すぐに気が付きました。パーシヴァル侯爵の親族の方ではないかと。
そのような高貴な方が、こんな大雨の中わたくしを救って下さるなんて……やっぱりこれは!
ああ、どうしましょう、もう自分が抑えられないような気がします。
こんなにも情熱的な想いが溢れ出てくるなんて。
ジュリアン・ハワードの小説では、こんな展開の場合にはたいてい男性からの蕩けるような口づけが待っているのですが、でもまさかわたくしからそんな事はできないですし、でもこのままエドワード様と別れてしまうなんて絶対に嫌ですし……。
ジュリアン様!どうかわたくしに正しい道をお示し下さい!
「あの、どうかしました?」
神にも祈る気持ちでいると、わたくしの様子が変だと思ったのかエドワード様が怪訝な顔でそう言ってきました。
またあの瞳です。
この方の瞳に見つめられるとわたくしは、もう何も考えられなくなってしまうのです。
もう、止められない。わたくしの中で何かが弾けました。
「エドワード様、わたくしと結婚してください!」
「……は?」
その行為がはしたないとか、そんなことはもう関係なかったのです。
私の心は不思議とすっきりしていました。抑えていたものが解き放たれたように。
ジュリアン・ハワードの小説にだって、こんな展開はありませんでした。
エイプリル、引き続き暴走です笑
次回からは末っ子フランシス編です。