24. End:05
飛眼の向こうで各国の王も動き出す中、シェドザールもすぐさま指示を飛ばし始めた。アクセルたちの持ってきた棺を指さしながら声を飛ばす。
「よし、そうと決まれば早速動くぞ。諸君、急いで魔王墳墓に向かうのだ。『勇者』の持ってきた棺も墳墓に戻して使え、さすがにこの場所にあるのはよくない。エイレルト、先導を」
「かしこまりました!」
視線の先にいたのはエイレルトだった。びしりと背筋を正し、先程に自分が持ってきた棺に手をかける。もう一人、虎獣人の『玉座の間』門番の兵士とともに棺を抱えて去っていく中、アクセルがおもむろに問いを投げた。
「『魔王』」
「なんだ」
その言葉に端的に、返事をするシェドザール。その表情に一瞬だけ目を伏せるアクセルだが、すぐに顔を上げて問いの続きを口にした。
「『世界』を抜け出す方法はいいとして、どうやって『世界』から抜け出すんだ? アシア様が『世界』を潰した時に、一緒に潰されたら意味がないだろ」
アクセルの質問にエマもジャンヌも表情を固くする。確かに彼の言う通り、どの道『世界』は潰され、無に帰すだろう。その時に自分たちも一緒に潰されて、どうして先に進めようか。
「そうであるな」
シェドザールもそこに関して考えはあったらしい。ふ、と嘆息するが、すぐさまに不敵な笑みをアクセルに向けた。
「だが、案じるな。吾輩には一つ、それについて心当たりのある場所がある」
「ん?」
発せられた答えに、アクセルが小さく口角を下げる。
場所。彼は今、そう言ったか。
と、アクセルの言外の疑問に答えるより先に、シェドザールはかたわらのラグランジュに顔を向けた。
「ラグランジュ!」
「はい!」
ラグランジュ自身もその意図をすぐさまに汲んだらしい。手にした石板を操作すると、手にしていた一匹の飛眼に手を添える。
そうしてから、彼はその飛眼をシェドザールに差し出した。
「設定完了しました、こちらをどうぞ!」
そう言われ、シェドザールがくい、と顎をしゃくる。ラグランジュの手にある飛眼を見ろ、と言いたいのだろう。
言われるがままにその大きな瞳を覗き込む三人。そこに映し出されていたそれは、あまりにも身近で、あまりにも見慣れたあるものだった。
「え? これって……」
「世界樹、ですか?」
エマとジャンヌが、声を上げつつ目を見張る。
ラグランジュが手にしていた飛眼に映し出されていたのは、この世界の礎とも言われる大樹――世界樹だ。シェドザールも腕を組みつつ口を開く。
「そうだ。今映しているのはここの近郊であるペラン王国の世界樹である。ここの他にあと二本、全部で三本が存在するわけだが……」
話しながら、ふと言葉を区切るシェドザールだ。
彼の言葉通り、世界樹はペラン王国、ラクール王国、モリエール教主国の領土内にそれぞれ一本ずつ、計三本が生えている。世界樹の周辺には魔力があふれ、生き物の活力が増すことで知られているため、国の礎でもあり世界を支える礎とも言われているものだ。
モリエール教主国の世界樹など、世界教の中央教会の中庭に生えている。故に『勇者』たち三人にとってもあまりに身近で、今更これが何なのだ、という疑問を三人ともが浮かべていた。
だがシェドザールはその世界樹の映像を、そっと爪先で指し示す。
「よく見ろ、この世界樹、随分高くまで伸びていると思わぬか?」
「あ……!」
「確かに……!」
言われて、初めて気が付いたと言わんばかりにアクセルとエマが声を上げ、手を打った。
地上からでも見上げてなおその天頂が目視できないくらいに巨大な樹である。そこまではいいが、しかし今ラグランジュの操る飛眼は空中にいるのだ。
なんならその身体はゆっくり上昇しているというのに、樹の幹には一向に終わりが見えない。どころか葉も枝も、ますます生い茂っている。
こんなことはどう考えてもおかしい。普通の樹ならまずあり得ない生え方だ。
「先程、吾輩はこの世界を『箱』と評した。その箱の中に生えた、天を衝くほどの巨大な樹……吾輩はこれらは、世界を支える柱と考える」
シェドザールが組んだ腕を解き、ゆるやかに広げながら説明するその内容に、三人が、いやラグランジュも含めた四人がそろって頷いた。あまりにも、理に適っている。
「そうか……世界樹は世界を支える柱だという話は、私もアクセルの幼い頃におとぎ話として聞かせたことがある」
「ええ、私も。世界の成り立ちにも関わるお話ですので、説教の中でもよくお話いたします」
ジャンとシャルルが揃って声を上げ、シェドザールの意見に賛同を示す。そもそもがこれだけ巨大で、世界に三本しか生えていない樹。寝物語や説法の題材に上がるのも自然だ。
だからこそ。先ほどのシェドザールやジャンヌの話にも、説得力が生まれてくる。
「であろう。これは、吾輩は真実ではないかと考えている。この世界を支える世界樹……これがあるからこそ、いずれ潰れる時は来ようとも、今もまだアシアの手によって潰されることを防いでいる、と考える」
シェドザールの言葉に、各国の首脳もうなずいた。確かに未だ、世界は揺れ、震えながらも崩れてはいない。空の割れこそ未だあるが、まだ崩壊に至ってはいなかった。
『箱』を外から押し潰そうとして、その中の『柱』が健在ならば潰すのは容易ではない。世界樹のおかげで、アクセルたちの無事が確保されている、ともいえるだろう。
ここで納得した様子で手にした扇を広げつつ、アルベルティーヌが口を開く。
「さすれば、『魔王』。この世界樹を破壊する事ができれば世界を支える柱は壊れ、すぐさまにこの世界は崩壊する。そう考えてよいのかえ?」
彼女の言葉にジャンとシャルルも神妙な面持ちになった。
この発言はいわば、自分たちの命綱を自分たちで断つことに他ならない。だが、いずれ限界を迎えて世界が崩れるのが確定しているなら、それを多少早めたとして何の問題があろうか。
シェドザールも少しだけ苦々しい表情をしたが、額を抑えつつアルベルティーヌに視線を向ける。
「吾輩はそう考える……だが、それだけではないのではないか?」
シェドザールの問題提起に目を見開き、首をかしげる六人だ。
世界を支える『柱』であること、それを破壊すれば世界は崩壊するということ。それ以外に、何があるというのか。
「それだけでは、ない?」
「ど、どういうことですか?」
アクセルもジャンヌも、なんならエマも、シェドザールの言葉の意図を掴めずにいた。疑問を呈する三人に答えを返さずにシェドザールは、ラグランジュに言葉を飛ばす。
「ラグランジュ、フライアイズを世界樹の天頂に向かわせろ」
「は、はい。行けるか分かりませんが、お待ち下さい……!」
唐突になかなかの無茶を振られ、困惑しながらもラグランジュが飛眼の移動速度を上げる。ぐんぐん空へと向かっていく視界、しかし世界樹の天頂は未だ見えない。
そのまま飛ばせ続けて三分ほどののち。ゴツン、と硬い音を立てて飛眼の上昇が停止した。どうやら『空』にぶつかったらしい。
そして、そこには。
「これは……世界樹が……」
「空に食い込んでいる!?」
「こんな……世界樹がこんな風になっているなんて……」
アクセル、エマ、ジャンヌの三人が揃って絶望すら感じさせる表情で目を見開き、口を大きく開いていた。
彼ら三人が目にしたのは、『空』というテクスチャを巻き込むようにして突き刺さる、世界樹の姿だった。まるで硬い円錐形が板を貫いているかのように、見るからに深々と突き刺さっている。
こんなのはどう見たっておかしい。そもそも『空』がこんな、板であるかのように実体を持っていること自体がおかしいのに、それを貫くように生える樹など。
「どう見てもおかしいだろう。どんな樹であろうと空に食い込んで生えるなどあり得ない」
シェドザールもさすがにこの状況には苦々しい顔を隠しもしない。驚きはなく、しかし不条理さは感じているといった顔つきだ。
おそらく、過去にラグランジュはその飛眼で目にしたことがあるのだろう、彼だけが驚きを見せず、神妙な面持ちで四人を見ていた。
だが、それだけではない。シェドザールが指を、おもむろに地下牢の床から天井へと、一直線に動かしつつ言う。
「しかし、だ。地面と天井の間に通すようにこれを配置しているなら、どうだ?」
その問いかけに、三人と三人が息をのむ。
地面から、天井に、その間に通すように世界樹を配置する。
つまり、この世界樹が地面の上に根を張って設置されているのではなく。
地面と空という天井の間を貫くように通されているのだとしたら。
「じゃあ、もしかして……」
「世界樹がなくなったら、そこには……」
「穴が?」
ジャン、シャルル、アルベルティーヌが恐る恐る、しかしどこか確信めいた様子で言葉を口にすると、シェドザールは重々しく、確かにうなずいた。
「恐らく」
その言葉に、その場の全員がもう一度表情を明るくする。
『世界』を支える『柱』を壊し、それが失われたところに、『穴』が開くのだとしたら、そこから零れ出すように『世界』の外へ脱することはできる。
そうでなくても『世界』が押し潰されて壊れる際に、その『穴』があれば棺やら箱やらの中に籠っていたとしても脱出はできるだろう。入ったままで脱出できるなら最高だ。
つまり、世界が壊れたその先に、命をつなぐことができる。
「よ、よし! 今すぐ国内の兵士を集めて世界樹への攻撃を――」
「いや、それには及ばぬ」
早速動き出さんとジャンが声を上げるが、それを制止したのはまさかのシェドザール自身であった。
そして彼は、その場の誰もが信じられないことを口にした。
「吾輩が一人で行う。各国の首脳の面々も、棺に入る準備を進めよ」
「――えっ?」
ちょうどこのタイミングで報告のために戻ってきたらしいエイレルトが、真っ先に声を上げる。だがそれに被さるように、アクセルも、エマも声を上げていた。
『世界』の崩壊が刻一刻と迫る中、数瞬、彼らの周囲の時間だけが止まっていた。




