第13話 Mistake of the clown -Stephen-
新しく仕立てさせた青色の上着を羽織り、鏡の前で入念に自分の姿をチェックする。
髪の毛よーし、髭よーし、歯よーし、笑顔よーし、最後の仕上げにいつもよりちょっと強めの香りを振り掛ければ……完っ璧だ。
これまでになく隙のない装備で身を固めたのは、絶対に彼女を夜会に来させるため。
今日こそはと、私は凱旋将軍となるべく決戦の場へと乗り込んで行ったのだった。
「御機嫌ようステファン様。まあ、今日も飽きもせずよくここへ来ましたわね」
挨拶代わりの先制パンチ。
天使の如き笑顔で、彼女がじわじわと効いてくる嫌味をまず一発喰らわすのはいつもの事。大丈夫、大丈夫だ。
自分を鼓舞しながら私も負けじと笑顔を貼り付けて花束を手渡した。花だけはメリルもちょっと嬉しそうに受け取ってくれるのだ。
「早速だが、今日はこれを渡しに来たんだ」
私は胸ポケットから白い封筒を取り出した。夜会の招待状だ。
「今度の金曜、私の主催する夜会を開くんだ。来てくれるね、メリル」
私はできるだけ、どうしても貴女には来てほしいのだという熱い願望を込めたつもりだったのだが、彼女はそうだとは受け取らなかったらしい。
「残念ですが、欠席させていただきます」
この素っ気ない答えは予想していたものの、ここで食い下がるつもりはなかった。
「断る理由は?」
「言うまでもないですわ。ステファン様こそ、どうしてわたくしなどをお誘いに?」
「それこそ言うまでもないな。私は貴女に好意を抱いている。だからとても来てほしいし、貴女を私の友人たちにぜひ紹介したい」
「……」
そのとき、メリルの瞳が一瞬揺れ動いたように見えた。
お、あともう一押しか?
「と、とにかくっ、わたくしは絶対に行きたくありません」
「ここで私が頭を下げてもかい?」
「ええ、無駄ですわ。いくらクレヴィング伯爵のご子息とあっても、わたくしが夜会に出席することはありませんから」
「なっ……」
どこまで気の強い女なんだ!
頭を下げるとまで言った私の覚悟をいとも容易く無碍にするなんて。さすがの私でも、この言葉には堪忍袋の緒が切れそうになったくらいだ。
ああ、なんだろう、このもどかしさは。
私は気持ちを落ち着かせようと深く息を吐いた。
「貴女に似合いそうなドレスを夜会用に贈ろうと思っていたんだが」
「結構です。誰か他の女性に差し上げてください。ステファン様にはお綺麗な恋人がたくさんいるのでしょうから」
「……今は特別な付き合いをしている女性はいない」
「まあ、そのようなことをわたくしに信じろと?」
「ああそうだ! 貴女以外に2人きりで会っている女はいない! どれだけの不信感や偏見を私に向ければ気が済むんだ」
拳を握りしめ、ついに私は彼女を責め立てるように怒鳴ってしまった。
メリルは目を見開き、一瞬たじろいだようにも見えたが、彼女の勝ち気な性分が彼女自身を後ろに引かせなかった。こうなったらもう、誰も私たちを止めることはできないだろう。
「ど、どうしてそのように大声を出すのですか! やっぱりやましい事がある証拠ではないですかっ」
メリルは前のめりになって尚も訴えてくる。
それがまた、どうしようもなく私の神経を逆撫でした。
「貴女があまりに私の話を信じずに、ひどく無礼なことを言うのが我慢できなかった」
「あら、でしたらやはり、わたくしは夜会には出席しない方がよろしいですわよね? また無礼を働いてしまいますから」
「いいや、こうなった以上、貴女を引きずってでも夜会へ連れて行く。それでも行かないというならどんな手だって使うさ。私は将来、クレヴィング伯爵になる男だ」
「まあ! 権力を振りかざすなんて脅しです! だいたい、わたくし以外の大勢の女性たちにも招待状を―――」
もう、我慢の限界だった。
この娘の口をどうやったら封じれるのか。
そう考えてふと気づけば、体は勝手に動き出していた。
メリルの肩を掴んで自分の方へ引き寄せ、私は一気に彼女の唇を奪っていた。
彼女の華奢な体から香るほのかな薔薇の匂い、そして蕩けるような柔らかで甘い唇の感触。
私は口づけに夢中になった。
しかしその魅力的な誘惑に永遠に身を任せてしまいそうになったとき……
パチンッ! という音とともに走った鈍い痛み。
ありったけの力を込めて平手打ちされた右頬は、すっかり私を目覚めさせた。
目の前には、目元を真っ赤に染めてこちらを睨むメリルの姿。
私はこの頬の痛みなどと比べようもないほどの屈辱を彼女に与えてしまったのだった。
メリルはそんな風に扱って良い女性ではないのに。
しかしそう気付いた時にはもう遅すぎた。
せっかくこんなに着飾って、結局この有様だ。
まるで自分はただの道化師じゃないか。
ついにやらかしましたステファン笑




