26. End:07
シェドザールに先導されてアクセル、エマ、ジャンヌ、エイレルト、ラグランジュは、魔王城の上層部に繋がる階段を登り、とうとう魔王城の屋上にやってきた。
道中の階段が長かった以外は特に困る箇所もなく、すんなり来れた魔王城の最上階。開けた広いスペースから、割れて崩れ始めた空が見える。
「ここが魔王城の屋上か……」
「でもここからじゃ、まだ世界樹の全部は見えなくない?」
アクセルとエマが周囲を見回しながらシェドザールに問いかける。確かにここからではまだ、周囲の森や山に遮られて世界樹をしっかり見るには高度が足りない。
「ここはまだ通過点に過ぎぬ。こちらだ」
と、そこでシェドザールが手招きをしながら屋上の端に向かう。その端にある一本の尖塔、そこの壁にシェドザールが手を触れると、ブン、と低い音が鳴った。
途端に尖塔の壁がたわみ、中に入る入り口ができる。その現象にアクセルら三人が目を見開いた。
「この塔……!?」
「中に入れる場所だったのですか……存じ上げませんでしたわ」
ジャンヌも口元に手をやりながら驚いている。実際、扉も窓らしいものも見当たらず、外から見ても単なる飾りだろうと思っていたのだ。まさか入口があるとは。
魔王軍の一員であるエイレルトとラグランジュも、驚きに大きく目を見張っていた。
「魔王城の中でも隠された、魔王様のみが入れる尖塔だ……まさか立ち入る機会が出来るとは」
「はい……中を見るのは、私も初めてです」
二人曰く、この尖塔の中には飛眼を入れることも許されず、兵士の巡回ルートからも外れていて、魔物でも中に入ることが許されないのだそうだ。
尖塔に入口を作ったシェドザールが、傍らに立つラグランジュに視線を向けた。本来ならば設備の整った地下の監視室で監視に当たってもらおうとしていたのだが、それでもと着いてきたのだ。
「すまんな、ラグランジュ。監視室にいた方が、世界の監視もやりやすかろうに」
「大丈夫です! 携帯端末でも充分に仕事は出来ますし、皆さんのおそばなら情報共有も楽ですから!」
シェドザールの申し訳なさそうな言葉に、ラグランジュは首を振った。彼としても、一人地下に残るのは好ましくなかったらしい。
尖塔の中は、ただ松明が灯り螺旋階段が上へ上へと続いていくだけの空間だった。その階段を駆け上がるように登っていくと、やがて視界に光が見える。
「到着したぞ、ここだ」
「おぉ……」
その光が一気に視界に広がる場所は、尖塔の最上部、ガラスの壁に覆われた一室だった。太陽の光が差し込んで、先程と比べて遥かに明るい。
「高いな」
「ほら、あそこ。ペラン王国の『世界樹』だわ」
アクセルが周囲を見回しながら言うと、エマがガラス壁に手をつきながら言った。
彼女が指差す先、そこにはこの場所から一番近いペラン王国の『世界樹』があった。確かに幹の低い部分まで見ることが出来る。
シェドザールがペラン王国の『世界樹』から右方向、ほぼ背を向ける方向に指を向けながら言う。
「この塔はこの地域でも特に高い位置にある。ボナール山よりは低いものの、あの山はこの城からだいぶ南に位置している……故に」
その指の指す方向にはこの世界最高峰、ボナール山があった。たしかにあの山の頂上よりは、この場所は低い。
だがラクール王国、ペラン王国、モリエール教主国の三国とも、ボナール山よりは北に位置しているため、ボナール山に遮られる可能性は考えなくて良いわけだ。つまり。
この位置から、三本の『世界樹』が確かに視認できていた。
「本当だ……『世界樹』が、三本とも見える」
「こんなにしっかりと、『世界樹』を一度に確認できる場所があるなんて……」
エイレルトとラグランジュも、揃って窓ガラスに手をつきながら声を上げる。
なるほど、こんなに三本の『世界樹』をしっかりと見ることの出来る場所が城内に、しかも『魔王』しか入れない場所にあるのなら、シェドザールが「一人でやる」と言い出すのも、納得はできるというものだ。
「そりゃ、あんたがああ言うのも無理ないわね……この場所があるなら、どうにか出来るんだもの」
エマが呆れたようにため息混じりで言うのを、シェドザールがゆっくり頷きつつ言葉を返す。
「そういうことだ。吾輩は視認さえ出来ればそこに炎を灯すことが出来る。世界樹を焼き尽くすのには時間がかかるだろうが、たとえアシアめに炎を消されても、再び灯せばいい」
彼の言葉にアクセルも、ジャンヌも表情を固くして頷いた。
シェドザールの『赫焔』は視界に映るあらゆるものを、選んで燃やし尽くす彼の奥義だ。視界に映りさえすればそれが何であろうと燃やし、塵すら残らないほどに焼き尽くすことが出来る。
当然『世界樹』という世界の根幹をなす物体を瞬時に焼き尽くすことは叶わないだろうが、それでも三本まとめて燃やすには、これが最適だ。
「ふ、どこに吾輩がいるのかが分かったとて、この場所には吾輩しか入れぬからな。充分に勝ちの目はあったのだ……今更ではあるがな」
ニヤリ、と微笑むシェドザール。その表情に複雑そうに苦笑するアクセルだが、付き合うと決めた以上彼一人に任せておくつもりは当然無い。
そしてその事は、シェドザールもよく理解していた。アクセルとエマに手を伸ばしながら、問う。
「だが、今はもっと早くに事を為せる……そうだな? 『勇者』、『魔剣士』」
「ああ、そうだ」
「あたしたちにかかれば、なんてことないわ。そうでしょ?」
二人が揃って拳を握り、互いにそれをぶつけ合う。
そう、ただ燃やすだけなら時間はかかろうが、斬って燃やせば更に早い。より効率よく『世界樹』を倒せるわけだ。
そしてその手段は二人の手の中にある。ラグランジュがアクセルとエマを見上げながら眉を持ち上げた。
「アクセル様は、視界に映った範囲ならば距離に関わらず切断できる『雲海斬り』のスキルをお持ちでいらっしゃる。そしてエマ様が今お持ちになっている魔剣は、斬ったものをすべからく断ち切る『山割りの大剣』」
「つまりこの二つが合わされば……如何に遠くにある『世界樹』だろうと、斬れる!」
エイレルトもその拳をしっかと握って発言した。
アクセルの剣閃は視界に映る限り届く。エマの魔剣は何であろうと全てを断つ。
この二つが合わされば、如何に遠くにある『世界樹』であろうと、斬れない道理はない。
「そういうことだ」
「そうね、あたしの剣をアクセルがちゃんと扱えるかは、まぁ、別の問題だけど」
シェドザールとエマが揃って頷きつつ、エマが『山割りの大剣』の柄に手をかける。
『魔剣士』エマ・デュボワは魔剣の扱いに秀でた剣士である。魔剣は使い手を選ぶとも言われるゆえ、並の剣士が握ってもその効果を十全に発揮するかは分からない。
だからアクセルが剣の効果をしっかり発揮できるか――それを懸念したのだが、しかしアクセルは今更ひるまない。
「心配するな、俺にだって魔剣を扱う心得はある」
「そうね、任せたわよ」
差し出された『山割りの大剣』の柄を、アクセルがしっかと握る。心得はある、と言った彼の言葉に偽りはなく、エマが握る時ほどではないが剣の出力にさしたる問題はなさそうだ。
『勇者』側の準備が整ったところで、シェドザールがラグランジュに視線を向ける。
「よし。ラグランジュ、棺には全員入ったか」
「はい、確認いたしました! 各国の墓地や城にも飛ばしていますが、主要な方々は収容を完了しています」
手元の携帯端末で各地の飛眼の状況を確認するラグランジュが笑顔を見せる。どうやら各地の国の王たちや宰相たち、魔王城の魔物たちも準備完了したようだ。
と、そこでラグランジュがふと悲しそうな目で携帯端末を見る。
「ただ、それでも……何名かは棺に入らず、『世界樹』へ攻撃をしているようです。人間も、魔物も……」
彼が何匹かの飛眼の見る映像を携帯端末に映すと、そこには三本の『世界樹』に向かって攻撃をしている人間の兵士や魔物の姿があった。
もはや種族の差もいがみ合ってきた過去も関係なく、隣り合って『世界樹』に武器を向け、それを害そうと動いている。事が済んだら『世界』と共に潰されることも厭わずに、だ。
その行動に、シェドザールがそっと目を伏せる。
「そうか……仕方があるまい、彼らも己が心に殉じるつもりなのだろう」
「致し方ありません、彼らにはきっと、生き残ることより大事なことがある」
エイレルトも携帯端末の映像を見て、少し悲しそうな表情をした。見れば、彼の同僚である『玉座の間』衛兵の虎獣人がペラン王国の『世界樹』に攻撃を仕掛ける魔物を統率している。
共に仕事をしてきた同僚との今生の別れだ。エイレルト自身複雑な心境だろうが、それもあの衛兵の選択だ。止められはしない。
ともあれ、すべての準備は整った。シェドザールが顔を上げ、魔剣を構えて呼吸を整えていたアクセルに目を向ける。
「『勇者』、準備は良いか」
「ああ、いつでもいける」
アクセルも準備は万端だ。気力は万全、魔剣との波長も合わさった。
あとは、斬るだけだ。
「よし。始めるぞ!」




