第6話 I saw a red thread -April-
兄の警告通り、お芝居が終わり劇場を出ると、夜の帳はすでに大雨に覆われていました。芝居の余韻に浸る間もなく足早に馬車に乗り込みます。
横殴りの雨が絶えず馬車の窓に打ち付けられ、不気味な落雷の音はさらにわたくしを心細くさせます。
ぬかるんだ道は激しく馬車を揺らし、無事に屋敷にたどり着けるだろうかという言い知れぬ不安が過りました……。
ああ、こんな時こそわたくしの傍らにとびきり素敵な男性がいてくれたら!
そっとわたくしの肩を抱いて自分の胸に引き寄せ、やさしい言葉を耳元で囁いてくれたら……どれほどの慰めになるでしょう。
甘く痺れるような想像に浸り、この不安を打ち消してしまおうとした時でした。
馬車が突然バランスを崩し、もがき苦しむような馬の嘶きが聞こえました。
わたくしの体は勢い良く前のめりに投げ出され、ゆるやかに自分の視界が横へと傾いてゆきます。
そして次の瞬間、頭への強い衝撃がわたくしを襲いました。
雨音の中から聞こえる悲鳴、頬にかかる雨粒。
体中に痛みを感じながら、このまま死ぬのだろうかと覚悟しました。
間もなく意識が途絶えようとしたとき、誰かの逞しくやさしい温もりがわたくしを包み込んでくれたような気がしました。
◇
―――なんでしょう……声がします……。
最初に感じたのは誰かの気配、そして重い体。
力を振り絞ってゆっくりと瞼を開けると、ほのかな灯りが目に入って、わたくしは安堵感を覚えました。
自分は生きていた……。
「よかった、目が覚めたんだね」
安堵したのも束の間、そんな声が上から降ってきました。
目覚めたばかりの頭でも、思わずハッとしてしまうような、低音で男らしい深みのある声。
仰向けになったわたくしを見下ろすその男性の姿が、ぼやけた視界の中に入ってきました。
「……貴方は……?」
「もうすぐ医者が来てくれますから、頑張って」
黒髪に海のような碧眼を持つその方は、力強く励ましの言葉を掛けてくださいました。
あら? どこかでこの方を見たような……でもこのような美しい紳士と知り合ったことなど一度も……。
ふいに既視感を覚えたのですが、わたくしはすぐに思い当たりました。
この方こそ、もうずっと前から心の中で思い描いていた理想の男性そのものだったのです!
ひどい大雨の夜、横転した馬車からわたくしを(おそらく)救い出してくださったこのお方こそが、もしかすると……。
この瞬間、わたくしは確信しました。
赤い糸の先にいたのは、きっとこの方だったのだと。
エイプリル、いきなり暴走ぎみです(笑