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DARLING !  作者: non
3/38

第3話 She hates me -Stephen-



“これがあのケダモノ男ね”

 

 きっと彼女は、出会った時からそんな目で私のことを見ていたのだろう。

 あの優雅な微笑みの裏で。



 彼女との出会いは数日前に遡る。

 ダーリング家の屋敷のすぐ近所に越してきた資産家のホーキンス氏が、奥方と一人娘を伴って挨拶にやって来た。

 

 私たち兄弟もサロンに集められ一家と対面した(フランシスは草むらの中であえなく捕獲され無理やりここまで連行された)。


「本日はご足労いただき、ありがとうございます」

「とんでもございません、お目にかかれて光栄です伯爵殿。ダレン・ホーキンスと申します」

 40代にしては寂しい頭を下げつつ、ホーキンス氏はにこやかに父と握手を交わした。


「これは妻のアビーと娘のメリルです」

 ホーキンス氏に紹介され、後方にいた奥方と令嬢は慎ましやかに膝を折って会釈した。


“メリル”と呼ばれたその娘。

 彼女の伏せられた目がゆっくりとこちらに向けられたとき、私は彼女の美しさに思わず息を呑んだ。


 深い緑の瞳に、ほのかに桃色に染まった頬、透けるような淡い肌。

 今までに出会った数え切れぬほどの女性たちとはまるで違う、もっと洗練された上品な美しさを纏った娘。


 彼女の体を抱きしめてあの細い首元に顔を埋めたら、一体どんな香りがするのだろう。

 出会ったばかりの女に、そんな欲望丸出しの想像を描いてしまうのも初めてだった。





          ◇





 その後、そのままホーキンス家の面々と歓談という流れになった。

 ホーキンス氏は新しい事業の構想について父上と熱心に語り合い、女性陣は近頃評判だという帽子屋について賑やかに情報交換している。


 弟のフランシスは窓辺でこっそりと欠伸を噛み殺しながらその様子を眺めているだけで、日光浴をしているエミールの姿と重なった。


 私はというと、さっそくメリルに近づく機会を貪欲に見計らっていた。時間をかけて親密になろうだなんて慎重な考えは私にはないのだ。



 そうして彼女の一挙一動をしばらく注意深く(しかし気付かれないように)見ていると、サロンに置かれたピアノに興味を示したのか、彼女はおもむろに話の輪から離れピアノの傍に立った。

 ここだ。

 そう思いながら、私はすかさずメリルに声を掛けた。


「ミス・ホーキンス」

 振り向いた彼女は、やはり美しかった。

 誰一人として触れたことのない新雪のように無垢な彼女が私を見上げている。


「ピアノを?」

「いいえ、わたくしなどはほんの嗜む程度で……」

「せっかく知り合えたのですから、ぜひ披露して頂けませんか」

「そんな滅相もないですわ」

 こうして自信なさ気に困った顔で微笑むのも可愛らしくて、ますますメリルに興味が湧いてくる。


「では別の部屋に移動して、私だけの前で聴かせて下さい。それなら良いでしょう?」

 


 あまり深く考えずに私は何気なくそう誘った。

 私の中ではそれは挨拶のような日常的な行動と等しかったからだし、今まで相手の女性が私の誘いを拒んだことなど一度たりともなかった。

 

 だからこの時も期待していたのだ。

 きっと彼女も、「貴方がお望みであれば……」と顔を赤くしながら答えてくれることを。


 しかしメリルはなぜか感心した様子で言ったのだ。

「まあ、お噂と一緒ですわね」って。


 は? 噂?

 今まで遭遇したことのない反応に私は正直戸惑っていたのだが、そんな自分を置き去りにするように彼女はさらに言葉を継いだ。


「実は子爵様のご評判は王都でも耳にしていましたの。女性関係のことや女性関係のことについて、それはもううんざりする位」

「はあ……」

 


 何だろう。相変わらずメリルは可憐な笑顔を浮かべているのだが、明らかにチクチクと突き刺さすような棘が感じられる。


「それで大変申し上げにくいのですが……わたくし、貴方のような不誠実な方は大嫌いですの。したがって、先ほどのお誘いをお受けすることはできませんわ」

 


 実に丁寧な口調で、彼女は容赦なく私の胸を抉った。チクチクどころじゃない。

 


 さっきまでの彼女は一体どこに行った? これがあの新雪のメリルなのか? 今目の前にいるのは汚雪のメリルじゃないか。いや、もはや悪魔と言って良いだろう。思いつく限りの悪口を心の中で呟いて虚勢を張った。


「し、初対面でいきなりその様なことを口にするのは無礼では?」

「初対面でいきなり2人きりになろうとするのも無礼ではありませんか?」

「……」虚勢を張っても反論の余地はなかった。


 これほどまでに無様な自分を発掘してくれたメリル・ホーキンス。

 彼女との強烈な出会いを私は生涯忘れることはないだろう。





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