第36話 The endless future -Francis & Margaret-
“話がしたい。
ナヴァラの森のいつもの場所で待ってる。”
昼過ぎ、そんな手紙がフランシスから届いた。
友達として、改めて縁談のことを祝福されるのかしら。
だったら、私も心の底からありがとうを言わなきゃ。
それができたら、今日でフランシスを恋する気持ちとは決別できるかもしれないわ……。
◇
彼女と初めて出会ったこの森。
ボンネットと一緒に転がってきて、頭に葉っぱをつけてた。
今思い出しても可笑しいけれど、そんな飾らない彼女に僕は最初から惹かれていたのかもしれない。
しばらく、そんな懐かしさに身を任せていると、いつもの方向からマーガレットがやってくるのが見えた。心なしか固い表情の彼女。
僕の方が緊張で心臓がバクバクしてるのに。
「どうしたの?」
「うん、ちょっと聞いてほしいことがあって」
いつになく落ち着かない空気がその場を支配していた。なぜかマーガレットも、それ以上は聞きたくないかのように顔を俯かせている。
僕は深呼吸した。
「率直に言うね」
「……うん」
「僕、マーガレットに結婚してほしくない」
「え……?」
それは驚き、というよりも怪訝な声だった。
「……どうして?」
「だって、君が好きなんだ」
「!」
一世一代の告白。
これでも勇気をふりしぼって言ったのに、彼女から返ってきたのは、
「嘘よ!」の一言。
「……」
こんなに思い切り否定されるとは、完全に想定外だ……。しかもなんか、ちょっと怒ってる感じだし。
「い、今までずっと私とは友達だって言ってたじゃない!」
「うん、僕も君とはずっと友達だと思ってた。でも、縁談の話を聞いて気付いたんだ。僕はもう、友達なんて嫌だって。
縁談のこと、あの時すぐにおめでとうって言えなかった。だって僕は知らないうちに思い描いてたんだ。いつだって君のとなりには、僕がいるのを」
考えられないよ、君のそばに他の男がいるなんてさ。
「マーガレット、これでも僕の気持ちを信じられない?」
「……」
彼女はとても複雑そうで、今にも泣きそうな顔を僕に向けた。
「でもさマーガレット、僕、今日の朝一番に君のお兄さんに申し込んだんだ」
「?」
「君との婚約を」
「え!?」
瞠目する彼女に、僕はこれも嘘じゃないからねと付け加えた。
今朝、マーガレットの兄である男爵の元へ訪れ、僕は思いの丈をぶつけた。
もちろん、最初は男爵の反応も半信半疑だった。そんなものは若さゆえの、一時的な情熱にすぎないと。
でも、僕はすでに決めていた。
数年前、母方の祖父が亡くなった際に相続した遺産でレイモンド家の借金をすべて返済すること、そして、マーガレットが大切にしているあの教会に、自分が生きている限り毎月寄付し続けること。これらのことを書き記した誓約書を持参したのだ。
男爵はその紙と僕とを見比べた。
他の大人なら、たかが子供の約束なんてと鼻で笑いながらその紙をためらいもなく捨てるかもしれない。
でも男爵は違った。
マーガレットを守りたい。そんな僕の覚悟を最後は受け入れてくれたのだ。
「お兄さんは、叔母上に縁談を断る手紙を送ってくれたよ」
「……ほ、本当に?」
「うん、本当。どう? これでもまだ僕の気持ちを信じてくれないのかな?」
「……っ」
その瞬間、ついにマーガレットの目から涙が流れた。僕はそれを、指先で拭った。
でも後から後から涙はこぼれてきて、小さな嗚咽をもらす彼女を、今度は抱きしめることにした。
「ねえお願い、イエスって言って?」
ぎこちない僕の腕のなかで、マーガレットはそっと体重を預けてくる。そんなことが無償に嬉しい。
「……わ、私……本当は結婚なんてしたくなかった……」
「うん……」
「だって私が好きなのは、貴方だもの……ずっとずっと、好きだった」
泣きじゃくる彼女の口から、ようやく聞きたかった言葉が聞けた。
その歓喜は、ゆっくりと僕の心の中に染み渡っていく。
「ほ、本当は、べつにチョウなんか好きじゃないわ。でも……貴方が大好きだったから、チョウの話もたくさん聞きたいって思えるの……っ」
こんなに泣いてしまうまで、君は色んな事に悩んで苦しんで、葛藤していた。君は“オトナ”だから、自分を犠牲にしてまで家を守ろうと思っていた。
でも、もうそんな風に苦しまなくて良いんだよ。
僕はマーガレットの明るい金色の髪の毛をやさしく撫でた。
「ごめんね、気の利いたことが言えない僕で。でも、これからもチョウの話、聞いてくれるかい?」
僕の懇願に、彼女は可笑しそうに笑った。
「……いつだって聞いてあげる。ずっと聞いてあげる」
そんなカッコいいことを言ってくれる君よりも、もっと大きな愛情で一生君を包んであげたい。
あと何年後かには、君に似合うようなそんな男になっているかな?
大学を卒業してから君と結婚して、僕は君と世界中を旅しながらチョウについての本を書くんだ。もしかしたらその間に子供が生まれるかもしれない。
そして帰国してから本を出版して、もしそれがベストセラーになったらまたそのお金を孤児院に寄付するんだ。
それで週末にはいつも家族で教会に行って、遊びまわる子供たちを眺めながら君とこんなことを言う。あの時は、派手に転んで大笑いだったね、ってさ。
そんな、そう遠くない未来を想像しながら、抱きしめる腕に力を込めた。
するとふと、1匹のツマキチョウが僕たちの脇を飛んで行くのが目に入った。
僕は自然と、笑みがこぼれる。
“ありがとう、君のおかげだよ。”
心の中で呟く。
僕たちを祝福するかのように現れて、またツマキチョウはあっという間にどこかへ消えて行った―――。




