34. AFTER:06
障壁が割れる音が響く。
さすがにこの展開は予想していなかったのだろう、アシアが顔をしかめた。
「く――!」
「やった!!」
快哉を上げたのはラグランジュだったか、隣のアンデオルだったか。
ともかくこれで確定した。アシアの張る障壁は『こちら』の次元に存在する。ならば割ってしまえば、攻撃は通る。
ここでアシアはアクセルたち一行の呼吸だ行動だを禁止して、戦闘を終わらせることも出来ただろうが、そもこの戦闘を許可したのはアシア自身。自分が許したものをやっぱりダメ、としては神として面目が立たない。
「おのれ、だが一枚割った程度で終わりだと思うな!」
苦々しい表情になりながらも、アシアは再び顔を正面に向けて目を見開いた。
先程に障壁を張っていた箇所、顔の前に障壁が作られていく。恐らく最初はアクセルたちが策を練っている間に各所に障壁を張っていたのだろう。
だが間違いない、その障壁は透明で目に見えないながら、作られていくその過程においてはそこにあるのが目でわかる。五秒ほどの時間をかけて障壁が出来上がる様子に、エイレルトがぎりと歯噛みした。
「く……それもそうだ、障壁など割られても張り直せば良いだけのこと」
「ですが、間違いありませんわ。障壁を割られてから再度張り直すまでに、若干の時間を要します!」
エイレルトの言葉に頷きながらも、ジャンヌがはっきりアシアの顔に指を向けながら言った。
確かに障壁を割られてから再度張るにあたって、数秒だが時間がかかる。その時間はその箇所については無防備だ。
「ああ、その僅かな時間の間に、攻撃を通せれば!」
アクセルも仲間に同意しながら魔剣を構える。
時間的猶予は僅か五秒。剣を振るってからそれがシェドザールの身体を貫き、アシアの顔に届くまでは一秒もないだろうが、エマとタイミングを合わせなくては無駄が出来る。
加えて、問題はもう一つあった。目の前に居るシェドザールの炎が、明らかに弱まっている。
「オ――!!」
「『勇者』様、方針が固まりましたのならお急ぎください! 『魔王』殿の身体を保つのにも限界があります!」
回復魔法をかけ続けているシャルルが悲鳴にも似た声を上げた。
先程に『魂の秘薬』をかけて回復させたにも関わらず、シェドザールの肉体の限界はもうすぐそこまで来ていた。恐らく回復させようにも、炭化が進んだ肉体は形を保つので精一杯なのだろう。
シェドザールの生命はまさに風前の灯だ。保ってあと一発分。これがきっと、最後の一撃だ。
「分かりました! エマ、エイレルト、合わせていくぞ!」
飛眼に乗るエマとエイレルトに声をかけ、二人が頷くのを確認する。アシアの顔面にある障壁をエマが割り、エイレルトがその動きをサポートする。導線が作られれば、あとは一撃を叩き込むだけだ。
「よし――行くぞ!!」
だが障壁を割るのを待ってからでは間に合わない。先に放ち、絶妙なタイミングで割る。これが最適解だ。
アクセルがぐ、と剣を握る手に力を込める。身体を捻る。脚を踏ん張る。
この一撃に――全てを注ぎ込まんとして、刹那。
「『飛龍斬』!!」
叫んだ。
炎の魔剣の切っ先が、最早燃えカスのようになったシェドザールの身体に一筋、傷をつける。炭の欠片が微かに散った。
そしてシェドザールの身体に残った炎を剣閃が巻き込んで、炎の矢となって一直線、エマとエイレルトの待つアシアの顔面へ飛んでいく。
後はアシアの張った障壁を適切なタイミングで割るだけだ――と、思っていた、その時だ。
「あっ」
「エマ様?」
障壁に目を向けたエマが何かに気づいた。その次の瞬間、彼女は『城壁砕き』を一息に振るう。
まだ炎の剣閃が届くには早い段階で、だ。
「おりゃーーーーーっ!!」
「なっ!?」
思いもしないタイミングでの行動に、その場にいる誰もが声を上げた。
馬鹿な。剣閃が達するまで一秒足らずとはいえ、早すぎる。
「エマ様、何を!! 数刻とは言え早すぎます!!」
「大丈夫! エイレルト、行って!」
「っ、なるほど!!」
ラグランジュが声を上げる中、エマはすぐにエイレルトに目を向けた。指すのはアシアの眼前、先程割った障壁がある、その空間。
意を汲み取ったエイレルトが、すぐさまに自身の槍をアシアの眉間目掛けて突き立てんとする。
「はぁぁぁぁぁっ!!」
「く――!?」
アシアは戸惑いを見せた。明らかに困惑と驚愕を顕にした。
本来ならば。本来ならばその槍はアシアの身体を、眉間を通り抜けるはずだ。何故ならその攻撃はただの刺突、防ぐ必要などないものだ。
だが。槍の一撃は弾かれた。キィン、という鋭い音とともに、エイレルトの手にしていた槍の柄が折れる。
「あ――障壁が!?」
「やっぱりそうだ、エマ殿!!」
そう、障壁は一枚だけではなかったのだ。
もう一枚、奥にあった障壁を目掛けて、改めてエマが『城壁砕き』を振りかぶり、そして。
「んぬりゃぁぁあぁぁぁぁっ!!」
一閃。
もう一度、パリーンと乾いた音が響く。透明な破片がキラキラ、光を放ちながら空中を舞う。
気のせいだろうか、アシアの顔面が先程までよりもクリアに見える。驚く顔も、鮮明に見える。
「な、っ……!?」
アシアの驚く顔がすぐさま、恐怖に染まる。
目の前に迫るのは、まるで鳥のようなシルエットをした、赤々とした炎をまとった剣閃。
今から障壁を張り直そうにも、間に合わない。間違いない。
「なん、だ、と……!?」
「奥にもう一枚、張られていたとは……!!」
ジャンとシャルルが驚愕の声を上げる中、ドォン、と音を立てながら炎をまとった剣閃がアシアの顔面を直撃し、大爆発を起こしてみせた。
通った。
「ぐおっ……!!」
アシアが苦悶の声を上げながら顔を押さえる。
決死の一撃は見事に炸裂したのだ。アシアの顔面が炎に包まれている。押さえる手も、冠も。
アルベルティーヌが腕を組みながら、微笑みを湛えて言った。
「慢心よな、アシア。二枚張っておけばそれで充分、と考えておった貴様の負けよ」
彼女の言葉通り。世界神アシアは慢心していた。
障壁を破られることまでは考慮していたが、割った一枚を超えてもう一枚、障壁があると気付くとは思っていなかった。それで防げると考えていた。
人間と魔物の視座に、感覚に、思い至る部分が明らかに足りなかった。だからこの結果を招いたのだ。
「え、へへ……どんなもん――」
勝ち誇った様子で笑うエマが、気力を使い果たしたのか、ぐらりと身体が後方に傾ぐ。
さすがに慣れない魔剣を振るった上に、『城壁砕き』の重量、大きさ。体力も限界に達していただろう。
その手から『城壁砕き』が落ち、同様にエマの身体も飛眼から転がり落ちていった。力尽きたのか、受け身を取る様子もない。
「エマ様!!」
ラグランジュが声を飛ばす。ここから新たに飛眼を生成するのでは間に合わない。そう判断したのだろう。
一体の大きな飛眼が、地面に落下しようとしていたエマの身体を受け止めた。ボヨン、と彼女の身体が跳ねる。
「あうっ」
「エマ!!」
アクセルも、ジャンヌも、エイレルトも、ラグランジュも、この戦い最大の功労者に駆け寄った。ゆっくり起き上がって頭を振り、『魂の秘薬』を飲み干したエマが、ふと自分の身体の下にいる飛眼に手を添える。
「これって……」
「シェドザール様を乗せていた、フライアイズ? じゃあ――」
エイレルトが気がついたとおり、その飛眼の身体にはあちこちに焦げ跡があり、煤が付着していた。先程アクセルが飛ばした剣閃の余波だろう、切り傷もついている。
これが、今こうしてエマの下敷きになっているということは、それでは。
思わず全員が後方を振り返る。そこには。
「……」
物言わぬ骸となり、全身真っ黒に焼け焦げた、『炎狼王』シェドザールの、無惨な姿がそこにあった。回復を担っていたシャルルが、肩で息をしながら残念そうに口を開く。
「ご覧のとおりです。なんとか、肉体が崩れ去ることまでは止められましたが……」
シャルルの発言は、すなわちシェドザールの生命が尽きていることを示していた。
あれだけ燃え盛っていた炎は、もはや一片も見られない。もう、彼の生命は回復させようにも残っていないのだ。
がくりと、エイレルトが顔を覆いながら地面にくずおれる。
「あぁ、そんな……! 『魔王』様……!」
「こんなところで、命を失うだなんて……口惜しい……」
ラグランジュもアンデオルも、地面に両手をつきながらうなだれ、涙を流していた。
彼らからしたら自分たちの敬愛する、この事態の打破のために数日間、『勇者』と手を組んでまで尽力してきた王なのだ。死んだとあれば、悲しまないはずはない。
なんならジャンやシャルル、アルベルティーヌも、世界を救い、人々を救おうとした勇士に手を合わせていた。この人物の死は、悼むよりない。
と。
「ぐ、お、のれ……忌々しい、者どもめ……!」
「あ――」
「アシア。まだ――」
自分の顔を――酷い火傷を負ってただれた顔を押さえながら、世界神アシアが憎らしげな声を上げて視線を向けてきた。
だがその瞳には明らかに、アクセルたちに対しての恐怖の色がある。先程までの雄々しく傲慢な姿勢はどこへやら、それは明確にこちらに恐怖の視線を向けていた。
まだやるのか。再び剣を構えようとしたアクセルを、押し留めたのはジャンヌだった。
「いいえ、アクセル様。これでいいのです」
「ジャンヌ……?」
既に勝負は決したとばかりに、勝ち誇った様子で言う『カプレの聖女』ジャンヌ・ワトー。彼女は明確に微笑みつつ、アシアと、それが居るこの空間に手を向けながら口を開いた。
「アシア様は世界の管理者。あらゆる世界の運行を担う方。その方を殺してしまっては、数多の世界が路頭に迷います」
ジャンヌの言葉に、アクセルはハッとした。
確かにそうだ、アシアを殺すなどとしたら、自分たちが居た世界だけではない、それ以外の数多くの世界の運営にも支障が出る。
代わりとなる神がいるかどうかも定かではないのだ。ここでアシアを殺すのは明確に悪手である。
それを理解しているからこそ、ジャンヌは薄っすらと、目を細めながら笑みを深めた。
「ですから、これでいいのですわ。自分を傷つけえる者がいる事実を知らしめる、この状況こそが一番、アシア様にとっての恐怖なのです」
そのまま彼女は、顔をアシアに向ける。その表情を見るや、アシアの身体がびくりと強張った。
明らかに、こちらを恐れている。ジャンヌを、そして『勇者』と『魔王』の一行を――自分たちの『世界』の歪みを暴き、自身に傷をつけてみせた者共を、恐れている。
最後の仕上げとばかりに、ジャンヌが一歩前に踏み出した。
「さあ、アシア様? あなたを燃やす炎は尽きたと言えど、あなたを害する手段は用意できます。これ以上、そのお身体に傷を負いたくはないでしょう? ならば――」
「よ、よい! 皆まで言うな! これ以上、理不尽な世界管理をするなと言うのだろう! 承知の上であるわ!」
ジャンヌの発言を遮って、アシアが大きく両手を振った。神としては形無しもいいところだが、妥当な落としどころである。
ここまで来てようやく、その場の全員が息を吐き出した。これでもう、理不尽な展開に苦しむ世界は出ないだろう。
と、そこで。
「ありがとうございます。それで、もう一つお願いしたいことがございまして」
「な、なんだ、申してみよ」
ジャンヌが上目遣いになりながらアシアに言葉をかけるのを、その場の全員がきょとんとして見ていた。
ここまで来て、更にアシアに『お願い』することとは、一体?
その疑問に答える様子を見せないまま、アシアに背を向けたジャンヌが、アクセルたちに笑いかける。そのまま後方に視線を向けた彼女がゆっくり、口元に指を持っていった。
「そのお伝えすることを一つにまとめるため、五分ほどお時間をいただけますか?」
ジャンヌの言葉に、ぐ、と押し黙ったアシア。この様子なら問題なく待ってくれそうだ。
それを確認したジャンヌは、その場にいる全員を呼び寄せた。今まで戦闘を見守っていた人間や魔物も含めて、全員を。
そうして始まったジャンヌが主導する「話し合い」は、五分どころか三分で決着がついてアシアにその旨を申し伝えた。
彼女の提示した「意見」はあまりにも――あまりにも、彼らにとって魅力的で、望ましいものであり、反対する必要などどこにもなかったからだ。




