02. Continue:00-2
「ぐ……」
「うぅっ……」
戦いが始まってから、30分も経過しない頃に。『勇者』一行は既に『魔王』の前で武器を支えに片膝をついていた。
三人が三人とも、もはや体力は限界、気力も尽き果てようとしていた。圧倒的、とまでは行かず、シェドザールの身体もあちこち傷だらけで血を流しているが、アクセルやエマの傷はそれよりもっと多い。
「っ、はぁっ、はぁっ……!」
アクセルも既に、息も絶え絶えと言った様子だ。対してシェドザールは未だ両の脚で立ち、息を乱した様子もない。『勇者』の敗北は、覆せないところまで来ていた。
「どうした。もう限界か?」
勝ち誇りながら言い捨てるシェドザール。その言葉が引き金になったか、アクセルがよろりと立ち上がった。
「っ、ま、まだだ……っ!!」
決死の覚悟で吠えながら剣を構え、シェドザールめがけて突撃する。よしんばその切っ先で、心臓か肝臓あたりに傷をつけられれば。
そう考えての突進だったが、しかし剣はシェドザールの振るった右手に阻まれた。剣は手を離れて呆気なく石床を転がり、アクセルの身体は吹き飛ばされて壁に叩きつけられる。
肋骨が折れる音とともに、アクセルの口からどばっと血が溢れ出した。
「うあ――っ!!」
「アクセル!!」
「あ、あ……っ!!」
エマもジャンヌも既に満身創痍だ。回復の奇跡も薬もとうに使い切り、アクセルの負傷を回復することは難しい。絶望の色を瞳に浮かべるジャンヌの身体を、おもむろにシェドザールが掴み上げた。
「無様だな。限界などとうに超え、体力も魔力も風前の灯火。その消耗具合で吾輩の命を奪おうなど、笑止千万」
勝利を確信しながらシェドザールは手に炎を灯した。ジャンヌを掴んだままの手に、だ。
結果として、ごうと音を立てながらジャンヌの身体が炎に包まれる。周囲の酸素が一気に奪われ、それだけでジャンヌ・ワトーの命は呆気なくチリと消え去る。
「あ――」
「ジャンヌ!!」
アクセルもエマも、仲間が無惨に焼かれていくさまに、悲痛な声を上げるしか無かった。そうでなくとも唯一の回復役、欠けたら敗北が一気にそばに来る。
ここまでの事態になり、破れかぶれになったのだろう。エマががむしゃらに、消し炭になったジャンヌを投げ捨てるシェドザールに突っ込んだ。
「く、くそ、お……っ!!」
「エマ、下がれっ!!」
アクセルが悲痛な声を上げるも、遅い。無造作に突き出されたシェドザールの右手が、鋭い爪が、エマの腹部に襲いかかった。
「蛮勇だな、『魔剣士』エマ」
「うわ……っ!?」
まっすぐ突っ込んでいったエマは避けられない。結果としてシェドザールの爪にぶつかる形になった彼女の腹に、鋭い爪が突き刺さった。
どころか。その手は腹部の皮膚も背骨もやすやすと貫き、貫手のような形になってエマの身体を串刺しにしてしまった。ごぼりと、エマの口から臓物混じりの血が吹き出す。
「あ、っ……」
「エマーーっ!!」
がくりとうなだれ、大剣を取り落とすエマ。『山割りの大剣』の切っ先は石床に吸い込まれるように突き刺さり、そのまま崩れるように消えていった。
もう、勝ち目はない。『勇者』がそう理解するのと同時に、シェドザールは嘲るように言い放った。
「さあ、残るは貴様だけだ、『勇者』」
ざり、と踏み出したシェドザールの足裏が、大剣だったものの残骸を踏み砕く。アクセルの身体は耐え難い痛みに苛まれ、もはや立つことすらままならない。
しかし、それでも彼は『勇者』であるがゆえに。
「まだだ……俺は、俺は!!」
諦めない。諦めてはならない。最期まで。
何故なら。
「お前を倒すまで、死なないって――!!」
そう使命を負ったから。世界神アシアの思し召し。神に選ばれ、命じられたから、だから。
しかしそんな決意も、シェドザールは残酷に折りにかかる。
「誰が決めた。誰が命じた。その使命になんの力がある」
冷酷に、容赦もなく言い放ちながら、シェドザールはアクセルの身体を踏みつけた。体重がかけられ、また一本骨が折れる。
痛みに顔を歪めるアクセルを、シェドザールは静かに見下ろしながら告げた。
「今の貴様に、その使命を遂行する力はない……だが、出直して来させる義理もない」
『勇者』は世界神アシアの加護を得ている。ここで満身創痍になった彼を城の外に放り出せば、どうせ体力は回復して怪我も綺麗に治るだろう。味方二人は死んでいる以上どうにもならないが、またどこかで探してくるに違いない。
ただ、それを許容する理由も必要性も、シェドザールには無かった。
「冥途の土産に、吾輩の炎をくれてやる――塵すら残さん」
「――!!」
アクセルを見下ろすシェドザールの瞳に、これまで以上に真っ赤な炎が灯る。魔王の有する奥義の一つだ。これを受けたら最後、ジャンヌのように消し炭にすらさせてはもらえない。
絶望するアクセルの顔に炎が灯った。
「『赫焔』!!」
顔に灯った炎が、一瞬で全身を覆い尽くし、超高温で彼の肉体を焼き滅ぼしていく。視界に映るあらゆるものを、選んで燃やし尽くす奥義、赫焔。
その選択肢として選ばれたアクセルの肉体を、焼き尽くす炎を消し止めることは、何であろうと出来はしない。
「あ、が、ガ――!!」
悲鳴が消えゆく。1分も経たないうちに炎は消え、アクセル・ド・ラクールの肉体を完全にこの世から燃やし尽くして消し去った。
あとに残った、石床の焦げ跡を眺めながら、『魔王』シェドザールはもう一度ため息を付く。
「……ふん。『勇者』とあろうものが、他愛もない」
他愛もない。本当に。
『魔王』の不倶戴天の敵である『勇者』が、こんなに呆気なく死ぬとは。自分も相応に傷を負ったが、だとしても不甲斐ないものだと。
「……」
ふと天井を見上げる。玉座の間の天窓から月光が差し込んでいた。その光を時折隠す小さな飛行物体、城内を監視する役目を持つ魔物たちだ。
光に目を細めるが、不意に胸に痛みを覚えた。
「くっ」
小さく声を漏らし胸を押さえる。やはり、『勇者』相手に無事でいるなど、都合よく事が進むわけもない。
息を整えていると、後方で扉が開く音がした。
「決着は、ついたとお見受けいたします、陛下」
「ああ……そうだな」
玉座の間に入ってくる長老子鬼は、『魔王』の側近であるアンデオルだ。シェドザールに長年仕える執事でもある彼は、床に転がる死体を見ながらくつくつと笑っている。
「ほっほっ、さしもの『勇者』アクセルといえど、陛下の炎の前では枯れ葉に等しい。今頃、女神の前で泣き崩れていることでしょう」
「……ふん。どうだかな」
アンデオルの言葉にシェドザールは眉間を寄せた。
世界神アシアの使命を負って旅立った勇者。その『勇者』が、アクセルが、一度の敗北ごときで心を折られるようなことがあるだろうか。
『勇者』は、きっとまた立ち上がる。それが誰であれ、『勇者』があり、『魔王』がある限り。
「アンデオル、玉座の間の清掃は任せる。吾輩は、少し休む」
「かしこまりました」
アンデオルに後の始末を任せ、シェドザールは息を吐きながら廊下に出た。見れば、むっとむせ返る血の匂いとともに、何体もの魔物が絶命して転がっている。
やはりというか、『勇者』はこの玉座の間にたどり着くまでにたくさんの魔物を殺してきたのだ。そうせねば到底たどり着けるはずがないのだ。
血の匂いにこみ上げてくるものを感じながら、シェドザールはどうにか自室にたどり着いた。血に汚れた服を脱ぎ捨て、ゴミとして部屋の外に放り投げる。どうせ替えなどいくらでもあるのだ。
「ふう……」
息を吐き、ようやく落ち着いた呼吸を整えながらぼんやりと天井を、そこから繋がる窓を見る。
満月から少し欠けた月が静かに部屋を照らしている。その明かりはほんのりと静かで、優しかった。
「女神の前で……か。そうだといいが、な」
月の明かりに、ふ、と笑みがこぼれる。
女神の前で泣き崩れられるならどんなに良いか。あの若者はもしかしたら、死神か、あるいはもっとひどいものの前でうなだれているかもしれないと言うのに。
と、そこに一匹の小さな魔物が飛んでくる。玉座の間でも飛んでいた、監視用の魔物だ。心配そうに小さく鳴いている。
「キキッ……」
「ああ……なんだ、監視室のか」
その魔物に手を差し伸べるシェドザール。
魔物の目の向こうには、城内の監視役を担っている『監視室』の誰かがいるのだろう。室長のラグランジュは随分、シェドザールに献身的に仕えてくれている。報えたのなら、少しは先程の血の匂いもまぎれるというものだ。
「心配は要らぬ。『勇者』は既に消し炭だ。吾輩は未だ健勝である。貴様たちは普段の仕事に戻れ」
優しく、笑みを見せながら魔物にそう言うと、それはふわっとシェドザールの上を舞ってから窓の外へと飛んでいった。
「……」
それを見送りながら、ぼんやりと考える。
『魔王』は勝利した。『勇者』は死んだ。明日からは一層、魔王軍の人間への攻勢は強まるだろう。
ならばこの世界を魔物の楽園にするという未来も、あるだろうかと。
「くっ、うん……少し、眠るか……」
思考をするも、やはり傷のせいか頭や胸が痛む。眠りにつけばきっと明日には回復するだろう。そう考えながら、シェドザールはそっと目を閉じた。
「……」
目を閉じ、呼吸を整える。そのまま彼の意識は、ゆっくりと眠りに落ちていった。




