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31. After:03

「報い、だと」


 『勇者』アクセルが剣を構えて吠えるのを、世界神アシアは分かりやすく顔をしかめた。

 あまりにも不遜。不敬。『神』に対してあまりにもいけない物言いだ。


「吠えおる。人間も魔物も、等しく私よりも下の位(・・・)に生きる者ども。傷をつけることはおろか、触れることすら叶わない。どころか、私の手にかかれば歯向かうどころか、息をすることすら許しはしない」


 両腕を広げながら見せつけるように話すアシアの言葉に、アクセルらが一層身体に力を込める。

 アシアが先程してみせたように、『これ』はアクセルたちの生命など、一瞬で、全くなんの躊躇もなく『禁じる』ことができる。だからこそアシアは、にっこり微笑みながら言ってみせる。


「だが、そうだな。『世界』の真実にたどり着いたのは貴様らだけだ。その『実績』に免じて、何も出来ないまま死んでいく道は取らんでやろう」


 アシアが喜ばしそうに言ってくる。あまりにも嬉しそうに、楽しむように。

 そう、今こうして立ち向かおうとしていること、それが出来ることがどこまでも「アシアの掌の上」なのだ。これの『善意』で立ち向かわせて(・・・・・・・)くれている(・・・・・)だけに過ぎないと。

 そのことを見せつけながら、それでも「楽しむためにわざと」アクセルを、シェドザールを殺さずに自分に立ち向かうことを許している。

 だからこそ、アシアにとってこの戦いは余興(・・)だ。


「さあ、あがいてみせよ。神に歯向かった愚か者がいた、という記録を私に残させてくれ」


 アシアがアクセルに、シェドザールに、人間に、魔物に、両腕を広げて迎え撃つ姿勢を見せる。

 どこまでも傲慢で、偉大で、巨大な存在である『神』との決戦。人間と魔物にとってみれば生命を、存在を賭けた大勝負だが、この勝負は実質『一撃入れられれば勝ち』というものであることを彼らは承知していた。

 だからこそ『勇者』は初手から全力を尽くす。強化(バフ)搦め手(デバフ)も必要ない、意味がない。


「エマ、行くぞ! お前の魔剣はなんだって斬れる、そうだろ!?」

「当然よ! 神であろうと、斬れないものなんてないんだから!」

「俺も前に出る、衛兵たるもの盾になってこそだ!」


 前に飛び出したのはアクセル、エマ、エイレルトの三名だ。エイレルトが盾役として立ち回り、アクセルとエマが攻撃役。この三人だけでも充分に戦闘が成立するレベルだが、当然後方の三名も力を振るう。


「私は後方から援護いたしますわ。シェドザール様、ラグランジュ様も、よろしいですわね!?」

「無論だ、吾輩は元々遠距離戦を得手とする」

「私も大丈夫です! お二人を援護します!」


 ジャンヌの号令にシェドザールとラグランジュも声を上げた。

 そもそもが距離関係なく炎を使えるシェドザールに、飛眼(フライアイズ)で空中戦も行えるラグランジュ。そこに回復と援護を得手とするジャンヌが加われば、後方からの援護も十全だろう。

 普通なら、向かうところ敵なし。どんな敵が相手だろうとどうにでもなる、そんな布陣だ。


「『雲海斬(うんかいぎ)り』!!」

「『石柱断(せきちゅうだ)ち』!!」


 だが。

 アクセルとエマが同時に放った剣閃は、アシアの身体を捉えることはなく。

 エマの『山割りの大剣(マウンテンクラッカー)』は霞を斬るようにアシアの身体を通り抜け、アクセルの剣もアシアの胸をただ通過していった。


「え……!?」

「うそ……斬れてない(・・・・・)!?」


 そう、斬れていない。どころか、刃が届いた(・・・)様子もない。

 確かにそこに居て、防御をした様子もないのにだ。


「えい、ならば……! 『赫焔(せきえん)』!」


 憎らしげに牙を見せながら、シェドザールがアシアを睨みつける。同時に腕を突き出しアシアの顔へ向けた。

 『赫焔(せきえん)』は視線を向ければそれで炎を灯せるが、手や腕などで指向性をもたせることで火力を底上げすることが出来る。故にアシアの顔にひとたび火が点けば、一気に顔面が燃え上がる――そのはずだった。

 しかし、炎が点かない(・・・・)


「つ、点かない(・・・・)!? 何でも燃やす魔王様の炎が!?」


 エイレルトが驚きに声を上げる。彼も槍でアシアの身体を突こうとしているが、これも全く手応えがなかった。

 さすがにおかしい。剣戟が届かないことは百歩譲って理解できるが、『魔王』の炎がそもそも灯らないというのは異常だ。


「剣で斬れない、炎も点かない……まさかとは思いますが」


 杖を握りつつ、ジャンヌが眉根を寄せた。息を吐きつつ、アクセルたちに継続回復の補助魔法をかけながらアシアに目線を向ける。


「アシア様。確かに『何も出来ないまま死んでいく道は取らない』と仰ったことに誤りは無いでしょうが、『何をしても意味がない』のでは同意義では?」

「何をほざく」


 ジャンヌが投げかけた『文句』に、アシアはふんと鼻を鳴らして返した。

 何も出来ないまま死なせることはしないが、どんな攻撃も通らないのでははたして何の意味があるだろうか。

 だがアシアからしてみたら至極当然のことである。そもそも彼らの『ステージ』に合わせてやる道理など、最初からこれにはないのだから。


「先程も述べただろう、私から見て貴様らは『下の位』に位置する者ども。存在する位が異なるのに、どんな攻撃が届くというのだ?」


 位が異なる。故に何をしても届かない。

 道理でしかない。地面を這う虫の脚がどうして空に居る鳥に届くだろうか。

 だがこの局面でそれは無体でしかない。実質的に『勇者』たち六人が攻撃の手を一切合切封じられた状態だ。アシアの気が変わって殺されるか、『勇者』たちの心が折れるかの千日手である。


「くっ……どうする!?」

「何でも斬れるあたしの剣でも、そこに存在しないものは斬れないわよ!?」


 さすがにアクセルとエマも攻撃の手を止めた。ここで無為に攻撃を繰り返しても消耗するだけだ。

 エイレルトと共に振り返る。視線の先にはジャンヌ、シェドザール。ラグランジュは見ない、彼もまたジャンヌに視線を向けているからだ。


「ジャンヌ様、何か手はないのですか!?」


 ラグランジュも戸惑いながら、すがるように言葉を投げた。

 この状況で、一番打開策を閃く可能性が高いのは『神』に精通し、『神』の言葉に通じている彼女だ。アシアに問うたとて無意味ではあるが、アシアが彼女の口を塞ぐことが叶わない以上、彼女が答えを紡ぎ出すのが一番だ。

 果たして、頼りのジャンヌは眉間に指を当てながらも苦々しく答えを口にする。


「手があるにしても……いえ、容易ではありませんわね」

「ふむ」


 ジャンヌの濁すような言葉に、シェドザールも口角を下げつつ声を漏らす。彼も彼で、彼女の言葉に答えを見出していたらしい。


「我々が神と同じ位(・・・・・)に立つか、アシアめを我々と同じ位(・・・・・・)に落とさねばならん、というわけか」


 シェドザールの発した『答え』に、ジャンヌは静かに頷いた。

 それは大変に、荒唐無稽にして無茶苦茶な回答だっただろう。人間を神の位に押し上げるにしろ、神を人間の位に落とすにしろ、現実的でないという域を超えている。

 だが、それでも彼女は頷いた。容易ではないことを理解したうえで、なお。


「そう、なりますわね」


 ジャンヌが頷いたのを見て、シェドザールがす、と目を細める。

 そして彼は、一歩前に踏み出し、未だこちらを見下ろす世界神を真正面に捉えながら、言った。


「把握した」

「……魔王様?」


 シェドザールの姿に、目を見開きながら言ったのはエイレルトだった。

 何故だろう、その姿に随分と、悲壮的な空気を感じたのは。


「ラグランジュ、フライアイズを一体よこせ。吾輩が乗れる程度のものでいい」

「ま……魔王様?」


 エイレルトの声掛けには答えない。そのままシェドザールはラグランジュに言葉をかけた。

 彼にもまた、視線は向けない。シェドザールが安定して乗れるサイズの飛眼(フライアイズ)を生成しながら、ラグランジュも戸惑いを隠しきれなかった。

 何故だろう、その言葉に随分と、並々ならぬ覚悟を感じたのは。

 飛眼(フライアイズ)に乗りながら、シェドザールがアクセルに手招きをする。アクセルもエマも、エイレルトも駆け寄る中、シェドザールはアクセルの肩に手を置きながら言った。


「勇者アクセル、吾輩に一つ策がある。だがそれには貴様の力が必要だ」

「お、おお……?」


 何故だろう、その『策』に、本当にどうにか出来そうな気配を感じたのは。

 アシアが見つめ、話し合いを『許可する』中、『勇者』は『魔王』の策の何たるかに耳を傾け始めた。

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