28. END:09
「どういう……ことですの?」
「ラグランジュ、説明せよ。どういうことだ?」
ジャンヌとシェドザールが揃ってラグランジュに問いを投げると、ラグランジュは携帯端末に映したままのラクール王国の『世界樹』を、二人に見せながら口を開いた。
「あの、『勇者』様は目に見えたものに斬撃を届けることが出来るんですよね? でしたら、飛眼で『世界樹』の根本を映し、その映像の『世界樹』を斬る、ということが、出来るのではないか、と……」
彼の提案に、アクセルとエマが顔を見合わせる。
『雲海斬り』は視界に映ったものを選択して斬撃を届けるスキルだ。飛眼で映された映像もまた、『視界に映ったもの』ではある。
理屈は通る。やってやれないことはなさそうだが、いくらなんでもこれまで経験がない以上、やれるかどうかが分からない。
「そんなこと……出来るの? だって実物を、直接見ているわけじゃないんでしょ?」
「そう、なる……今こうして『世界樹』の上部を斬った際も、ガラス越しにだから、厳密には直接見ていたわけではないけれど」
エマの疑問にアクセルも首を傾げた。
確かに今もガラス越しに『世界樹』の上部を断ち切ってみせた。ガラスに遮られているから、厳密にそのものをそのまま見ていたわけではない。
だが、映像越しに見るのとはまた勝手が違う。加えてもう一つ問題があった。
「でも、大丈夫ですの? だってラグランジュ様、そのお手元の携帯端末は一つしか」
ジャンヌが心配そうに問いかけるのは、ラグランジュが手にした携帯端末だ。いくら石製とはいえ、彼は一つしかそれを持っていない。
加えて今は『世界』が崩壊する真っ只中だ。一本ずつ斬っていてはどう考えても間に合わない。どうにかして三本まとめて斬れればいいが、どうするのか。
だがラグランジュは自信満々、不敵な笑みを浮かべて言った。
「そこはご安心ください! 『飛眼創造』!」
そう言いながら彼は自身の手のひらを広げてみせる。そこに浮かんだ光から現れるのは、何体もの飛眼だ。
塔の最上部の部屋を飛び回り始める飛眼を見ながら、ラグランジュが誇らしげに言う。
「私のスキル、『飛眼創造』は飛眼を生成できるものです。彼らを『世界樹』の周りに飛ばし、それに繋がる飛眼から映像をこちらに映せば、一気に『勇者』様が斬ることが出来るはずです!」
「おお……」
ここ一番で見せたラグランジュのファインプレー。思わずアクセルが声を上げた。
なるほど、飛眼同士で映像を送り合うことも出来るのだから、そちらに繋げてしまえばいいのだ。一度に何十体も飛眼を生み出したラグランジュの負担が気がかりであるが、そこをクリアすればどうにかなる。
既に接続は世界を飛び回る飛眼とされているらしい。彼らが燃え上がる『世界樹』に向かって飛んでいく様子も見えていた。
「ラグランジュ、さすがの働きである」
「ありがとうございます。現地に飛ばす数を増やすので、ちょっとお待ち下さい!」
シェドザールもこの働きぶりには、褒めの言葉を発しないわけにはいかない。少しだけ照れた様子を見せながら、ラグランジュは飛眼の操作に集中し始めた。
世界全体に散っている飛眼を集中させるとなると、やはりまあまあ時間がかかる。加えて数多くの飛眼を一人で管理しなくてはならないのだ、ラグランジュへの負担の大きさたるや、想像を絶するものがある。
「……さすがに、この時間がもどかしいな」
「申し訳ありません、急いで飛ばし――」
アクセルの漏らした言葉に謝りながらラグランジュが飛眼に指示を飛ばそうとした瞬間だ。
ラグランジュの心臓が大きく鼓動し、同時に彼が携帯端末を取り落とす。ガシャン、という硬い音が室内に響いた。
「ぐ……っ!」
胸を抑えたラグランジュが床に膝をつく。魔力の消耗が激しすぎたのだ。ここまでの飛眼を同時制御しているのだから、当然消耗も激しい。
「ラグランジュ!」
「回復いたします、動かずに!」
シェドザールとジャンヌが揃って彼に駆け寄り、魔力の回復のために動き出す。周囲の空間からの魔力供給、自身の魔力の譲渡を以て、ようやく魔力が回復したラグランジュが、目の焦点が合わないまま口を開いた。
「す、すみません……魔力を、使いすぎた、みたいです」
「無理するな、休め。貴様に倒れられては困る」
部下の姿に、たまらずシェドザールが首を振った。
ラグランジュの飛眼はこの作戦の文字通りの要だ。今倒れられたら、本当に困る。
アクセルがラグランジュの傍に膝をついて座り、背中を擦りながら言う。
「あまりラグランジュに負担もかけられない。少ない数の飛眼でどうにかしよう」
「そうですわね。ラグランジュ様、大丈夫そうですか?」
ジャンヌもその意見に異論はなかった。実際どうにかして、ラグランジュの負担を減らさないと何も出来ないのだ。
彼自身、そこについては安堵した様子で息を吐いている。しかし表情は実に心配そうだった。
「は、はい……ですが、いいんですか? あまり数を減らすと、『世界樹』から離さないといけない。そうしたら周囲にも影響が……」
「背に腹は変えられん、貴様の命が優先だ」
戸惑った様子のラグランジュに、シェドザールがもう一度首を振る。
『魔王』にそう言われ、さすがにラグランジュも頷く他はない。最低限の数だけを飛ばす形に切り替えつつ、携帯端末に映していた無数の画面を閉じていった。
「承知しました……一旦、『世界樹』以外の地点からは通信を切断します。ひとまず四方から囲む形なら……それでいいでしょうか?」
「ええ、充分よ。不要な飛眼も崩壊させて、魔力を回復させたほうがいいわ」
ラグランジュの確認にエマも頷く。四方から囲む形で一本あたり四体、計十二体。これだけいれば充分だろう。
『世界樹』以外の場所に飛んでいる飛眼が崩壊し、そこからの通信がなくなる中、十二体の飛眼だけが『世界樹』の周囲に止まっていた。いずれもが、根本の地面と繋がる部分を凝視している。
そして塔の最上部にも飛眼が十二体、アクセルの周囲を囲むように配置していた。そのいずれにも、『世界樹』の根本に配置された飛眼からの映像が映っている。
準備万端だ。あとは、今度こそ斬るだけである。
「飛眼、配置完了しました。周辺の方々の退避も完了、いつでもいけます!」
「よし……エマ、もう一度『山割りの大剣』を貸してくれ」
「分かったわ、気を付けて」
ラグランジュの合図に頷いたアクセルが、もう一度エマに手を差し出す。その手にエマが『山割りの大剣』を握らせると、アクセルは十二体の飛眼のちょうど真ん中に立つように位置どって、改めて剣を構えた。
目標は見えている。気力も充分。あとは全ての飛眼目掛けて、剣を振るだけ。
「よし……行くぞ!!」
改めて、アクセルの手に力が籠もった。全ての気力を叩き込む勢いで、アクセルの左足が強く、しっかと石床を踏む。
そして。
「この一撃にすべてを篭める――『雲海斬り』!! おぉぉぉぉぉぉっっっ!!」
弾かれるように右足が石床を蹴った。身体の右手側に固定された大剣を飛眼の目の高さに合わせて左足を踏み込む。
そこから腰をひねるように一回転。果たして、『山割りの大剣』の切っ先は吸い込まれるように十二体の飛眼の目を、真一文字に切り裂いた。
剣閃が放たれた瞬間にズン、と響くような低い音がしたのを、誰が聞いていただろうか。勢い余って尻餅をついたアクセルが、息を荒くしながら口を開く。
「どうだ!?」
「行ったの!?」
エマもアクセルに駆け寄って、『山割りの大剣』をその背に負い直しながら声を上げた。
果たして成功したのか。『世界樹』を断ち切ることは出来たのか。その答えは、すぐにエイレルトによってもたらされた。
「見てください、外を!!」
彼が指さしたのは最も近場にあるペラン王国の『世界樹』だ。先程まで燃えていて、燃え尽きそうになっていながらも立っていた大きな樹が、根元の方まで崩れ、ぼろぼろになって落ちている。
「『世界樹』が、崩れている!!」
「やったわ!!」
「よ……よし……!!」
やったのだ。アクセルの剣は確かに『世界樹』の根本を捉え、それを世界から断ち切って見せたのだ。
世界から切り離された『世界樹』の幹はすぐさまに燃え、崩れてなくなっている。見ればラクールのそれも、モリエールのそれも、全てが根本まで崩れ、跡形もなくなっていた。
ということは、だ。
「み、見ろ、空が!!」
「うわっ――」
先程からずっと外を見ていたエイレルトが『空』を指差す。
根本を斬る前からどんどんに崩れ、落ちてきていた『空』は、もはや『勇者』たちのすぐそこまで迫っていた。『世界』を支える柱が失われた中で、神の『世界』を崩壊させんとする力も勢いを増している。
このままでは、もう数瞬の余裕もないだろう。シェドザールがギリ、と歯噛みしながら言葉を漏らす。
「崩壊の時が、来たか!!」
「ああ……いよいよ、『世界』が終わるのですね……」
その言葉にジャンヌも僅かに目を伏せた。このまま『世界』は潰れ、全てが無に帰し、『舞台装置』に潜んだ彼らは次の『世界』に向かうだろう。
そして自分たち六人はこのまま、潰れた『世界』と運命を共にするだろう――その場の誰もが、そう考えていたのだが。
「いや……まだだ! あそこを見ろ!」
『勇者』アクセル・ド・ラクールは最後の瞬間に希望を見出し、落ちてくる『空』の一点を指さしていた。
指さしたそこに、まるで穿たれたかのように、大きな穴が虚空に向かって空いている。そこから外に出られる――そう言いたいかのように。
「あれは……ペランの『世界樹』があった場所か!?」
「空に、穴が――」
シェドザールが、エマが声を漏らし、『空』に空いた大きな穴を見つめていた。まるで『世界』が、ここから脱出しろ、と言いたげな穴を見て、エイレルトが声を上げる。
「そうか! 『世界樹』が折れ、焼け落ちたから、『柱』を通していた部分が空いたんですね!」
「ああ、あそこを通れば、『世界』の外だ!」
アクセルもエイレルトに同調し、拳をぎゅっと握りしめる。
まさしく幸運だったと言えるだろう。魔王城とペラン王国はそこまで離れていない上に、事前に『世界樹』の上部を燃やして崩していたから、『空』のバランスが崩れていた。
結果としてアクセルたちがいる魔王城の尖塔のすぐ近くに、『穴』が迫ってきていたのだ。
あとはその穴に飛び込めばいい。気力と魔力を取り戻したラグランジュが立ち上がった。
「分かりました、こういう時こそ私の本領発揮です! 『飛眼創造』!」
ラグランジュが声を上げるや、尖塔の最上部のフロアより一回りは大きい巨大な飛眼が創造され、アクセルたち六人を乗せる形で出現した。
あまりにも巨大すぎるその体躯ゆえに尖塔のガラスも、屋根も、全てが吹き飛ばされる。そのまま飛び立てばぐんぐんと、『穴』が近づいていた。
「は――!?」
「なにこれ、でっかい!?」
突然現れ、自分たちを乗せて飛び始めた飛眼に、アクセルもエマも絶句している。ジャンヌなどは言葉を失ったまま、どうにかして落とされまいと必死にしがみついていた。
シェドザールが飛眼の上に座りながら、得心がいったと言わんばかりに口を開く。
「そうか……飛眼を作れるスキルであり、作る飛眼のサイズは問わない、そういうことか」
「そういうことです! 大きさと飛翔能力に全振りしたので、視る力は最低限ですが、今はこっちの方が大事ですしね。皆さんを乗せて飛べるだけの魔力も戻ってます!」
誇らしげに話すラグランジュに、全員が全員ため息を漏らすしかなかった。
本当に、彼自身がここにいてくれてよかった、と言うしかない。あまりにもこの作戦の鍵を、この小さなか弱い仔犬族は握り続けていたわけだ。
「全く……貴様がここにいなかったら、本当にどうなっていたことか。大儀であるぞ」
「さすが監視室の室長、弱いとか言っておいて、並大抵どころじゃないな」
「お褒めいただき光栄です。さあ、皆さん、掴まってください!」
シェドザールもエイレルトも、この同僚に賛辞の言葉を述べるより他になかった。彼がいたから、こうして『世界』を脱し、次に進めるのだ。
「いくぞ、いよいよアシアとご対面だ!」
「ええ!」
「行くぞ!」
アクセルの発破に、エマが、シェドザールが応と返す。
今まさに『世界』が崩れ、潰れようとするその瞬間に、『空』の穴をくぐり抜ける六人。
視界が一瞬、強烈な圧力とともに漆黒の闇に包まれた。




