33. After:05
役者は揃った。気力も持ち直した。
さて後は改めて戦闘を始めるだけ、というところで。ジャン・ド・ラクールが自身の息子を差し置いて、エマに一本の大剣を手渡した。
「『魔剣士』エマ、これを」
「ラクールの王様……あの、これって『城壁砕き』ですよね!? なんで!?」
それは大剣というにはあまりにも無骨で、巨大で、超重量の鉄塊だった。
『城塞砕き』はラクール王国の有する最強の魔剣であり、防御を打ち砕くことにかけては右に出るもののない破城鎚である。
この国王はこともあろうに、国どころか世界の危機に自国の魔剣を持ち出して棺の中に収め、この決戦の場に持ち込んだのだ。アクセルが見るからに呆れている。
「嘘でしょう父上、あんな限られた時間で、よく我が国の秘剣を持ち出せましたね」
「万一の時に役立てられるかと思ってな。無為にならずに済んでよかったわ」
アクセルの言葉にジャンが口角を持ち上げながら返す。しかしことこの局面において、この魔剣はまさしく起死回生の一手だった。シャルルが回復の手を休めることはなく、腰に手をやりながら言う。
「先程に目の当たりにしたでしょう、『魔王』殿の炎はアシア様の張った障壁によって防がれている。あらゆる防御を打ち砕く魔剣、『城壁砕き』の力があれば、その障壁も砕けるでしょう」
シャルルの言葉の後を継いだのはアルベルティーヌだった。『城壁砕き』を手にしてぽかんとしたままのエマの肩に、優しく手を置く。
「それにしても、エマよ。炎の魔剣を『勇者』に手渡し、攻撃させたのは実によい判断であったわ。魔剣は『概念』を表出させるもの、神であろうと『概念』は覆せぬ……無論、斬ろうにもそこにいない、割ろうにもそこにないのであれば、無意味なわけだがのう」
「え、じゃあ今回だって――」
アルベルティーヌの言葉にエマはハッとした。
先程に散々試したとおり、アシアの肉体はこの次元にはない。世界という別次元にも作用する『魔王』の炎は障壁によって防がれた。その障壁を割ろうにも、次元が違えば届かない、はずだ。
だがその疑問はジャンがすぐさま打ち砕く。首を振りながらエマに声をかけた。
「否。アシアの肉体については如何様にも言えるが、攻撃を防ぐ障壁は『そこになくては』防げるものも防げはせぬ。『そこにある』ならば、それが『守るもの』ならば、一切合切破壊できるのがその魔剣よ」
ジャンの発言にエマの表情が目に見えて明るくなった。
そう、確かに彼の言葉のとおりだ。こちらからの攻撃を防ぐ必要がある以上、その障壁はこちらの次元に置かなくては防ぎようがない。
ならば割れる。この魔剣があれば。
「……ありがとうございます!」
エマはジャンとアルベルティーヌに深く頭を下げた。出身国とは異なる国の秘宝を使わせてもらうのだ、失敗など出来はしない。そもそもからしてアクセルとシェドザールにしか出番がなかったのが、自分にも出番が回ってきたのだ。
会話を後方で聞きながら、シャルルはジャンヌに視線を投げる。
「『魔王』殿の回復は、私が担います。ジャンヌ、貴女はアクセル殿とエマ殿を援護なさい」
「かしこまりました!」
「ラグランジュ、こちらへ。魔力の底上げは私がやりましょう。飛眼を回復するにも具合がいいでしょう」
「アンデオル様……ありがとうございます!」
他方ではラグランジュに、アンデオルが言葉と魔法をかけていた。
ラグランジュが飛眼の制御に集中できるようになれば、より位置取りや挙動を正確に取れる。回復役ならシャルルやアンデオルがより適任なのだ。任せたほうがいい。
と、そんな中。アルベルティーヌが魔剣を構えてアシアに相対したアクセルに歩み寄った。
「『勇者』アクセル」
「女王陛下、何か――」
何かありましたか、と彼が問うより早く。アクセルの片方の手にアルベルティーヌが小瓶を握らせた。
「これを」
それは小さなガラス瓶だった。中に琥珀色をした液体がたぷんと揺れている。
その液体を見て、アクセルが思わず目を見開く。
「これは、まさか……ペラン王国に伝わるという『魂の秘薬』ですか!?」
アクセルの発した言葉に、エマもジャンヌも、なんならエイレルトやラグランジュも目を見開いた。
『魂の秘薬』。ペラン王国に古くよりレシピが伝えられており、王家の人間のみが調薬できると噂される世界最上級の回復薬だ。これを飲めばたちまち体力も気力も完全回復できる上に、魔力回路の効率が大幅に良くなる。
国外に持ち出されることはおろか、城外に持ち出されることすら禁じられている幻の薬だ。それが、アルベルティーヌの手にした革袋に、何十と詰め込まれている。
「左様。ここ一番というこの場で、これを使わねばいつ使う、というものよ。ラクール王の秘剣のように場所を取らぬ故な、たんまりと持ち込んでやったわ」
にんまりと笑いながら、アルベルティーヌが秘薬を配って回る。人間も魔物も関係ない。そもそもが終わった世界の秘宝なのだ。惜しむ必要もない。
その場の全員に『魂の秘薬』が行き渡ったことを確認して、アルベルティーヌは両腕を大きく広げた。
「さあ、浴びるがごとく使え! 世界の最期に大盤振る舞いじゃ!」
「……助かります!」
これはもう、助かるどころの話ではない。何しろ気力切れも魔力切れも心配しなくて良くなったのだ。
瓶の蓋を開け放ってぐい、と口の中に流し込む。思いの外甘くふくよかな香りが口いっぱいに広がるや、まるで身体が内側から破裂するかのような活力が、全身を駆け巡った。
「おお……!!」
「す、っごい、体中に力がみなぎるわ!」
「これなら……ええ、行けますわ!」
アクセルも、エマも、ジャンヌもその効果に驚嘆している。同じくこれを飲んだエイレルトも目を見開いているし、なんなら秘薬をぶっかけられたシェドザールの炎も、先ほどとは比べ物にならないほどに燃え盛っている。
これでもう何を後悔することもない。エマが飛眼の制御に集中し始めたラグランジュに声を飛ばした。
「ラグランジュ、フライアイズもう一体出せる!? あたしを『障壁』の前まで乗せてって!」
「すまないが俺にも出してくれ、飛びながらなら防ぎやすい!」
「承知しました! どうぞ!」
エイレルトも同時に声を飛ばし、ラグランジュもすぐさま動き出した。回復に集中しなくてよくなった都合上、飛眼の複数体運用にも支障はない。
飛眼に飛び乗ったエマは一直線、目を見開き驚き慄くアシアの眼前に迫った。
そして。
「おらぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「っ――!!」
振り抜いた『城壁砕き』がアシアの目元をかすめる。
パリーン、というガラスが砕けるような乾いた音が響くとともに、アシアの目の前で透明な破片が砕けて飛び散った。




