30. After:02
ジャンヌの発言と指を突きつけるというその行動。明らかにアシアの眉間にシワが寄り、不快感が顔いっぱいに現れた。
「答え合わせ、だと? いくら『カプレの聖女』と言えど、生意気な口を叩くようなら――」
不満を顕にしながら、アシアがジャンヌをぎろりと睨みつける。しかしジャンヌはそれにも怯まない。自分の胸に手を当てながら、確信を持って口を開く。
「いいえ、私はあなたの言葉の代弁者。私の口を塞ぐのは、あなた自身の口を塞ぐことと同じ。だから私にはこうして話させているでしょう?」
「ぐ……」
その言葉に、アシアがさらに表情を歪めて歯噛みをした。
アシア自身、自分にそれが出来ない、やったら自分の首を絞めうるということを理解していたのだろう。故にジャンヌは、彼女だけは口を封じるわけにはいかない。
何故ならこの局面で、アシアの言葉を理解し、周囲に正しく伝えられるのはジャンヌ一人なのだ。口を塞いだら誰もアシアの言わんとすることを理解できない。
「ジャ、ジャンヌ?」
「答え合わせって……どういうことだ」
事実、エマもアクセルもアシアの言うことはおろか、ジャンヌの言うこともいまいち理解できていなかった。目を白黒させながら、ジャンヌに発言の意図を問うている。
問われてジャンヌは振り返った。二人を、そして魔物たち三人を見ながら、人差し指を立てながら微笑んで口を開く。
「そもそもの話。何故アシア様がこうして世界を運営しているか、というお話について触れましょう」
微笑む『聖女』を、アシアは咎めない。止めることもない。アシアの意思を伝えることこそ、彼女が『聖女』たる最大の存在意義だからだ。
ごくり、と唾を飲む音が小さく聞こえる中、ジャンヌは両腕を広げて話し始めた。
「世界神アシアは見ての通り、この空間で数多の『箱庭』――すなわち『世界』を運営し、管理しておられます。その数はあまりにも膨大、そして管理できるのはアシア様ただ一人」
両腕を広げて示したそこには、今まで自分たちがいた――ぐちゃぐちゃに押しつぶされた『世界』の他にも、数多の『世界』という名の箱庭が、それこそ数えるのも馬鹿らしいほどに宙に浮き、あるいは虚空の下に散らばっていた。
こんな数の世界を管理できるのがただの一柱しかいないなど、それこそ文字通り『神』の所業だ。
だがしかし、その『神』の為した行為は先程に自分たちが思い至ったばかりである。ジャンヌが言葉を続けつつ口角を下げる。
「当然と言えば当然でございますが、次第にアシア様は世界の運営に飽いてきてしまった。そして徐々に手を抜き、放置することもされてきた。何なら刺激を得るために、わざと世界を崩壊に導いてこられた」
ジャンヌの言葉に、後方で話をただ聞いていたアシアがピクリと眉を震わせた。
人々の面前で自分の悪行を詳らかにされている。腹の立たないわけがないだろう。
しかし先に述べたとおり、彼女の言葉を遮ることはアシアには叶わない。自分の口を自分で塞ぐことに他ならないからだ。ジャンヌもそれを理解している故、語ることを止めない。
「その末が我々の『世界』のあの顛末です。これまでの素材や歴史を流用し、『箱庭』の歴史を自分にしか記せないことを良いことに、合理性のない世界運営を横行させている。『勇者』と『魔王』の対立も無理にサイクルを早め、そのペースはもはや不自然極まりない……『駒』の我々が気付くくらいには」
そこまで話したところで、ジャンヌの言葉をその場の全員が理解した。五人が五人とも、息を飲み込む音が喉から漏れる。
アシアは『世界』の顛末を記す権限があり、それは他の誰にも為し得ない。だからこそ自分の都合の良いように世界を回し、動かし、滅ぼしては再び創り、を繰り返してきたのだ。他の誰にもそれを為したことを参照できないのだから。
だが無理な『世界』の滅亡と再創生は、『世界』の歴史を参照する身からしたら不自然極まりない。ジャンヌだけではない、先代の『魔王』や『国王』、『教主』についてはそれを認識していた。だからこそ落書きやメモ書きという形で、次の歴史に引き継がれることを承知で痕跡を残していたのだ。
全てを言い当てられ、いよいよアシアの眉の震えが大きくなった。表情を僅かに歪めるアシアに、ジャンヌが振り返り視線を向ける。
「いかがでしょう? 反論の余地はございますか、アシア様」
「ぐ、ぐ……」
アシアはただ憎々しげに呻くだけだった。
反論の余地などあるはずがない。ジャンヌ・ワトーの発言にただ一つの間違いもなく、ただ一つの論理のスキもない。
そもそも彼女の言葉は自身の言葉、自身の意図をこれ以上ないくらいにしっかりきっかり説明をされて、文句をつける箇所すらない。
そして反論の余地がないということは、それが疑いようのない真実だと語っている。我慢ならなくなったのか、エマが地団駄を踏みながら声を上げた。
「待って、じゃあ何? あたしたちはそんな無茶苦茶で、適当な世界運営をされながら、何なら神が楽しむがために今まで生きてきたってわけ?」
「それでは、人間と魔物の対立に合理性もなにもないのも当然です! 手っ取り早く成果を上げるために、我々は生み出され、滅ぼされていたなんて……」
「おまけに、気付いた我々を消そうとしたわけだろう……世界ごと。そんなの、管理者がやって良いことではない!」
ラグランジュも、エイレルトも、怒りを発しながら拳を振り上げ『神』の暴挙に怒っている。シェドザールは言うに及ばず、その身体から怒りの炎が漏れ出していた。
アクセルもその拳が握られ、強く震えていた。我慢ならなくなったのは彼も同じ、堰を切ったように言葉を吐き出した。
「……なんだよ、それ!」
吐き出されたのはただただ端的な文句の一言だった。
しかし、それがその場の全員に火を点けた。
こんなことがあってたまるか。こんなことが許されてたまるか。『神』であろうとなんだろうと、こんな悪行がまかり通っていいはずがない。
「おのれ『カプレの聖女』。余計なことを――」
アシアの意図の説明は、アシアに怒りを向けるに充分だった。説明を許したが故にアシアへの怒りは最高潮に達した。ただでさえ怒っていたところをジャンヌの説明が火に油を注いだ。
アシアとしたら余計なこと、と言う他ないだろう。行動を許さざるを得ない状況であったにしても、その行動がこうなることは予想できたと言うのに。
静かに怒りを滾らせるアシアから視線を外すアクセル。視線の先にいるのは五人の『仲間たち』。
「ジャンヌ、エマ……シェドザール、ラグランジュ、エイレルト。どうする」
ここまで来たら人間も魔物も何も関係ない。目の前の『神』に何とかして一撃くれてやらなくては気が済まない。
だからこそ。念を押すように五人に言葉を投げかけた。
「俺はもう……我慢が出来そうにない」
そう言葉を投げるアクセルの瞳は、恐ろしいほどに冷え切っていた。
もう、彼にどう言葉を返しても彼は真っ先に突っ込んでいくだろう。先程に呼吸を禁じられたにも関わらず、恐れの一片もありはしない。
だからこそだろう。残りの五人も心境は同じだった。アシアへの叛逆を止めるものは誰もいない。シェドザールがパン、と拳を自分の手のひらに打ち付けた。
「よかろう。とことんまで付き合ってやる」
「もちろんよ。あたしだって我慢ならないんだから」
拳とともに炎が散る。刃の擦れる音がする。
エマも、エイレルトも、おのれの武器を抜き放った。シェドザールとジャンヌ、ラグランジュも魔法を放つ構えを取る。
そして最後、苦々しげに六人を見下ろすアシアに真正面から向き合って、アクセルが自身の剣を構えながら言う。
「アシア様、これまでの慈愛に感謝いたします……ですがそれもこれまで」
礼を述べる。その心に偽りはない。今まで『世界』という箱庭で守り、育ててくれたのは事実だから。
だが、しかし。
「『世界』を弄び、無茶苦茶に運営してきたことに対する報いを、今ここでしっかり受けてもらう!!」
その礼を振り払うようにアクセルは鬨の声をあげた。
アシアが呼吸など、機能を禁止するそぶりを見せるより早く、アクセルが駆け出す。その後に続くように五人も一斉に戦闘に突入した。
自身に向かってくる愚か者を見やり、アシアはただ、無感動に彼らを迎え撃とうとしていた。




