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23. End:04

 『勇者』が先導して地下牢を出ていってから数分後。

 アクセル含め四名が再び地下牢に戻ってきた時、シェドザールとラグランジュ以外のその場の全員、どころか飛眼(フライアイズ)越しに状況を見ているジャンもシャルルも、全員が全員目を見開き、絶句した。


「持ってきた! 『魔王』、つまりこういうことなんだろ!?」

「え――」

「は――!?」


 もう一度言うが、二名を除く全員である。

 アクセルが声を上げつつ見せたそれ(・・)を目の当たりにしたアンデオルの口などあんぐり開かれて、顎が石製の床にくっつきそうになっている。ジャンも自身の息子の為した『行動』に顔面蒼白になっていた。


「な、な、な」

「何をしているのです、『勇者』!! いくらあなたと言えど、やって良いことと悪いことが!!」


 シャルルがさすがに看過し得ないという風に、アクセルに怒号を飛ばす。

 だが彼らの怒りも困惑も、全く尤もなのだ。アクセルがエマ、ジャンヌ、エイレルトと一緒になってこの場に持ってきたのは、魔王城の地下墳墓に安置されている『()』であったから。

 地下牢の魔物たちが一斉に怒りを顕にする。拳を振り上げる魔物があちこちに。事情をある程度知っているラグランジュでさえも困惑を隠していない。

 そこでシェドザールが真っ先に、魔物たちをなだめにかかった。


「落ち着け、諸兄。魔物たちも静まるように」

「『魔王』様、ですが……!!」

「かつての『魔王』様の墓所を暴くなど、いくらなんでも――」


 しかしそれでも不満と怒りの声は収まらない。許せない、許されないの大合唱だ。

 当然だろう、自分たちのかつての王が眠る墓所を暴き、棺を持ち出し、こんな場に持ち込んできたのだから。

 だがシェドザールはひるまない。アクセルたちに目配せして棺を床に置かせると、おもむろにその蓋に手をかけた。


「落ち着けと言うておる。よく見ろ」


 蓋を持ち上げ、そっと床に転がす。ガラン、と乾いた音が広がるや、一斉に地下牢にどよめきが広がった。


「えっ……!?」

「か……空、ですと!?」


 そう、アンデオルの驚愕に満ちた言葉のとおり。持ってこられた棺の中は、空なのだ。

 先ほどにアクセルたちが墓所で確認したとおり。この棺の中には何も、一つの骨も、宝石も、金貨さえも入っていない。アクセルが驚愕に目を見開く魔物たちを見渡しながら、静かに告げた。


「見ての通りだ、みんな。魔王城の裏庭に置かれている歴代『魔王』の墳墓、そこに安置されている棺は、全部……例外なく空なんだ」

「そう。何故か? それはアシアめがこの『世界』を用意した時の舞台装置であり、中身が存在することは重要ではなかったからだ」


 シェドザールが『勇者』の言葉の後を継ぐ。次いで話された何故、に至るや、魔物たちのどよめきは一層大きくなった。

 飛眼(フライアイズ)の向こうでジャンやシャルルも驚きに目を見開き口をぽかんと開けている。そんな彼らを見やりながら、シェドザールの口角がにやりと持ち上げられた。


「改めて問おう。箱を用意する時、その中に収めたこの棺は空であった。箱を壊し、その際に棺が転がり出たとして、その中身を確認(・・・・・・・)しようと思うかね?(・・・・・・・・・)


 そう、問いかけた瞬間。ジャンとシャルルが同時に息を呑んだ。

 二人して、理解に至ったらしく手を打ち、膝を打っている。


「そうか……なるほど!」

「主は世界をお創りになられた。その際に用意した『部品』でしかないそれを、わざわざ確認することは、ない……!」


 そう、アシアは世界を創る際に箱の中に何も入れずにいた。空の箱に中身が後から追加されているなど、その可能性を考慮する必要がなければ当然、考慮しないだろう。

 ポイントはそこだ。アシアの「この棺の中身は空であるはずだ」という『思い込み』を利用して、シェドザールは世界を脱しようと言うのだ。にやりと笑みを深べながら、彼の言葉は続く。


「そうだ。加えてアシアめは存外に手間を惜しむ。使えるものは次もまた使うし、なるべく手間をかけずに世界を創ろうとする。でなければ、先代『魔王』が城の寝室に隠し文書を記したままの世界地図を、そのまま流用して配置するはずがない」


 その発言に今度は魔物たちがどよめいた。まさか魔王の私室にそんな秘密が隠されているとは、思いもしなかったのだろう。

 ジャンもシャルルも、思い当たる節があったらしい。口元に手をやりながら、記憶をたぐりつつ口を開く。


「なるほど……そういえば、確かに我が城の垂れ幕にも、先王レオナールの残した落書きがあったと聞いた」

「思い出しました、教会内の香木入れにも……数代前の教主の筆跡で書かれた書き置きが……」


 二人ともが、『過去』の痕跡を目にしていたことがあったらしい。その事実にアクセルは驚きながらも納得していた。

 確かに彼自身、垂れ幕の『落書き』を目にして父王ジャンに伝えたことがあったのだ。自分が書いた記憶もない落書きが垂れ幕にあり、それを父に報告しても首をひねるばかりであったことを。

 と、そこに一匹の飛眼(フライアイズ)が飛んでくる。ラグランジュの手から離れたそれが、ぱちりとまばたきをすると、映し出されるのは豪奢な衣装に身を包んだ妙齢の女性だ。


「わらわの城にも確かにあったのう、先代……いや、その子が残したと思われる書き物が」


 高いながらも威厳のある声色で話に加わる女性。彼女こそがもう一人の王族、ペラン王国の女王、アルベルティーヌ・ド・ペランその人であった。


「アルベルティーヌ女王陛下」

「届きましたか、幸いです」


 アクセルとエマが頭を下げるとともに、ジャンとシャルルも安堵の息を吐いた。両名は両名でそれぞれ連絡を取り合っていたとはいえ、こうして直接に会話に加わってもらえると安堵が勝る。

 アルベルティーヌもすぐさまに、シェドザールに視線を送りつつ笑みを向けた。


「既に両名より話は聞かせてもらっている。このまま一切合切が無に帰すなど、いくら神の所業とはいえ捨て置けぬ。わらわももちろん力を尽くそうぞ」

「感謝する」


 女王の言葉にこちらも頭を下げる『魔王』だ。意思統一がこうしてすぐに行われたのはまさに幸運。あとは人々を救うために動き出すだけだ。

 さ、とシェドザールが腕を振る。アクセルたちに視線を送りながら、彼は率先して指示を飛ばし始めた。


「ついては。それぞれの城内、街の中に存在するであろう棺、木箱、家具……そういったものをかき集めるのだ。そしてその中に、民草を隠して息を潜めてその時を待つ……生き残れるかは賭けでしかないが、一番勝ちの目があると吾輩は見る」


 シェドザールの発言と提案に、異を唱えようという者は一人もいなかった。人間も、魔物も。

 すぐさまに大型の家具はどこだ、箱はあるか、と口々に話し始めた魔王城の兵士たち。その裏で各国の王たちも頷き、動き出す。


「承知した。乗ろう。ありったけの棺をかき集めてまいる」

「ええ、必要でしたら各地の教会にご連絡ください。用意があったはずです」

「生き汚くあがいてやろうではないか、なあ?」


 ニヤリと笑い、放言するジャン、シャルル、アルベルティーヌに、シェドザールも笑って返す。

 慌ただしく動き始める城内の魔物たちが、城のあちこちに散っていく中で。


「……」


 ただ、『勇者』たち三人とラグランジュだけが、静かにシェドザールの背中に見える、煤けた『空気』のようなものを感じ取り、見つめているのだった。

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