第32話 Welcome to Darling’s house ! -Margaret-
「あーダメ……緊張して手が震えるわ……」
馬車に揺られながら、私はぐったりと弱音をこぼした。帯同してくれたアルマも心配そうにこちらを見つめてる。
「大丈夫ですか? お嬢様」
「ダメみたい……フランシスの友人として私は認められるのかしら……」
「いつものお嬢様のままで良いんですよ」
アルマはそう励ましてくれるけれど、不安でたまらないわ。
服装は大丈夫よね? またお母様のお下がりを今日のためにアルマが綺麗に直してくれたけど……。お化粧だってしたし、髪型も念入りに整えたわ。叔母様から貰った髪飾りも変じゃないわよね? とにかく、第一印象が大切よ。
鏡でもう一度自分を見直して、口元をきゅっと結んだ。
「今度うちに来ない? 家族が君に会いたがってるんだ」
彼にそう言われたのはつい先日のことだった。
私は胸が弾んだ。
「本当? 嬉しいわ」
「僕もぜひ自慢の友人を紹介したいからね」
ふんわりと笑うフランシス。
そう言われては、その期待に応えないわけにはいかないわ。“自慢の友人”としてフランシスに恥をかかせないようにしなくちゃ。
◇
「マーガレット、よく来てくれたね。ようこそ我が家へ」
出迎えてくれたフランシスは、いつものように優しい挨拶のハグをしてくれた。これだけでいつも私は緊張しちゃうんだけど、彼はきっと何とも思ってないわね。
その後、ご両親の伯爵夫妻、兄上の子爵様、姉上のエイプリル様を紹介してくれた。ご家族総出で出迎えくださるなんて、感激してしまったわ。
特に、クレヴィング伯爵はさすがに威厳に溢れた御方だったのだけど、物腰が柔らかくていらっしゃって素敵な方だった。
「君のことはフランシスから聞いていたよ。お会いできて嬉しい」
「は、はいっ、私こそお目にかかれて光栄です」
きっと、あのろくでなしの父親とは比べようもない人なんだわ。
こんなお父様だからこそ、フランシスも素直で良い男の子に育ったのね。
それと、フランシスはじめダーリング家の方たちは、やっぱり皆とても美形でいらっしゃって、私、目がくらむようだったわ。もう、目の保養にずっと眺めていたいくらい。まさに絵画から抜け出してきたような美しさなの。
応接室に通された後も、私はちっとも落ち着かなかった。当たり前よ、ご家族の面々に囲まれて落ち着いていられるはずないわっ。ああほら、目が泳いじゃう。
そんな私を心配してか、フランシスが私の隣に座って「大丈夫?」ってさり気なく気遣ってくれたけれど、甘えてはダメよ。これからが本番なんだから。しっかりしなさいっ、マーガレット!
「ずっとお会いしたかったわ、ミス・レイモンド」
何を訊かれるのかとドキドキが止まらない私に、エイプリル様が女神の如き微笑みを向けてくれた。
でも、ホッとしたのはここまで。
「ところで、レイモンド家ってあの貧乏でいらっしゃるお家の?」
「……は?」私は耳を疑った。今、女神は何とおっしゃった? いや、貧乏なのは当たってますけど。
「あ、ごめんなさいね~、わたくしったら。実はさっきから妄想が止まらなくって。貧乏貴族の娘と伯爵家の息子というだけでもう、あんなことやこんなことを想像してしまって!」
興奮ぎみのエイプリル様に圧倒されてしまう……。
「……そ、そうですか、それは、ありがとうございます」
「マーガレット、それおかしいから」
エイプリル様のおっしゃった事はいまいち理解できないけれど、と、とりあえずここは無難な相槌をして乗り切るのが賢明よね? あら、フランシスはなぜだから頭を抱えてるけど……。
「すまないね、ミス・レイモンド。エイプリルのこれは病気みたいなもので」
すかさずステファン様がそう説明して下さるけれど、ますます訳が分からないわ。妄想することが病気なの?
「なんていうか、姉さんは王道の恋愛小説が大好きでね。そのせいでそういったラブストーリーを勝手に妄想することが趣味なんだ」フランシスがそう付け加える。
「な、なるほど、深い、ですね」
「マーガレット、無理しないで。姉さんがああいう状態の時は無視するのが正解なんだよ?」
そんな無視だなんて……ってあれ? いつの間にか伯爵夫人のレイチェル様が伯爵のお膝の上に乗ってるわ!
伯爵様の耳元に何かを囁いて、くすくすと甘やかに笑い合う2人……完全に2人っきりの世界。目のやり場に困るどころか、あまりに堂々としているせいで清々しいくらいだわ。
これが正しい無視の仕方なの?
「ところで、ミス・レイモンドは普段は何を?」
気を取り直すように、ステファン様が咳払いをする。
「私は、最近ですと社交界でのマナーを学んだりですとか……、あとは近くの孤児院へ行くのが日課なんです。子供たちと遊んだり読み聞かせをしたり、配膳の準備を手伝ったりもしますわ」
「君が?」
「子供が大好きですし、うちは孤児院に寄付できるだけのお金もありませんから、せめて私ができる手助けができればと……」
「へえ……」
じっと見つめてくるステファン様。
何かしら、私変なこと言ってしまった?
「兄さんどうしたの」
それにはフランシスも気付いたようで、助け舟を出してくれた。
「いや、ちょっと思ったんだ。君がフランシスの友人で良かったって」
穏やかに笑うステファン様。
嬉しい。
そんな言葉をおっしゃって下さるなんて。
「そうだよ、マーガレットは僕の自慢の友達さ。兄さんもたまには良いこと言うんだね」
また誇らしげにそう言ってくれたフランシスにも感動してしまった。
なんだか、一生分の褒め言葉をもらったような気分。それくらい、全身に嬉しさがみなぎったの。
ダーリング家の皆さんは思ったよりもちょっと不思議な方たちだけれど、こんなみすぼらしい私にもとっても親切にしてくださる。
フランシスはこんなに素晴らしい家で育ったのね。
◇
しばらくして、そろそろ僕の部屋に行こうよとフランシスに誘われた。
ええっ、いきなり密室に2人きり? なんて心の中で乙女らしく恥らってしまった私だけれど、そんなこと心配無用だったわね。
でも、好きな男の子の部屋に入るなんてもちろん初めてだし、やっぱり緊張してしまうわ。
フランシスの部屋の中に入ってまず目に入ったのは、花瓶に咲き誇る真紅のバラだった。
「まあキレイ……これは誰が?」
「母が育てているんだ。それで色んな部屋に自分で勝手に飾るんだよ」
肩をすくめるフランシスだけど、このバラ、とっても貴方に似合ってるわよ? だって金髪の王子様に赤いバラは最高の組み合わせだもの。
そして、やっぱりというべきか、部屋の中に堂々と佇む大きな棚にはぎっしりとチョウの標本が納められていた。さながら博物館のようね。
どうだい? といった表情で私に目配せするフランシス。きっと彼はこれを見せたくてウズウズしていたのね。
私は端からゆっくりとそれらの標本を眺めていく。
「こんなにたくさん、どうやって集めたの?」
「野山を駈けずりまわったのさ。特に家族で遠出するときはね」
ほっぺたに泥を付けたフランシスの姿を想像して私は思わず吹き出した。
「でもこんなに美しいのに、寿命はそれほど長くないのよね」
「短くて1週間だって言われてる。僕は翅がボロボロで今にも死にそうなチョウを見たことがあるけど、そういう儚い美しさに惹かれてしまうんだろうね」
そう言って本当に愛おしそうにチョウを見つめる彼は、やっぱり彼の言うとおり本当にチョウの生まれ変わりなのかもしれない。
「ここにあるチョウなんてほんの一部さ。いつか世界中を旅して世界中のチョウを集めたいな。そしてそれを本にまとめるんだ」
「……大きな夢ね」
「いや夢というよりも、“予定”かな」
彼の瞳には大志が宿っている。そして私はそういう彼をますます好きになってしまう。
不毛な恋心だって分かってるの。
だってフランシスの頭の中はチョウでいっぱいで、私の入る隙間なんてないもの。
落ち込んでしまいそうになる私に、フランシスはさらに追い打ちをかけた。
「そうだ、言い忘れてたけど」
「え?」
「今日のマーガレットはなんだかキレイだね」
そしていつものように、にっこりと笑った。
こんな、お下がりのドレスに安物の化粧道具で飾った私を、貴方は心の底から褒めてくれるのね。
その優しさが嬉しくて、でも切なくて、泣きそうになってしまうわ。
こんな風に、私をほろ苦い気持ちにさせるのは貴方だけよ。
私は、フランシスの“友達”なのにね。
今日は、そんな友達として貴方に恥をかかせないで済んだかしら。自慢の友達でいられたかしら。だとしたら、私も嬉しいな―――。




