第35話 Before she is gone -Francis & Margaret-
「正式に叔母上から縁談の話を受けた。まだ返事はしていないが、早ければ今年の冬には会うかもしれない。そのつもりでいてくれ」
「……はい」
改めて兄から縁談の話をされた。でもとうに私は諦めていたから、ただ従順に頷くだけだった。
でもたったひとつだけ諦めきれなかったフランシスへの想いだけは、私の心の中に仕舞っておくわ。
初めて好きになったひとが、貴方で良かった……。
そして、涙さえもう流れなくなった私の心情を察してか、お兄様はただ一言こう言った。
「……すまない」
両親が亡くなってから、兄だけが私の家族だった。遊びまわる父の代わりに私を守り、養ってくれた。
だから今度は私が恩返しするの。
お兄様、そんな後悔に満ちた顔をしないで?
私は、大丈夫だから。
◇
マーガレットが結婚する。
本当……なのかな?
まだ正式に決まったわけじゃないって彼女は言っていたけれど……でも彼女の家のことを考えるときっと確実な事なのかもしれない。
あの時、縁談のことを告げられたとき、僕は「おめでとう」すら言えなかった。うまく言葉が見つからず、そして咄嗟にこう言ったんだ。
「でも、もし君が結婚しても、僕たちはずっと友達さ」って。
言った後すぐに、僕は自分に聞き返した。“お前、本当にそんなこと思ってるのか?”って。
良い友人のふりして、僕はあんなこと言うべきじゃなかったんだ。
今だって、こんなにモヤモヤしてるのにさ……。
「あら、今日も家に引きこもっていたの?」
「うん……外に出る気になれなくて」
テラスの椅子で燻っていた僕の傍を姉さんが通りかかった。
やけにお洒落に気合が入った格好をしている。これから誰と会うのかなんて聞くまでもないね。
「エドワードさん来るの?」
「ええ、この後すぐに」
「……あのさ、べつにこの家で会うのは良いんだけど、いちゃいちゃするのは隠れた所でしてよ」
「えー、だって体が勝手に動くんだもの。好きな人にキスしたいって思ったら、そう簡単には止められないのよ?」
でもそれにしたって、あんな大胆に人前でキスするなんて……そんな気持ち、僕に理解できる日が来るのかな。
……彼女の縁談の相手は、どんな男だろうか。マーガレットも、キスをするのかな?
その瞬間、マーガレットが見知らぬ男とキスを交わす光景が頭をよぎった。
忽ち、全身の血が逆流するような感覚が僕を襲う。初めてのことだった。
そして、僕はすぐに直観したんだ。
チョウなんか追いかけてる場合か? もしかしたら、チョウよりももっと大切なものが逃げてしまうかもしれないって―――。




