第16話 When he kneels at last -Stephen-
私がメリルを愛している?
鏡の中の燕尾服を纏った自分に、再び問いかけた。
確かに、彼女は美しく上品なだけでなく、知的で冗談も言える女性だ。結婚相手としてこれほどの娘が他にいるだろうか。
正直、その魅力に負けそうになったこともある。
でも、愛しているかどうかは分からない。
ここ数日そんな自問自答を繰り返しては答えを見つけられぬまま、とうとう今夜、夜会の日を迎えたのだった。
クリスは、どうやって彼女に赦しを乞うかそれだけを考えろと言っていたが、その真意は結局謎のままだ。
曲がった蝶ネクタイを直しながら、とにかく私は思いつく限りの謝罪の言葉を頭の中で並べた。
◇
夜会が始まると、挨拶もそこそこに私は壁際の方でひっそりとグラスに口をつけていた。
いつもなら陽気に踊るダンスの輪に加わったり、一夜の相手にと誰かを口説いたりしているはず。
でも今夜は、少しもそんな気にはならなかった。
「主役のくせに、しけた顔でそんな所にいるなよ」
先ほどまで姿の見えなかったクリスが冷やかしながら近づいて来る。
「全然楽しくないんだ」
「ふうん。その理由はお前が一番分かってるはずだぞ」
ああ、そうだ。どんなにこの会場が煌びやかで、明るい音楽が流れていても、少しも気持ちが盛り上がらない。
彼女がいなければ―――メリルがここにいなければ。
するとその時、ホールの入り口に佇むひとりの女性が目に入った。
瞬時に、私の全神経がそこへ集中する。
きょろきょろと周りを見渡している、あの洗練された美しさを纏った女性。
見間違うはずはなかった。
あれは、メリル・ホーキンスだ。
考えるより先に、私は彼女のもとへと歩き出していた。
さっきまですっと考えていた、何と言って謝ろうかと。でもそんなことはすっかり頭の中から抜け落ちていた。
ただただ、メリルがこの場へ来てくれたことが嬉しかった。
「メリル!」
反対の方へ向かおうとした彼女を、私は絶対に逃がすまいと呼び止めた。
振り返ったメリルと目が合い、私は彼女のもとへ近づいていく。
目が合っただけで手足の先に痺れを感じたなんて、どこまで私は重症なんだろうか……。
「来てくれたんだね」
「あの、わたくし……」
「いいんだ、もう何も言わなくて。全て私が悪かったんだ」
「いえ、違うんですっ。そうじゃなくて……あの、あの時別れたあと、貴方が今にも自殺しそうな様子だから話だけでも聞いてほしいと、ミスター・マクスウェルに何度も頼まれてしまって……それでわたくし……」
急いでクリスの方を見やると、彼は片手を上げてパチリとウィンクした。
なるほど、そういうことか。
気まずそうに視線を泳がせるメリルに向かって、私は肩をすくめた。
「ごらんの通り、私は生きてる。でもあの日以来、私は死んだも同然だったよ」
今でも、彼女から言われた「さよなら」の一言が耳に残って離れない。
「メリル、聞いてほしい。今から言うことは全て私の本心だ。信じてくれるね?」
「……はい」
うまく言葉にできるか自信はなかったけれど、誠意を込めて私は話し始めた。
「確かに最初は、ただのゲームのつもりだったんだ。
私のことを嫌いだと言ったある娘を絶対に振り向かせようとしてね」
始まりは、子供じみた些細なプライドからだった。
「でも貴女がどんなに私を拒絶しても、私はこのゲームを降りることができなかった。
プライドのせいじゃない。いつの間にか、ゲームではなくなっていたんだ」
思わず彼女にキスしてしまったあの日、これでもかと侮辱的なことを口にする彼女に感じたのは憎しみじゃなかった。
どうして私を分かってくれないんだという、虚しさだ。
彼女に「さよなら」と告げられた日、どうしようもなく胸を締め付けた切なさ。
生まれて初めて人を恋しいと思う切なさを知った。
そのどれもが、あるひとつの気持ちに結びついていた。
私はようやくそのことに気付いた。
「知らぬ間に、私はこう思っていたんだ。“貴女に愛されたい”と。そして貴女を心から愛おしいと」
ようやくたどり着いた、自分の気持ち。
彼女に出会わなければ、それは心の底でずっと眠っていただろう。
驚くほどシンプルで、だけど今までの自分に欠けていた、大事な大事な感情。
もう私には何も迷いはなかった。
私はメリルの手を取り、そしてゆっくりと彼女の前にひざまずいた。
「……っ、ステファン様! おやめください!」
そう言って周りの目を気にする彼女。でも私の瞳に映るのは、たったひとりの愛する女性だけだった。
「メリル・ホーキンス。
どうか、この憐れな男を赦してくれないだろうか。貴女に赦されるためなら、いくらでもひざまずこう」
「……ステファン様」
「メリル、貴女を愛している」
ついにそう告白すると、待っていたのは彼女からの熱い抱擁だった。
いきなりメリルの細い腕が首にまわされたかと思うと、彼女の心地よく柔らかい体が上に乗りかかってきたのだ。
その勢いのおかげで、私は尻餅をついて後ろに倒れてしまったのだけど、もちろんメリルの体だけはしっかりとこの腕に抱きとめた。
「メリル、私を赦してくれるかい?」
「赦すもなにも、もう怒ってなんかいません! わたくしの方こそ素直になれなくてごめんなさい……貴方の誠実さからわざと目を逸らしていたのです……わたくしも、貴方を愛しています!」
「じゃあそれなら、結婚を申し込んでも?」
「……え?」
夜会どころではなくなったこの日、私は何百人という証人の前でメリルにプロポーズした。
今でも、この時のことを家族や友人たちはからかって面白がるのだけど、私にとってはきっと一生忘れられない瞬間になっただろう。
彼女が私の愛を受け止めてくれたのだから。
その後、クリスに頭が上がらなくなったのは言うまでもない。
彼がいなければ、私はいつまでも生きる屍だったろうから。
そして現在、めでたくメリルと婚約した私は、よく妹のエイプリルからこんなことを言われる。
「初めてメリル様とお会いしたときに思いましたの。お兄様をひざまずかせるのは、この方ではないかしらって」。
今考えると、最初から神様は知っていたのかもしれない。
私がひざまずく相手は、世界でたったひとり、メリル・ホーキンスだけだと。
ステファン編、これにて終了です。
メリルの前では彼もひざまずくしかないんです笑
次回からは再びエイプリル編です~




