32. After:04
一通りの説明を受け、『勇者』アクセルは腕を組んで唸った。
「……なるほど」
『魔王』の最後のスキル――『焔城』。魔王城という、世界に存在する物体にこそ干渉するこのスキルは、一つ上の位に作用するはずだ。
『世界』に干渉することの出来るスキルを持つのは、今のところシェドザールただ一人。彼の炎を、アクセルの剣閃で飛ばしてぶつける。これが彼の提示した作戦だった。
だがデメリットは当然存在する。ラグランジュが目を潤ませながら口を開いた。
「で、でも! 今は魔王城どころか世界がないです、そんな状態でそのスキルをお使いになったら、魔王様は――」
ラグランジュの言葉の先が続かない。それを発することを恐れるような彼の頭に手を置いて、シェドザールは頷いた。
「分かっておる。吾輩は燃え上がり、そして焼失する。その炎をアシアめに届かせるには、『勇者』アクセルの剣が必要だ」
そう、『焔城』は自分の肉体ごと魔王城を燃え上がらせ、城を崩壊に導くスキル。魔王城というオブジェクトがない今、『魔王』シェドザールの身体がただ燃えゆくばかり。
シェドザールの身体が燃え尽きてしまえば、もう打つ手はない。これが文字通り、最後の手段だ。
「つまり、『魔王』が燃え尽きるまで……その間が勝負って、ことね」
「私も、可能な限り魔法でお支えいたします……ですが、あまり長くは保たせられませんわ、恐らく」
エマの言葉にジャンヌも頷いた。回復魔法でどれだけシェドザールの体力を回復させたとして、アクセルやジャンヌの気力の限界はある。それが尽きた時が、終わりだ。
作戦は立てられた。ならば後は実践するのみ。移動はラグランジュの生成した飛眼に任せることにして、アクセルとシェドザールは二人、アシアの前に改めて立った。
「策を弄する時間は終わったか、『勇者』、『魔王』」
「ああ、今度こそ……あんたに一撃をくれてやる」
静観していたアシアが目を細めて尋ねる中、アクセルは力強く、こくりと頷いた。
これが本当の最終決戦だ。ここで一撃を入れられなければ、もう死ぬしかない。
と、そこでエマが剣を一本差し出してきた。焔のように波打った赤い刀身、『炎の魔剣』フランベルジュだ。
「勇者、これ使いなさいよ。炎を使うんなら、これがいいでしょ」
「確かにそうだ、ありがとう」
炎をまとわせ剣閃を飛ばすとなれば、炎を操る魔剣は最適だ。これで準備は万全だ、と言えるだろう。
シェドザールが前へ、アクセルが後ろへ。アシアに対して一直線に並ぶ形を取り、アクセルが魔剣を構える。
「行くぞ、シェドザール!!」
「承知!!」
声を掛け合う。応え合う。そしてシェドザールが両腕を広げ、天を仰いだ。
「我が居城の一切を、今こそ灰燼へと帰さん! 『焔城』!!」
スキル名が発せられた途端、ごう、という音とともにシェドザールの全身が炎に包まれた。同時に彼の乗っている飛眼も燃え上がる。
即座にジャンヌが杖を振るった。ラグランジュも両手を突き出す。
「肉体修復!!」
「治癒!!」
「アクセル様、今です!!」
二人がシェドザールと、彼の乗る飛眼の治療を始めると同時に、エイレルトが声を上げた。
ここからは回復役の二人と、アクセルの気力が尽きるまでの消耗戦だ。回復薬の類がないのが口惜しいが、ここまで来たら極限まで搾り取るのみ。
「ああ、行くぞ――『飛龍斬』!!」
アクセルが気力を練り上げ魔剣を振るう。振るった剣から飛んだ剣閃が燃え上がるシェドザールの身体を貫き、その炎を巻き込んで一直線に飛んだ。その先には、アシアの顔面がある。
「行けーっ!!」
「今度こそ――!!」
エマが、エイレルトが声を上げ、拳を上げる。
そして剣閃がアシアの顔面に迫った、その瞬間だ。
「むっ」
短くアシアが唸る。と同時にパァン、と乾いた音を立てて、炎をまとった剣閃が弾けて消えた。
「えっ――」
「弾け、飛ん、だ――?」
突然の事態に、エマとジャンヌが目を見開き、口を開く。
剣閃が届かなかった。これでもまだ、ダメだというのか。ラグランジュが回復しながらも、がくりと膝をつく。
「そんな……嘘だ……!」
「まさか、この炎でも駄目だと――」
エイレルトの顔にも絶望が浮かんでいる。乾坤一擲のこの一撃、通らないとは誰しもが思っていなかっただろう。
だが。
「いや……まだだ! 『飛龍斬』!!」
『勇者』アクセルはなおも剣を振るった。剣閃を飛ばし、燃え盛る『魔王』シェドザールの炎を飛ばしていく。
その炎が、剣閃が、アシアの眼前で二度三度弾け飛ぶ。無駄撃ちのように見えるそれも、しかし彼には意味があった。
「アクセル!?」
「防がれている!! 今までは防ぐ必要もなかったのに、今回は違う!! アシアにとって、防ぐ必要が生じている!!」
悲鳴のように叫んだエマの言葉に、言葉だけで返しながらアクセルは剣をふるい続け、剣閃を飛ばし続けた。
今までは防ぐこともなかった。ただ素通りするだけだった。しかし今は違う。防がれなければ、当たるのだ。当たるからこそ防ぐのだ。
「お、オ、オ――!!」
「シェドザール様!」
だがシェドザールの身体がそれより先に限界を迎えつつある。既に身体が炭化して、気力と気合で形を保っている有り様だ。声帯も燃え尽きうめき声しか出てきていない。
残り時間は僅かだ。アクセルも『飛龍斬』を乱発しているから気力の消耗が著しい。
さ、とエマが胸に手を当てた。自身の気力を他人に譲渡する魔法、『魔力の泉』だ。
「ジャンヌ、アクセル、あたしの魔力を渡すから使って! 『魔力の泉』!」
「俺も手助けする、使え!」
エマがジャンヌとアクセルに気力を譲る中、エイレルトも同様に胸に手を当ててラグランジュに気力を渡す。
だがしかし、彼らの持つ気力を使ってもなお、守りの突破は容易ではない。撃っては防がれ、防がれては撃ってを繰り返して、まず気力切れを起こしたのはアクセルだった。
「ぐっ、はぁ、はぁ……!!」
「は、はっ……!!」
「く、ぅ……!!」
ジャンヌも、ラグランジュも、いよいよ限界が近いらしい。顔に脂汗を浮かべながら胸を抑え、荒く息を吐いている。
もはや限界だ。体力は充分にしても、気力が尽きている。
「アクセル、ジャンヌ、ラグランジュ……!」
「御三方とも、気を確かに!」
今にも崩れ落ちそうな三人に、エマとエイレルトが声をかけ、手を添える。
だが彼ら三人の視線は寄り添うエマとエイレルトにではない、視線の先に未だ立つ『魔王』に向いていた。
「オ、ォ……」
声がか弱い。燃え盛る炎は未だ消えていないが、徐々に弱まりつつある。そもそもが足元の飛眼からして限界だ。
「あぁ……魔王様……!!」
ラグランジュの瞳に涙が浮かぶ。魔王の生命が尽きればもはやおしまいだと言うのに、こちらには切れる手札がもうないのだ。
終わりだ。
「もう、どうにも――」
アクセルがぽつり、弱々しく呟いたその、その瞬間だ。
「いいえ、まだです」
「えっ?」
彼らの後方から声がした。同時に魔力の高まりも感じた。
誰だ。誰が。『世界』の外にあるこの場所に。
その疑問を持つより先に、魔法が飛んだ。
「肉体修復!」
肉体修復。身体を完全に回復し、立ち直らせる魔法。それがシェドザールと、彼の足元の飛眼、双方に飛んだ。
途端に炎の勢いを取り戻すシェドザール。同時に肉体を修復された飛眼が飛行を再開する。その彼ら自身、突然のことに驚きを隠せていない。
「オ……!?」
「シェドザール様!? どこから――」
は、っとしてジャンヌが視線を後方に向ける。そこに、こちらに向かって杖を向ける人影が、二つあった。
「諦めてはなりませんよ、皆さん」
「そうですとも、ここまでやってきて、諦めるなどあってはなりません」
そう言いながら、杖を収めつつ駆け寄り、笑みを見せる人物。一人は聖衣に身を包んだ初老の男性であり、一人は胸にエンブレムをつけた長老子鬼であった。
「……教主様!?」
「アンデオル様も!?」
そう。モリエール教主国の国王にして世界教教主、シャルル三世。および魔王軍参謀、アンデオル。この二名であった。後ろからラクール王国国王、ジャン・ド・ラクールと、ペラン王国女王、アルベルティーヌ・ド・ペランも駆けてくる。
「そうよの。神に一矢報いる手段を遂に見つけたというのだ。一撃防がれた程度で折れるなど、それこそ『勇者』の名折れであろう?」
「全くだ。気力が尽きた程度で諦めるなど、それでも私の息子か?」
アルベルティーヌとジャンが発破をかける。アクセルたちはその四人を、まるで神がそこにいるかのように見ていた。
「女王陛下……」
「父、上」
各国の首脳が、アンデオルが、ここに居る。ということはつまり、アクセルやシェドザールの作戦は成功したのだ。
シャルルがアクセルに杖を振り、気力回復を行いながら笑う。
「皆さんの目論見は完全に成功しました。『世界』の崩壊とともに棺は『世界』の外に放り出された……私どもを中に納めたままで」
「外の様子を伺っていましたら、アンデオル殿が真っ先に動き出したのでな。有志を募ってここまでやってきたのだ」
微笑むジャンの言葉に彼らの周囲を見れば、各国の兵士たちや魔王軍の魔物たちが何人も、何十人も。
彼らが声を、拳を上げている。『勇者』を、『魔王』を、『神』に立ち向かう六人を祝福し、鼓舞していた。
終わり、ではない。まだやれる――否、ここからが本当の決戦だ。
「さあ、反撃の時ですよ、『勇者』一行、そして『魔王』様。我々が全力でバックアップいたします」
アンデオルがにやり、と笑みを『勇者』に向けながら杖を振る。再び為される気力回復。
『勇者』アクセルは、改めて立ち上がった。ここからまた、『神』に向けて剣を振るうのだ。




