05. Continue:02-1
朝日が登る。
陽が、天幕の隙間を抜けて顔に差し込む。
「ん……」
太陽の光に顔を照らされ。ベッドの上で身動ぎをしたのは。
「ん?」
『魔王』にして「炎狼王」シェドザールであった。
目を開き、身体を起こし、シェドザールはにわかには信じられない、という表情を隠しもしない。
「……有り得ぬ」
おかしい。自分は昨日、間違いなく『勇者』の手によって首を断たれ、死んだはずなのに。
寝間着として着ていたローブをめくるも、そこには一切の傷がない。昨日の戦闘を経て生き永らえたというのなら、傷の一つも残っているはずだが、それがない。
まるで時間が巻き戻ったかのようだ。
事態を飲み込めずに目を白黒させていると、扉をノックする音が聞こえてくる。
「魔王様、いかがなさいましたか」
「……アンデオル」
扉の向こうから声をかけてきたのは、側近のアンデオルだった。寝室の扉を開けると年老いた長老子鬼が、昨日の一大事が何事もなかったかのように、気安い様子で微笑んでくる。
「随分とうなされていたご様子。よくない夢でもご覧になりましたか」
「ああ……うむ……」
アンデオルの言葉に、狼狽と混乱を見せないようどうにか取り繕いながら、シェドザールは生返事だ。
眠っていた頭を叩き起こして思考を回転させる。そしてシェドザールは、重々しく自身の側近に声をかけた。
「アンデオル」
「はい、いかがなさいましたか」
突然の問いかけに、アンデオルは微笑んだままに首を小さく傾ける。その彼に、シェドザールは真剣な面持ちで問いを投げた。
「『勇者』アクセルの所在は、把握しているか」
「……ふむ?」
問いを投げるや、シェドザールは真剣な面持ちで問いかけた相手の一挙手一投足を、見逃さぬように視線を投げた。その意図を汲んでか汲まずか、アンデオルは疑問を隠そうともせずに首をひねって答える。
「おかしなことを仰られる。昨夜に私と一緒に、そちらのバルコニーから確認したではありませんか。城の眼の前にある『憩いの火』に集う『勇者』アクセルの一行が、そこで休息していることを。魔王様は強襲できないことが大変に口惜しいと、臍を噛んでいらした」
「……」
アンデオルの言葉を聞いて、シェドザールは目を細め、眉間にシワを寄せた。
やはり、そうだ。
ため息を吐くより他にない状況に頭を振りながら、シェドザールはアンデオルに背を向ける。
「そうか……よい、下がれ。吾輩は服を変える」
「かしこまりました」
体の良い文句でアンデオルを部屋から出すと、シェドザールは寝室の扉を閉じてすぐ、服をかけている柱には目もくれずに窓へと向かった。
「……まさか」
そう、自分の身に起こったことが事実ならば。
『勇者』アクセルは。
「『憩いの火』……たしか、川向こうの」
窓を開け、バルコニーに出る。コチ川の向こう、魔王城の城門前にかかる橋のそば。そこには。
「『勇者』だ……信じられぬ」
そう、『勇者』アクセルの一団がそこにいた。彼らも既に目覚めているらしい。自分同様、この事態に混乱しているらしく向かい合って何やら揉めているようだ。
仕方がないだろう。昨日、彼らは自分を打ち倒し、首を取って見せたのだ。本来ならばあそこの『憩いの火』で休む理由はなく、彼らの故郷なりラクール王国なりに帰る旅路に着いているはずなのに。
つまり、彼らもそうなのだ。
「何故だ……吾輩にとって、あれは三日前のはずなのに」
バルコニーから部屋に戻り、思い出したように服を着替えつつも、シェドザールは心ここに有らずといった様子だった。
先のアンデオルの言葉を思い返す。『勇者』アクセルの一団は夜のうちに魔王城の前、コチ川の『憩いの火』に到着し、そこで休息を取って翌朝に魔王城に攻め込んでくる算段を立てていた、というのを自分とアンデオルはそこのバルコニーから見ていた。
そこに間違いはない。問題は日時のズレだ。
「昨日、一昨日に『勇者』は攻めてきたこと、アンデオルがそれを認識している様子はない……ということは……」
自分の認識ではアンデオルと共にバルコニーから『勇者』の到着を確認したのは三日前の夜だ。アンデオルの認識ではそれは昨日。二日間のズレがある。
そしてその二日間は何があったか。『勇者』襲来だ。
「……」
よくよく考えればおかしな話だったのだ。二日前の戦いの時、自分は『勇者』アクセルの身体を『赫焔』でチリ一つ残さず焼き尽くしている。「死に損なった」にしても、肉体の復元などやれるはずがない。
つまり昨日も、一昨日も、世界からしてみれば『同じ一日』なのだ。その一日を繰り返させられている。アンデオルですらそれを認識していないなら、魔王城の他の魔物も認識できるはずがない。
そんなことを、やってのけられるのは。
「……おのれ、アシアめ。何とも腹立たしいことをしてくれる」
世界神アシア。この世界を管理し、運行を司るという神。間違いなく、それが関与しているはずだ。他にそんな芸当をやれる存在が、いるはずもない。
「うーむむ……」
着替えなどとうに済んだというのに、シェドザールは部屋の外に出ることなく中をうろうろ歩き回っていた。
そこに気がついたとして、どうするか、が問題だ。
『勇者』と『魔王』が憎み争い合うことに、もはや何の意味も理由もない。世界神アシアの手によってこの一日が繰り返されているのなら、その一日から抜け出す方法が必要だ。
ふと、窓の外を見る。アクセルら一行はまだ意見がまとまらないのか、『憩いの火』を囲んで侃々諤々、言葉を交わし合っている。
これはもう、直接話したほうが早い。
「えい、なりふり構ってられぬ!」
バン、と先程閉じた窓を改めて開け放つ。バルコニーから地上まで飛び降りたとして、『魔王』の身体がそれでどうなるはずもない。何なら直前で浮遊でもかければいいだけだ。
と、窓を開けた音が外まで響いたのだろう。アンデオルが扉を開く音がした。
「魔王様? 今の音は――」
そんな彼が眼にしただろうものは、バルコニーの柵を飛び越えんとするシェドザールの背中だ。突然の主の奇行にアンデオルも驚きを隠せない。
「ま、魔王様!? どこへ!?」
「アンデオル! 吾輩はしばし城外に出る、城入り口の衛兵は城内に引き下げろ!」
戸惑い慌てるアンデオルに、柵に足をかけながらシェドザールは言葉を投げる。そのまま柵を飛び越え、眼下の川向こうの『憩いの火』に向かって落ちていく『魔王』を、アンデオルは口をあんぐり開いたまま見送るしかなかった。




