第28話 Don’t stop loving me -Edward-
もじもじと指先をいじりながら、エイプリルは非常に言いにくそうに話し始めた。
「あ、あのですね、わたくしがその、送らせていただいた小説なのですが……」
「ああ、読ませてもらったよ。君が小説家になったなんて知らなかったな」
軽いジョークも耳に入っていないようで、彼女はクスリとも笑ってくれない。
「あの小説は……決してエドワード様に未練があるとか、いえ、まあ正直かなりあるのですが、でももう付き纏ってご迷惑をおかけすることはしません。あの本は、わたくしなりのけじめだったのです。婚約者の方も安心するでしょう……」
「……は?」自分の顔が固まるのが分かる。今彼女は何と言った?
「で、ですから、わたくし、エドワード様のことは諦めると決めたのですっ。貴方がこの小説を読んで変な誤解をしないかと心配で……そのことをお伝えしたかったのです。
で、では、わたくしはこれで……っ」
「待って!」
部屋を飛び出して行こうとしたエイプリルの腕を私は慌てて掴んだ。おいおい、こっちは何も納得していないんだが。
支離滅裂な彼女の言い分を懸命に整理する。
つまり、エイプリルは小説を読んだ私が彼女の意図を間違った風に解釈しないかと不安で、ご丁寧に屋敷に足を運んでまで私にお別れを告げに来たと?
私の予想通り、エイプリルはまさに“サラ”そのものだったというわけか……。あれ、じゃあ、伯爵の婚約者“シャーロット”とは?
「あの、聞きたいことは色々とあるんだが……、まず、さっきの婚約者というのは?」
「それは……噂ですが、エドワード様には婚約者がいらっしゃると」
「単なる噂を信じたのかい?」
「でもっ、それが本当なら様々なことに説明がつくのです。それでわたくし……」
「はあ~……」
勘違いも甚だしいな。私はため息と共に首を項垂れた。
「一から説明させてくれないか。
まず、確かに私には婚約者がいた」
「……」
彼女の瞳が微かに揺らめいた。
「キャロル・エヴァンスという男爵家の娘で、幼馴染だった」
親同士が決めた許嫁だったが、私は彼女が好きだったし、その結婚には何の疑問も持たなかった。
「結婚してからも必ず彼女を幸せにして、ずっと大切にしようと思っていた。でも、キャロルは違ったらしい」
「……というと?」
「2年前、結婚式の数日前に、キャロルは駆け落ちしたんだ。私に隠れて密かに通じていた若い軍人と」
エイプリルは泣きそうな顔をしていた。
そんな顔をしないでくれと思ったけれど、笑おうとした私の顔がきっと痛々しかったのだろう。
「ショックだった。あと数日後には、世界一幸せな男になるはずだったからね。それから、私はもう恋をすることができなかった。もう誰も信じられなくなったんだ」
そんな時だったっけ。ひっくり返った馬車の中から、とある女性を助け出したのは。
「今でも、その方のことを?」
「恨んだこともあったけれど、やっぱり今でも嫌いにはなれない。“仲の良かった幼馴染”として好きさ」
キャロルはどうしているだろう。
この同じ空の下、慎ましくも愛する人と幸せに暮らしているのだろうか。子供もいるのだろうか。
彼女が、いつも笑顔でいるならそれで良い。
今ならそう思える。そしてそう思えるようになれた訳を、私はもう十分知っている。
「そのようなことがあったのですね……では、全てはわたくしの早とちりだったと……」
「君を愛してる」
「はあ、そうですか、それならもう……、って、えええ!?」
ものすごい速さで彼女が後ずさっていく。心外だな。愛の告白だというのに。
「いっ、いま何と!?」
「君を愛してると言った」
「ど、どうして!?」
「君を愛してるから、なんか言いたくなってしまった」
「だってわたくしのことを避けていたではありませんか!」
「それは弁解させてくれ。君を愛せるかまだ分からなくて、傷つけたくなかったんだ。でももうそれが確信に変わった。君を愛してる」
「キャ~~! もうそれ以上言わないでくださいな」
そう叫びながらついに後ろを向いてしまったエイプリル。耳朶まで真っ赤に染まっている。
お色気作戦で私に迫ってきたくせに、こちらが押すと初心で乙女な彼女になるのだな。
「エドワード様……わたくし、夢を見ているのでしょうか?」
まさに夢見心地のような震えた声でエイプリルはそう言った。
これは現実だよ。そう伝えるように、私は彼女の身体を後ろからきつく抱きしめた。
「君はさっき、私を諦めると言った。お願いだから、私を諦めないでくれないか」
私にとって光のような存在の彼女と出会えたこと。それは憐れな男に起きた奇跡だったのかもしれない。
「はい……もう一生諦めません……」
私にもう一度、人を愛するチャンスをくれたエイプリル。
私の人生は、彼女によって色鮮やかによみがえったのだ―――。
◇
エイプリルが帰宅した後、私は兄の部屋へ向かった。
そこには、執務をさぼって原稿にペンを走らせるチャールズの姿が。
「また執事に怒られますよ」
そう言って彼の正面に回り込んだ。
「締切間近なんだ。見逃してくれ、可愛い弟よ」
切羽詰まった状況にでさえ、軽口を言える兄はやっぱり大物だ。ああ、今月も担当編集者の泣き面が見られるかも。
「見逃してほしいなら、頼みがあります。この原稿、読んでみて下さい」
「ん? ……“サラと伯爵”? ってこれ、エイプリル嬢が書いたのか?」
「空いている時で構いませんから、頼みます」
『サラと伯爵』の読者が私だけなんて勿体無いと考えていた私は、うってつけの読者にこの小説を届けた。彼女にとっても、きっと喜ばしいことに違いない。
「ジュリアン・ハワードのファンの娘が書いた小説を、この僕が読むのか?」
可笑しそうにチャールズは原稿をパラパラと捲る。
「エイプリルには、ジュリアン・ハワードの正体はしばらく秘密にしておきますよ。幻滅するかもしれないし」
「まあ、義理の兄になるんだったらいずれバレるだろうけどね」
兄の言葉通り、エイプリルがチャールズの正体を知ることになったのは、そう遠くない未来のこと。




