25. End:06
どよめきが起こる中、真っ先に動き出したのはエイレルトだった。入口で立ちすくんだのも一瞬のこと、すぐにシェドザールに駆け寄ってその身体にすがる。
「ま、魔王様、何を」
「一人で、って、それでは貴方は」
同時にシャルルが困惑の声を上げる。
それもそうだろう、ここまで来て「一人でやる」など、どう考えても死ぬつもりとしか思えない。アルベルティーヌもそれを察していたようで、不敵な笑みを浮かべつつシェドザールに声を掛ける。
「なんともはや。自らが犠牲を一手に引き受ける覚悟を決めるとは、存外に良い男よの、『魔王』」
「持ち上げたとて火しか出せぬぞ、吾輩は」
女王の言葉にふ、と口から小さな火を吐くシェドザールだ。お世辞にしても、こうした物言いは充分にその価値を認めていることの証左だろう。
だがそうだからこそ、魔物側の狼狽は凄まじかった。エイレルトがよろめきながら離れた瞬間、今度はアンデオルがシェドザールのマントの裾を握る。
「お、お、お待ち下さい。ここまで来てご自身だけ助かる気がないと!?」
よほど困惑しているのだろう、アンデオルの発する言葉は明確にどもっていた。
そのアンデオルの小さな頭に手を置き、シェドザールはうっすらと目を細めた。
「言ったであろうが。世界が救われようと壊れようと、どの道吾輩は死ぬのだ。ならばアシアめに一矢報いて、貴様らを送り届けてから死ぬのも悪くない」
その言葉には間違いなく決心があり、信念があった。
これは何を言ってもその決意は変わらない、と魔物たちの誰もが感じ取っていた。どうせ死ぬのならと自分ひとりの生命を散らし、その命を以て他の者全員を世界の外に送り出そうとしている。
アンデオルの手から力が抜け、マントからずるりと手を下ろす。ラグランジュもその瞳の端に涙を浮かべていた。
「そんな……」
「魔王様……」
力なく声を漏らす二人。他の魔物たちもがっくりと肩を落としている。
だが。
「はぁーっ……」
一つ、深く深く、それはもう全身全霊で落胆と呆れの感情を隠しもしないでため息を付いている人物がいた。エマだ。
彼女だけではない、アクセルもジャンヌも、「やれやれ」と言いたい様子で首を振り、苦笑している。エマは「何を言っているのか」と言わんばかりに額に手を置き、手を振りながら呆れた様子で言い始めた。
「もうさ、ほんっと、ほんっとさ、ダメよねあんた。なーんにも分かってない」
「『魔剣士』?」
あけっぴろげにあけすけに、何の遠慮もなく言ってのけるエマに、顔を上げながらシェドザールが目を見開いた。次いでジャンヌも苦笑しながら顎に手を添える。
「全くですわ、シェドザール様、全くもってなっておりません。ここまで共同戦線を敷いてきて、ここで私たちが貴方を見捨てて、生き延びる道を選ぶとでも?」
「『聖女』……」
『カプレの聖女』の聖女らしからぬ厳しい物言いに、シャルルも飛眼の向こうで苦笑を禁じ得ない。
最後に締めにかかったのはアクセルだった。そっと歩み寄り、シェドザールに手を差し出す。
「最後までとことん付き合うよ、俺たちも。お前が皆を救うって言うなら、俺たちだって一緒にやってやる。それでこそ協力関係ってもんだろ?」
「『勇者』……」
その言葉に、さすがにシェドザール自身も折れるしかなかったのだろう。
自分一人でやるつもりだった行動に、三人はついてこようとしている。どころか自分の力になろうとしている。
『勇者』と『魔王』という隔たりは、もはや完全に意味をなさないものになっていた。ジャンも、アルベルティーヌも、二人とも三人の発言を咎めようとしない。
と、そこでアクセルの肩にエマが力強く手を回した。
「あんたもあんたよ、アクセル。きっぱり仲間って言えばいいのに」
「ばーか。ここには父上どころか、教主様やペランの女王陛下もいるんだぞ。そんなメンツの前で大っぴらに、『勇者』が『魔王』を仲間だって言ったらまずいだろ」
「今更すぎる気もいたしますわよ、それは」
言葉を返すアクセルに、ジャンヌがため息を吐きながらツッコミを入れた。
その三人の言葉に奮起したのはシェドザールだけではなかった。エイレルトが姿勢を正し、胸に拳を当てながら敬礼しつつ口を開く。
「全くもって御三方の言う通り。主君を見捨てるなど兵士の名折れ。最期の時までお供させていただきますとも」
「私も! 最後までお供させていただきます! 監視者として、世界を最後まで監視することこそ、私の責務ですから!」
「エイレルト、ラグランジュ……くっ、先に言われてしもうては仕方がない」
ラグランジュも目の涙を拭いながら宣言した。先んじて声を上げた二人に、アクセル、エマ、ジャンヌも笑みをこぼしている。
実際、彼ら三人としてもエイレルトやラグランジュが着いてきてくれるのは有り難いと思っていただろう。今日一日とはいえ、しっかり力を貸してくれた存在だからだ。
エイレルトとラグランジュの言葉が響いたのだろう、魔物たちが徐々に気力を取り戻していた。あちこちから声が上がる中、アンデオルも手を挙げる。
「わ、私も」
「アンデオル、さすがに貴様は棺に入ってもらう」
「だよな。俺たちがダメになったとして、あんたはその先を担える一人だろ」
シェドザールの制止の言葉に、アクセルも同調しながら頷いた。
事実そうだ。アクセルたちとシェドザールが『世界』とともに倒れたとしたら、誰がアシアと相対するというのか。相対したとて、誰が残るというのか。
そう言われては仕方がない、と言わんばかりにアンデオルが目元を拭う。そしてアクセルとシェドザールに、深々と頭を下げた。
「うぅっ……仰ることこそご尤も。では、私は御暇させていただきます。皆様、どうぞ、どうか、ご武運を……」
「うむ」
極まった様子でアンデオルが言葉を紡ぐが、同時に涙が一粒、石床にぽたりと落ちた。背を向けて地下墳墓に向かっていくアンデオルを見送るアクセルたちの耳に、王たちの声も聞こえてくる。
「我々も、そろそろ入るとしよう。先程から側近どもに急かされているゆえにな」
「そうですね。世界教の教主としては、最後までお付き合いしたいところですが……我々は、恐らくは邪魔でしょう」
「であろうな。確実に生き延びてから、神の驚く顔を見てやるのも悪くない」
ジャンが促すと、シャルルやアルベルティーヌも頷きながら同意した。
彼らとしても時間がないのだ。早くに動き出さないと、いつ城が崩れだすかわからない。それぞれの王たちが彼らのそばにいる飛眼の目を閉じさせる中、ジャンが一人残り、アクセルとシェドザールに視線を向ける。
「『勇者』、『魔王』。あとは任せたぞ。必ず、生きて再び顔を見せておくれ」
「もちろんです、父上」
「うむ」
力強い言葉に、アクセルとシェドザールが二人して頷いた。
そこからジャンと繋がる飛眼の目が閉じられ、通信が終わる。他の魔物たちもどんどん地下墳墓や城内に存在する箱や家具の中に潜みに向かう中、地下牢に残されたのはわずか六人。
つまり、アクセル、エマ、ジャンヌ、シェドザール、エイレルト、ラグランジュの六人だ。
「よし……やるか」
「ああ。まずは城の屋上に向かうぞ」
六人は顔を見合わせて頷き、そして動き出した。
ここから『世界』を壊すための、奮闘が始まろうとしている。しかし六人ともが、生き延びるんだという決意を胸にしていた。




