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ラグランジュが飛眼を飛ばし始めて3分ほどした頃に。ラグランジュの手元で目を閉じていた二匹の飛眼が目を見開いた。
それぞれの瞳に映るのは、ラクール王国国王、ジャン・ド・ラクールと、モリエール教主国および世界教の教主、シャルル三世であった。
「アクセルよ、聞こえるか。私だ」
「父上、聞こえている。まだ生きていてよかった」
自分の父親であるジャンが無事であることに安堵の息を吐くアクセル。他方では自分の上司でもあるシャルルが嘆息しているのを、ジャンヌが手を合わせながら聞いていた。
「厄介なことになりましたね。しかし貴女の行動を、私は許しましょう、ジャンヌ」
「お心遣いに感謝いたします、教主様」
二人とも、それぞれの国のトップ。当然居場所の守りは堅い。微かに城の鳴動する音が聞こえてくるが、そう簡単に崩れるわけではなさそうだ。
ざ、と一歩、シェドザールがラグランジュに歩み寄る。『魔王』と視線を交わし合いながら、表情を固くする二名だ。
「『魔王』シェドザール、状況を把握した。こうなってしまっては、最早『勇者』と『魔王』の宿命、人間と魔物の対立には、何の意味もないだろう」
「世界教の総本山をまとめる教主としても、此度の主のご意向をすんなり受け入れよう、とはなりません。滅びてしまえば、信仰も何もございませんのでね」
二人の言葉に、内心でアクセルとエマは安堵した。
ジャンの精神性は息子であるアクセルはよく知っている。頑固で気難しい、よくある父親像を間近でよく見ていた。
宗教家であるシャルルはともかく、ジャンはここで『宿命』に固執しないとも限らない。だからこそシェドザール自身、深く二人に頭を下げるのだ。
「感謝する、ご両名」
人間界と魔物のトップ同士の和解、そして意思統一。これほどまでに重要なことはない。そこからの展開は実に早かった。
「人間側の混乱の対応は、私とラクール王が中心となって引き受けます。全ての民草を救うことは敵わないでしょうが、全滅するよりは救いがありましょう」
「既にペラン王国のアルベルティーヌ女王陛下にも遣いを出している。可能であれば、ペラン王国の王城にも飛眼を飛ばしてもらえると有り難い。私、教主殿、女王陛下同士は、王城の魔法鏡で連絡を取り合う」
「かしこまりました! 既に手配していますが、急がせます!」
シャルルとジャンの発言に、ラグランジュがすぐさま居住まいを正す。ペラン王国の女王、アルベルティーヌ・ド・ペランにも連絡を取れれば、人間側との連携はより取りやすい。
各国の人々への対応はそれぞれの国に任せられる。ここで相談した内容の共有もできる。体制は整った。というところでエマが首を傾げる。
「で、協力体制は整ったわけだけど。結局、どうするの? ……っていうか、最終的に何をやるの?」
そう、問題は「何をするか」なのだ。
『世界』は崩壊の一途を辿っている。このまま手をこまねいているわけには行かないが、さりとてむやみに行動したところで解決はしない。
シェドザールも眉間にシワを寄せ、腕を組みながら息を吐いた。
「問題はそこだ。アシアめは『世界』をまるごと、外側から潰して無に帰そうとしている。天井がただ落ちてきているだけではない、『世界』という箱そのものを、破壊しにかかっている」
その言葉にその場の誰もが目を伏せた。
今でこそ当初ほどではないが、地面は、床は未だに揺れて軋んでいる。今もアシアは世界の『外』から、圧力をかけ続けていることだろう。いつどこで限界が生じるか分からない。
そのうえで、シェドザールはジャンとシャルルに視線を向けながら、人差し指を立てて言った。
「その崩壊から逃れ、生き延びる術はただ一つ――『世界』という箱からの脱出だ」
「……うん?」
その答えに、まず目を見開いたのはジャンだった。シャルルも一瞬、驚きに目を見開く。
途端に地下牢の魔物たちがざわめき始めた。あちらこちらから疑問の声が上がっている。
「この『世界』が箱だとして……そこからの脱出、って、どうやって」
「『世界』から外に出た瞬間、アシアめに見つかってそこで終わりじゃないのでしょうか?」
疑問を呈したのはアンデオルだった。彼の隣でエイレルトも首を傾げている。
彼らに限った話ではない、その場の誰もが実感を得られずに首を傾げていた。それもそうだろう、彼らからしたら『世界』が全てなのだ。その外に脱出するだなんて、荒唐無稽どころの話ではない。
だがシェドザールには既に答えがあるようだった。にやりと笑いながら話を続ける。
「『世界』が箱だとするならば、我々魔物や人間は箱の中に入れられた駒だ。その駒が箱を潰した時に溢れ出たら、駒を片付けていくのは自然の流れであろう」
彼の説明に、全員が押し黙り、神妙な面持ちになった。
この世界にも盤面遊戯の類は存在する。駒をしまう箱から駒が外に出ていたら、誰もが駒を箱の中に戻すなり、片付けるなりするだろう。
そこまではいい。問題はそこからだ。
「だが、箱を潰して溢れ出たものが、箱の部品……つまり舞台装置だったら?」
「ぶ……」
「舞台、装置?」
シェドザールがにやりと不敵な笑みを浮かべながら、指を回しつつ話した内容に、誰も彼もが豆鉄砲をくらったように目を見開いた。
舞台装置。それが箱を潰して飛び出してきたら、どうするか。
各々が思案を走らせようかと、思考を動かし始めたその瞬間だ。
「あ……!!」
「えっ!?」
「ちょっと、何よいきなり」
唐突に大声を上げたのはアクセルだった。ラグランジュの尻尾がぶわっと膨らみ、エマが突然に声を上げるアクセルに非難の声を上げる。
だがアクセルはすぐに動き出した。その場の誰彼の反応も見ず、不満の声も聞かず、踵を返して走り出す。
「そうか……あれなら!!」
そのまま走り出すアクセルが向かうのは地下牢の外だ。何があったのか、何を思いついたのか、分からないまま立ち尽くすエマとジャンヌ。シェドザールだけが満足したように目を細めている。
「アクセル様、お待ちになって!」
「ジャンヌ、エマ、エイレルトも手伝ってくれ! 人手がいる!」
地下牢の入口で呼びかけられて、ジャンヌとエマ、エイレルトまでが言われるがままに走り出した。ラグランジュに声をかけなかったのは、彼が飛眼を手にしているからだろう。
何がなんだか分からないままアクセルの後を追って地下牢を飛び出す三人。その背を、人間も魔物も目を白黒させながら見送っていた。
「いち早く気がついたか、さすがは『勇者』よな」
「お、おお……? 何に気がついたのだ、あいつは」
ただ一人、満足げに呟くシェドザール。ジャンはまだ息子が何を思いついたのかに理解が追いついていないようできょとんとしていた。
そのまま四人が戻ってくるまで、事態も議論も動くことはなく。ただ沈黙といたたまれない空気だけが流れていた。




