27. End:08
『勇者』が魔剣を構えるとともに、他のメンバーも行動に移る。ここからは僅かな時間すら惜しい、手早く行動しなくてはならないのだ。
先んじて、シェドザールが最も遠く、ラクール王国の敷地内に生える『世界樹』を睨む。
「まずは時間が掛かるであろう、一番遠くにあるラクールの『世界樹』から灯そう……『赫焔』!」
『魔王』の瞳が赤く輝いたその瞬間、ラクール王国の敷地内に生える『世界樹』の枝葉が燃え上がった。瞬く間に赤々とした火が上がり、その炎を大きくしている。
「おお……一瞬で火が点いた」
「すっごい……でも、そうすぐには燃え上がったりしないんでしょ」
あまりにもあっさり火が点き、どんどん葉を燃やしているその様子を、アクセルとエマが驚きながら目を見開く。
しかしエマが目を見開いたままでジャンヌとシェドザールに視線を向けると、苦々しい表情でジャンヌが頷いた。
「そうですわね、生きた樹である、というのもありますが……『世界樹』は世界の礎、強固な魔法に守られています。それもひとえに、枝葉で『世界』そのものとつながっているから」
ジャンヌの言葉にシェドザールも無言で頷き、続けて『世界樹』の幹にめをむける。そこにも新たに火が点るが、枝葉より明らかに火が燃え広がっていない。
当然だろう、実際の樹木も細い枝葉に比べて太い幹は燃えない。それもあるだろうが、明らかに『世界』を保護する魔法が流れているのがその幹だ。
だがそこが、逆説的に『世界』を脱するためのトリガーになる。ジャンヌがうっすらと口角を持ち上げた。
「ですので、ここで『勇者』の出番、というわけですわ。アクセル様!」
「ああ」
ジャンヌの呼びかけに短く応えたアクセルが、ぐっと魔剣を握る手に力を込める。
『山割りの大剣』は山すらも断ち切る、触れたもの全てを物の大小硬軟問わず断ち切る剣だ。『世界樹』の幹や枝であろうと、斬れない道理はない。
だからこそ『魔剣士』エマ・デュボワは、この愛剣を『勇者』に渡したのだ。
「行くぞ……『雲海斬り』!!」
全力で足を踏ん張り、ラクール王国の『世界樹』――その『空』と接する天辺を見据え、アクセルが魔剣を思い切り振り抜く。
『雲海斬り』のスキルは視界に映っているものを選択して、そこまでの距離を問わず剣閃を届かせる。そして今握っている剣は全てを断ち切る剣である。
ならば。
「わっ……!」
「なんて剣圧……これが『勇者』の本気の力……!」
傍で見ていたラグランジュとエイレルトが、アクセルの振るった魔剣の剣圧に圧されてよろめいた。
全力で振るった魔剣は当然二人には届いていないし、スキルで選択されていないので傷はつかない。しかしそれでも、その剣が巻き起こす圧はあまりにも重厚で、強烈だった。
その剣圧が、距離を超え、空間を超えてラクール王国の『世界樹』の幹を、枝葉を、『空』から切り離す。その瞬間だ。
「見ろ! 『世界樹』が!」
アクセルが指さした先、ラクールの『世界樹』が、一気に燃え上がった。
先程までとはあまりにも火の勢いが違う。枝葉は一気に焼け落ちて、燃えた葉が枝から離れて赤い雨のように降り注いでいた。幹にも火が及び、驚くべき勢いでその内側を焼いているのが見える。
あまりにも急激な変化に、魔剣の持ち主たるエマも驚きに開いた口が塞がらない。
「うわ……すごい……」
「一気に火が回りましたわ、これなら焼け落ちるのも時間の問題のはず!」
ジャンヌも勝ち誇った様子で手を叩いた。この勢いで焼けていくなら、きっと遠からず『世界樹』は焼け落ちるだろう。
ならば後は残り二本、モリエール教主国とペラン王国の『世界樹』も同じ目に遭わせればいいだけである。
「よし、この調子で残り二本も焼くぞ!」
シェドザールの言葉に頷いたアクセルは、立て続けに残り二本の『世界樹』にも火を灯していった。三本目、ペランの『世界樹』が焼かれ始めるまで、恐らく三分もかからなかっただろう。
さすがにそれだけの短時間で、魔剣を振るってスキルを行使したのだ。アクセルの顔にも疲労の色がうかがえる。未だ両の足で立っているが、膝がかすかに震えて息が上がっていた。
「はぁ、はぁ……!」
「よし、『勇者』、貴様はしばし休め。気力もだいぶ消耗したであろう」
疲弊したアクセルをおもんばかるようにシェドザールが肩に手を置き、声をかけた。見るからに消耗の色が濃いアクセルは、ただ頷きながら一旦『山割りの大剣』をエマに返す。
自身の剣を受け取りながら、エマが小さくため息を漏らした。
「やっぱり、慣れない魔剣を握ると消耗が激しいわけね」
「仕方がありませんわ。『魔剣士』として研鑽を積んでいるエマ様でも、初めて握る魔剣には力を吸われてしまうでしょう」
エマの言葉にジャンヌも苦笑しながら頷いた。
『魔剣』とはそもそもからして持ち主を選ぶし、選ばれていない使い手は早々に消耗し、果てには命を奪われる。いくら『勇者』アクセルが魔剣を扱う心得があったとして、『山割りの大剣』は初めて手にする剣だ。
アクセルの気力が回復して、呼吸も落ち着いてきた頃。ふと、シェドザールが一本目、ラクールの『世界樹』に目を向ける。
「さて……そろそろ、ラクールの『世界樹』は燃え尽きた頃――」
「いや……待ってください」
だがそこで、エイレルトが主君の言葉を遮るように言った。塔の頂上に張られたガラス窓に両手をつき、『世界樹』を凝視しながら言う。
「おかしいです……まだ燃えている」
エイレルトの言葉にアクセルも、エマも、ジャンヌも顔を上げ、目を見開いた。
まだ、一本目が燃えている。つまりそれは、『世界樹』が未だ折れず、倒れずにいるということだ。
「えっ」
「なんで? あんなに勢いよく燃えていたのに」
さすがにおかしい。アクセルもエマもガラス窓に近づいて目を凝らすが、なるほど確かに『世界樹』の幹がしっかりと立ち、炎を上げているのが見える。
枝葉は既に落ち、幹の内部からも炎が見える。ほんの少しでも突けば崩れそうな有り様なのに、『世界樹』が倒れる様子はない。
どういうことだ、と五人が顔を合わせたところで、ただ一人、手元の携帯端末を凝視していたラグランジュが声を上げた。
「あ、あの! 皆様、これを見てください! 件の樹の根元部分です!」
ラグランジュが見せてきたのは、ラクール王国の『世界樹』の根元部分に飛ばした飛眼の映像だ。
王国の首都、王城の裏手にそびえる小高い丘、そこにはラクール王国の兵士と周辺にいたのであろう魔物が、燃え上がる『世界樹』を見つめているのが映っている。
そしてその樹の根元、丘の地面に根が生え、食い込んでいるようになっているそこの、状況を見てエマとジャンヌが声を上げた。
「これは……もしかして」
「根元部分が、燃えていない!?」
そう。樹の上の方、なんなら根本から一割ほどまでのところはごうごうと炎を上げて燃えているにも関わらず、根元部分の周辺は驚くほど火が回っていないのだ。
それどころか、地面と接している根元部分がほのかに輝き、その輝きが樹の上の方に伸びているのが見える。この輝きが恐らくは『神』の力なのだろう。
「まさか……アシア様の力が、樹の根元からも通っているのか!?」
「な――」
光が立ち上る様子を見てアクセルが声を上げると同時に、シェドザールが言葉を失った。
『神』の力が『世界樹』に流れ込み、『世界』が崩されるのを防いでいる。今しがたに自分が崩そうとしている最中で、余計な手出しをするなとの世界神の意思だろう。
つまりこの力が『世界樹』を支えているうちは、それを損ない『世界』に穴を空けることは叶わない。上部が切り離されているから尚更だ。
「そうか……世界が『箱』だとして、その『箱』の表面に流すように力を通しているのだとすれば、量が少ないとしても力は通う。それが、魔王様の炎を押し留めているのか……!」
エイレルトが『世界樹』から漏れる光を見つめながら歯を噛み締めた。
世界が箱であるならば、その『箱』を支える柱に力が及ぼない道理はない。その力を通す道の一つが断たれているなら、もう一つの道に力が集中するのは道理だろう。
ここに来て『勇者』と『魔王』は大きな問題に直面した。このままでは『世界樹』を燃やし、倒し、空いた『世界』の穴から脱出することは叶わない。どころか、下手に脆くなってしまった『世界樹』の上部が自壊して、『空』が落ちてくる危険性もある。
「じゃあ、根元部分も断ち切らないと、『世界樹』を燃やせないってこと!?」
「でも根本なんて、いくらここが高い場所にあるからって、見えるわけないぞ!?」
「いえ、それだけじゃありませんわ。ここから無理に断とうとすれば、せっかくの棺にも影響が出ます! モリエールの『世界樹』なんて、国営墓地の中央に生えているのに――」
エマもアクセルも、ジャンヌまでもが額に汗をかいていた。先程に根本の様子を見られたのはラグランジュが飛ばした飛眼のおかげである。そうしなければ『世界樹』の根本など、見えようはずがないからだ。
問題はそれだけではない、三国の『世界樹』はいずれも首都の近くに生えている。モリエールの『世界樹』などは首都の中心部にあるのだ。折角そこにある棺――『世界の人々の入った舞台装置』があるのに、損なうわけにはいかない。
と、その瞬間世界が大きく揺れた。ラクールの『世界樹』の天辺がいよいよ焼け落ち、崩れ始めたのだ。柱たる『世界樹』の均衡が崩れ、支えられている『空』が傾き、落ち始めている。その『穴』は未だ見えない。
万事休すか。というところで、携帯端末を凝視していたラグランジュが声を上げた。
「あ、あの! よろしいでしょうか、皆さん!」
「ラグランジュ、どうした!?」
その言葉にアクセルが返答しつつ問いかけると、小さな仔犬族は自身の携帯端末の画面をアクセルに見せながら、こう言うのだ。
「『勇者』様の『雲海斬り』のスキルですが……映像越しに使うことは出来るでしょうか!?」
「え……!?」
その問いかけに、アクセルも、シェドザールも、他の三人もが目を見開いた。
言わんとすることを理解する合間にも、空は落ちてくる。『勇者』と『魔王』の疑問の解消を待ってくれる『世界』の余裕はない中で、ラグランジュの瞳だけが力強く輝いていた。




