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06. Continue:02-2

 『魔王』シェドザールが目を覚ました少し後の頃。『勇者』一行もまた目を覚まし、そして自分たちの置かれた状況に困惑していた。


「えっ」

「あれ?」

「ええ……?」


 昨日は最終決戦のあとに、魔王城の兵舎でベッドを借りて休んでいたはずだ。

 それがどうだ、外にいる(・・・・)。それも魔王城の門の前、コチ川のほとりにある『憩いの火』のそばだ。しかもご丁寧に寝袋に入った状態で。


「アクセル……ここって」

「魔王城の前の、『憩いの火』……!?」

「一体……どうなっているんですの!?」


 エマも、ジャンヌも混乱を隠せていない。アクセルもさすがに、この状況には戸惑いを見せていた。

 前回は『魔王』に敗北したから、アシアの慈悲で救われたということにも理由がつく。しかし今回はそうではない。勝利したのだ(・・・・・・)。勝利したのに、こうだ。


「か、カバンの中は!?」


 慌てた様子でアクセルが旅用のカバンを開けて中をまさぐる。中から取り出すのは、昨日(・・)の朝に食べたはずのもの、使ったはずのものだ。


「ある……パンも、薬も、水袋も」

「戻ってる……なんで!?」

「『魔王』討伐を成し遂げたら……それで終わりだと……!」


 アクセルたちは理解していた。自分たちが『魔王』シェドザールの討伐に当たって、魔王城に乗り込む前――このコチ川のほとりにある『憩いの火』をピンとして時間が巻き戻っていることを。

 その時間の巻き戻りは、『魔王』を倒すことに失敗したから起こるのだと、世界神アシアが自身の下した使命を『勇者』に遂行させるために起こしているのだと、アクセル達三人はそう信じていた。

 だが現実はどうだ。『魔王』を倒したのに――使命を果たしたのに、自分たちはまた戻ってきてしまった。

 何と言う理不尽。何と言う不条理。さしもの『聖女』ジャンヌ――世界神アシアを神と崇める世界教の上級シスターも、これには不平を述べざるを得ない。


「おお、アシア様! これは何という過酷な試練でしょう!」

「ふざけんじゃないわよ! ちゃんと使命は果たしたはずでしょ!」

「おかしい……なんでこんな状況になっているんだ?」


 『魔剣士』エマも天上を見上げて、憤怒の形相で拳を振り上げた。特に神を崇めるつもりもない彼女は、世界神アシアへの文句を隠しもしない。だが当然だ、使命を果たしたのにちゃぶ台返しをされて、文句が出ないはずもない。

 アクセルもさすがに困惑を抑えられず、疑問を口にしながら空を見る。と、その瞬間だ。


「えっ」

「は?」

「ん?」


 見上げた空からなにか(・・・)が落ちてくる。はためく長いマント、たなびく大きな尻尾、長さのある口吻を持つ、なにかが。

 その『魔物』は地面に激突する間際、ふ、と落下速度を遅くするや音もなく地面に両の脚で降り立った。獣の足がしっかと川岸の地面を踏む。


「ふぅ……よし」


 息を吐きながら『魔物』が落下によって乱れた毛を整えた。その額には赤々と輝く、二本の角が生えている。


「えっ」

「な、なん――」


 突然に、空から降ってきた『それ』を眼にした『勇者』一行は、目と口をいっぱいに見開きながら、後退りするしかなかった。

 この姿、この覇気、この魔力。並の魔物とは明らかに違うその立ち姿。昨日一昨日と、城の中(・・・)で相対した相手。それが、存外に優しい表情で、敵対心の欠片もないままにアクセルへと声をかけた。


「ふむ、昨夜の激闘の後にしては元気があるようだな、『勇者』」

「は?」


 呼びかけられた言葉に、アクセルは間抜けな声を口から漏らした。

 おかしい。この相手(・・・・)と自分は、昨日と一昨日と二日続けて命をかけての殺し合いをしたはずなのに。

 結果として、とっくに分かりきっている相手の名前を、驚愕のままに呼ぶ他なかった。


「『魔王』!?」

「えっ、えっ!?」

「い、今、城の方から飛び降りてこられましたか!?」


 エマもジャンヌも混乱を加速させて、不倶戴天の敵だということを忘れて呼びかけた。

 そう、『炎狼王』シェドザールは間違いなく、空から落ちてきた。正確に言うならば魔王城の上層階から飛び降りてきたのだ。この『憩いの火』をめがけて。

 川に棲む小魚のように口をパクパクさせる『勇者』一行に、シェドザールは腕を組みながら答えた。


「左様。諸事情あって、城を抜け出してまいった。ああ、武器に手をかけるでない。貴様らとここでやり合うつもりはない」


 混乱しながらもそれぞれの武器に手をかけるアクセルやエマを制しながら、シェドザールは両手を開いて見せてきた。鋭い爪と肉球のある手が向けられるが、その手に一つの炎もない。

 確かにこちらを攻撃する意図はないのかも知れない。しかし相手は誰あろう『魔王』であり、こちらは『勇者』であるわけで。アクセルは警戒心を解くことなく、シェドザールへと言葉を投げた。


「じゃあなんだっていうんだよ。わざわざ城を出て『勇者』の目の前にやってきて、何をするっていうんだ?」

「まあ落ち着け、そう噛みつくでない」


 刺々しいアクセルの言葉に、シェドザールは息を吐きながらなだめにかかる。

 さすがにここまで敵意がないことを見せつけられると、アクセルの側も手の出しようがない。そもそもここは『憩いの火』、魔物が寄り付かない上に『勇者』を癒やす領域に飛び込んできた『魔王』が圧倒的に不利だ。

 つまりこの魔王は生命を投げ出してでも、話をしに来たのだ。ようやく武器から手を離したアクセルとエマを見て安堵したシェドザールが、単刀直入に口火を切った。


「『勇者』。貴様も、時が巻き戻っている(・・・・・・・・・)ことに、気が付いているのだろう?」

「え――」


 『魔王』の言葉に、アクセルが言葉を失う。

 『勇者』側がそれ(・・)に気がついたのは昨日だ。そして今日もまた巻き戻された。その事実は嫌と言うほどに思い知らされている。

 その事実がシェドザールの口から発せられた、ということは。驚愕したアクセルの反応と漏らした声に、シェドザールがこくりと頷く。


「吾輩も今朝に把握した。昨夜、吾輩は貴様たちに首を飛ばされ殺されたはず……だが、吾輩は城内自室のベッドの上で目覚めた。側近に話を聞いたら、吾輩は昨日に貴様らがここの『憩いの火』に到着したのを城から見ていた、という」


 シェドザールの発言にアクセルも、ジャンヌも、エマでさえも一気に表情が引き締まった。そして真剣な表情のままで思案を巡らせる。


「それは……」

「確かに、あたしたちがこの場所に到着したのは……」

「体感的には三日前(・・・)、の夜、でしたわね。満月が輝いていたのを覚えていますわ」


 ジャンヌの言葉に、シェドザールも大きく頷いた。

 彼らにとっては『三日前』――現実では『昨日』の夜、アクセルたちがここに到着した夜はちょうど満月だった。魔王城に飛び込んでから外を見る余裕などなかったから、今夜の月がどうなっているかは確認しようがないが、どちらにしろ彼らにとって『満月の夜』は昨日ではない(・・・・・・)


「それだ。あの夜は見事な満月であった。吾輩も酒を片手に、バルコニーで側近と共に満月を見ていた。『勇者』の襲来に際し、どう対応するかを話しながらな」


 シェドザールの言葉に、三人が息を呑む。

 彼らも理解した――理解できてしまった。この『繰り返す一日』を認識しているのは、『魔王』シェドザールも一緒なのだと。


「じゃあ……」

「この、状況は……」


 エマとジャンヌが、絶望を瞳に浮かべながら言葉を漏らすと、大きく頷きながらそれを口にした。


「つまり、我々は『一日』を繰り返させられている。恐らくは世界神アシアの手によって。この事態をどうにかせねば、吾輩も、貴様も、終わりなき『一日』に閉じ込められたままだ」


 シェドザールの言葉に、一層目を見開いた『勇者』一行だ。

 魔王の側近・アンデオルはそれを認識していない。人間側でそれを理解している者は、確認ができないがおそらくいないだろう。つまり、ここにいる四人だけが、そのことを認識している、というわけだ。

 つまり、この事態をどうにかする(・・・・・・)には、事態を認識しているこの四人でどうにかするしかない。ということは。

 アクセルが理解するのと同時に、シェドザールの手がアクセルに伸ばされる。


「どうだ『勇者』。このまま毎日、殺し殺されの繰り返しは御免であろう? 吾輩と手を組み、この状況を打破するために共に動かぬか」

「んん……そうだな……」


 シェドザールの側からの申し出(・・・)に、アクセルは目を数度瞬かせた。

 『勇者』と『魔王』が、手を組む。世界神アシアの支配下にあるこの世界、そんなことをしてアシアから使命を賜った『勇者』として無事でいられるか。

 しかし今現在が、まさに無事ではないのだ。このまま『一日』を繰り返させられて心が折れるくらいなら、『一日』を抜け出すために手を尽くしたほうがいい。


「……わかった。その話、乗ろう」


 結果として『勇者』アクセル・ド・ラクールは『魔王』シェドザールの手を取った。そのまま互いに手を握り、ぐっと握手する。

 ある意味で歴史が変わった瞬間だろう。エマもジャンヌも先ほどとは別の意味で驚きに目を見開いている。


「信じらんない。『勇者』と『魔王』が結託だなんて」

「アシア様、どうぞお許しください……これも明日のためなのです……」


 はーっと息を吐くエマの横で、ジャンヌが両手を握って力なく天を仰いでいる。

 かくしてここに、『一日』を抜け出すための『勇者』と『魔王』の協力体制が敷かれるのだった。

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