第11話 Crocus -Meryl-
両親は恋愛結婚だった。お互いを慈しみ、愛し、いつも幸せそうで、私の理想そのもの。
だから、ステファン・ダーリングなんて結婚相手としてはもっての外。
彼に言い寄られて来たときのゾッとする感じなんてもう……思い出したくもないわ。
だからステファン様のプライドをズタズタに傷つけるようなことをあの時言ってやったのだけど、理解不能なことに、それから彼は私のことをしつこく追いかけるようになってしまったの。
もしかして、彼ってマゾなのかしら?
「子爵殿とはうまくいってるのか。今日もウチへ来るんだろう?」
母と一緒に刺繍をしていると、傍らで寛いでいた父がそう言った。
ステファン様が頻繁にここへ出入りするようになってからというもの、私たち家族の間でもよく彼の名前が出るようになった。
親の目には結婚相手として申し分のない(人柄は置いておいて)男性として映っているんでしょうけど、でもステファン様の名前が出るだけで私の心が重くなっていることにそろそろ気付いてちょうだい!
「うまくやるも何も、わたくしがステファン様とどうこうなる事はありません」
はっきりとそう言うと、あからさまなため息が両端から……。なに? 私が悪いのっ?
「でもお手紙だって毎日届くし、子爵様をないがしろにするのは感心しないわ」
「お母様の仰ることも尤もです。でも将来の伴侶となる殿方は絶対に誠実な方でなければ。ステファン様はそれに該当する人物ではありませんもの」
「あら、周りの噂をあまり信じすぎるのもどうなのかしら。誠実かそうでないかを見極めるのには、まだ早すぎるのではないかしら?」
いいえお母様! 何と言われようと、私がステファン・ダーリングと結婚することはありませんから!
◇
その日の午後、私は穏やかな気持ちでピアノを奏でていた。
特に好んでいる作曲家もいなければ、その腕前ももちろん趣味程度のもの。
それなのにあの男は「耳にこんなにやさしく響く音を初めて聴いた」なんて大袈裟なことを恥ずかしげもなく口にする。
ああまったく、どうして好きなピアノを弾いているときにでさえ、彼のことを思い出してしまうのかしら。
そんな私の苛々なんて露ほどにも知らないステファン様がやって来たのは、それからすぐのこと。
いつもの如く執事に部屋へと案内され、いつもの如く私と儀礼的な挨拶を交わす。そしていつもの如く、彼の手には私への花束が。
生きものに罪はないと、花束だけは受け取るの。でも、たまに持ってくる宝石やらドレスやらの類は絶対に突き返すわ。
「今日はうちの庭に咲いていたクロッカスを摘んできたんだ」
差し出された黄色や白の可愛らしいクロッカス。
花言葉は、「あなたを待ってます」。
でもステファン様、どうして貴方は待つどころか私の心にどんどん土足で入ろうとするのかしら?




