第31話 Not a girlfriend -Francis-
歴史のノーリッシュ先生の授業はひどく退屈だ。ひたすら年表を憶えることばかりさせるんだから。
例えば、18世紀にこの国に君臨したハロルド5世がどんな政治をしたか、どれだけ偉大だったかについては延々と喋るくせに、その王に愛人が100人もいたという歴史的な記述には全く触れないんだ。
その人物の人間臭さを知ってこそ興味が生まれるのだと思うんだけどな。
そういうわけで、今日も僕はノーリッシュ先生の話を半分聞き流しながら欠伸を噛み殺していたんだ。
こういうとき暇つぶしにするのが、先生の目を盗んで窓の外を観察すること。
ある時は庭師が脚立から足を滑らせるのを目撃したり、またある時はブーツの形に似た雲を発見したりして、暇つぶしには最適なんだ。
自分に酔いしれながら熱弁を振う先生を横目に僕は窓の外を見た。
すると母の自慢のバラが咲き誇る中庭に、姉のエイプリルと婚約者のミスター・ハウエルが散歩をしているのが見えた。
仲睦まじく寄り添い、微笑む2人。あー、こっちまでくすぐったくなる。僕は頬杖を突いて彼らの動きを追った。
ふと、エドワードさんが姉の腕をそっと掴んだ。なにやらそわそわした様子。
しばらくじっと見つめ合っていたかと思うと、2人の顔がだんだんと近づいていき……わーわーっ、キスしてるーっ。
僕は思わず椅子から立ち上がりそうになった。
しかも何だかかなり情熱的なキスをしてるみたい。弟がここから見てるとも知らずにさ。
姉さんのキスシーンを目撃してしまうなんて、すごく複雑な気分だ。少なくとも嬉しくはないね。イケナイものを見てしまったような感じ……。
「こらっ、フランシス君、また私の話を聞いていなかったね?」
気付くとノーリッシュ先生が目の前に立っていて、眼鏡の奥から鋭く僕を睨んでいた。
この時ばかりは、先生の話に集中していれば良かったと後悔せずにはいられなかった。
◇
その日の夕食の後、両親と僕は長椅子で寛ぎながらエイプリルのピアノの演奏に耳を傾けていた。今晩、兄のステファンは友人の家にいるらしい。以前のようにやたらと外出が多くなったのは、独身最後の時間を今の内に謳歌しているためだろうか。
母はうっとりと目を瞑り、父の肩に頭をもたげている。
不思議だ、この夫婦のキスシーンなんてもう数えきれないほど目の当りにしているのに何も感じない。幼き頃からの慣れというものか?
姉さんの演奏は特別上手というわけではないけれど、耳に心地良くて、僕は結構好きなんだ。
でも中庭でのキスシーンを見た後では、その音色でさえもどこかヘンテコに聴こえてしまう。まるでエドワードさんへの愛しさが猛烈に溢れ出ているような……。
「ところで、そろそろ例のガールフレンドを紹介してはくれないのかい?」
姉の演奏を聴きながら父にそう言われて、僕は“ガールフレンド”という言葉に首を傾げた。
しばらくしてある女の子に思い当ったけど、それは彼女にぴったりな言葉じゃないだろう。僕との間には、男と女とか、そういうものは存在しないんだし。……多分ね。
「お前は来年の早々には寄宿学校に行ってしまうのだから、その前にぜひそのお嬢さんを家に招待しなさい」
「まあ、それは良い考えだわ。貴方はいつも正しいことしかおっしゃらないのね(ハート)」
父のほっぺたにキスをする母はさておき、確かに父の言う事は一理ある。大切な友人を親に紹介するのは相手への礼儀でもあるし。
“ガールフレンド”じゃない“ベストフレンド”のマーガレットを、僕も両親に紹介したかったしね。




