21. End:02
魔王城の地下牢。
数多ある牢の扉は開け放たれ、いずれの鉄格子の中にも人間は一人もおらず、魔物だけがその中で身を寄せ合う中。
ざわざわとしたどよめきが、先程から絶え間なくあちこちから聞こえていた。
「お、おい……」
「これは……どういう……」
それもそうだろう。この地下牢に城内の全ての魔物が集められただけでも異常なのに、その魔物たちの前に立つ『魔王』――シェドザールの隣には、魔物たちの不倶戴天の敵であるはずの『勇者』――アクセル、エマ、ジャンヌの三人が並び立ち、共に魔物たちに目を向けているのだから。
どういうことだ、という声が収まらない中、しびれを切らしたように『魔王』側近にして最長老、アンデオルが咳払いをしながら前に進み出た。
「えー、オホン。『魔王』様、失礼ながら、状況のご説明をいただけますかな、いろいろと」
「うむ、端的に述べる」
アンデオルの困り果てたような物言いに、こくりと素直に頷くシェドザールだ。
彼としても当然、説明の必要は感じている。そうでなければ『彼ら』は確実に、納得などしてくれないだろう。故に、彼は単刀直入に切り出した。
「間もなく、この世界は滅びの時を迎える。故に、人間と魔物でいがみ合うことは無意味である、と吾輩は断じた」
「……!!」
あまりにも率直な、事実だけを述べるその言葉。魔物たちのどよめきが一層大きくなった。
だが、それで終わりではない。ますますのどよめきを巻き起こす事実を、シェドザールは自分の胸元に手を当てつつ話し出す。
「それもこれも、すべての責任は吾輩にある。吾輩がこの世界の真理を口にすることがなくば、この世界は多少永らえたことだろう」
「な……っ!?」
シェドザールの告白にどよめきが起こると同時に、何割かの魔物は絶句した。
彼らの気持ちも理解できる。自分たちの長が、魔物の王が、この混乱と崩壊を引き起こしている原因だなどと。
アンデオルもたまらず、口をぱくぱくさせながら片手を上げた。
「ま、ま、『魔王』様、それは、あの、どういう」
「アンデオル、口を挟みたい気持ちは察するが、まだ話は終わっておらん」
側近が口を挟んできた様子に、小さく苦笑しつつシェドザールはそれを片手で制する。そう、重要なのはここからなのだ。改めて魔物たちに向き合いながら、『魔王』は説明の続きを口にする。
「吾輩が世界の真理を悟ったことで、世界神アシアはこの世界を終わらせにかかっている。既に空は割れ、世界の骨組みは崩れつつある。だが、滅びの時をただ座して待つわけにはいかん」
そう話すとシェドザールはおもむろに、横に立つアクセルの肩に手を置いた。爪の先が肩鎧に当たり、かちりと小さな音を立てる。
「故に、吾輩は『勇者』と手を組んだ。そもそも、吾輩たちはこの数日、『勇者』が『魔王』討伐に乗り込んできた一日を『繰り返して』きていた。それを脱するべくあがいてきたわけであるが、最早それすら生ぬるい」
「え……」
「えぇっ!?」
世界がこの『一日』を繰り返し、『勇者』と『魔王』が手を組んだという事実を詳らかにしたところで、魔物たちの驚きの声は最高潮に達した。
当然だ、彼らからしたら絶対に手を組むはずのない二人が手を組んだのだ。だがその事実が、今回の事態の重大さを物語っている。
何しろ世界が終わるのだ。それは当然、『勇者』と『魔王』も矛を収めて手を組むだろうし、人間と魔物の諍いが無意味であることに疑いもない。
ごくり、と誰かがつばを飲み込む音がする。その音がスイッチを入れたのだろう、魔物たち全員が黙りこくった。同時に総員、表情が引き締まる。
彼らの気持ちも、決意もシェドザールには伝わったのだろう。『勇者』の肩から離れた手が握りこぶしを作った。そのままに、天井に向けて突き上げられる。
「ついては魔王軍諸君。吾輩と『勇者』はこれより、世界神アシアへの叛逆を開始する。暴虐なる神に首を垂れようという者がいたとて、吾輩は許そう。吾輩たちに付き従う意思のある者のみ、声を上げるがいい!」
その決意の声は、地下牢全体に響き渡った。
世界を司る神への叛逆。何を愚かな、と笑うものはこの場に一人も、一匹もいなかった。全員が全員、拳を突き上げ、声を上げる。
「お……」
「おぉっ!!」
「アシアの思い通りになど、させてなるものか!!」
全員とも、思いは一つ。暴虐なる神に報いを受けさせよう。
一気に鬨の声が上がり、吼え声が上がる中、エマがため息をつきながら笑みをこぼした。
「やるじゃない」
「こんなことが出来るんなら、さっきまでの弱気を出さないでもよかっただろうにな」
アクセルも深くため息をつきながら、魔物たちを満足気に見つめるシェドザールの横顔を見上げていた。
先程までの弱気も諦めもどこへやら。こうして『魔王』らしい姿を見せてくれるのなら、こちらもやる気になるというものだ。
魔物の側はこれで問題ない。問題は人間側だ。ジャンヌが口惜しそうに歯噛みする。
「人間側の手駒が私たち三人だけ、というのももどかしいですわね。せめて、ラクール、モリエール、あとは可能であればペランの施政者の皆様にもお話を通せればというところですが……」
ジャンヌの言葉にアクセルもエマも苦い表情をした。
実際問題、人間の側にも話を通せれば事はもっとやりやすいはずだ。人間だってこんな事態、黙っていられるはずはない。
どうせならこの世界に生きる全ての生命、一体となって取り組みたいではないか。蚊帳の外においてしまうにはあまりにも酷というわけだ。
と、そこで手を挙げる仔犬族がいる。
「あっ、あの、『聖女』様! 失礼します!」
「ラグランジュ様?」
手を挙げ、ジャンヌに進言したのはラグランジュだった。全ての魔物がここに集まっている以上、城の外を見ている飛眼以外はここにいる。そのうちの三匹を手元に呼び寄せながら、彼はにっこり笑った。
「それでしたら、我々のフライアイズをご活用ください! 空は崩れつつありますが、まだ飛べるはず。それぞれの王城まででしたら、すぐに飛ばして連絡を取れます!」
「あっ……!」
「そうか! 既にそれぞれの国にもいるんだ、盲点だった」
飛眼を差し出され、『勇者』たち三人が揃って声を上げた。
なるほど、飛眼ならば小さいからこそ小回りがきく。空の欠片が降る中でも飛べるだろう。既に世界のあちこちに派遣されている上、瞳を介して会話と映像もやり取りできる。あまりにもおあつらえ向きだ。
「感謝いたしますわ! お借りしてもよろしくて?」
「もちろんです!」
ジャンヌも破顔してラグランジュに頭を下げる。当然許諾は早い。
ラグランジュが手元の石板で飛眼に指示を出す。それぞれの国に建つ城や教会の周辺には既に配備済みの飛眼がいるわけで、彼らを派遣すれば話も早い。
今も恐らく、世界の崩壊は進んでいる。ラクールの王城や中央教会の尖塔、ベランの城塞が無事である保証はないが、無事であるなら手札が一気に増えるだろう。
「さあ、見てろよ……!」
人間も魔物も、諦めてはいない。『神』に弓を引く準備は、地面の下で着々と進められていた。




