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19. Continue:06-5

「ま、『魔王』?」

「どういう――」


 シェドザールの絶望に満ちた言葉に、アクセルとエマが文字通りに絶句した。

 この『今日』を超えたら、『明日』が来ると当然思っていた。そこに疑いを抱いたことはなかった。生まれてこの方そうだったからだ。

 だが、どうだ。目の前の魔王に、妄言を吐いている様子はちっともない。余程の確信がなければこうは言えない。

 目を見開いた三人を前に、シェドザールは立ち上がって踵を返した。


「来るがいい」


 そのまま目の前にそびえる洞穴――墓所の中へと入っていく。

 地下に下っていく暗い坂道を『魔王』を先頭に歩いていく。コツ、コツというシェドザールの足の爪が地面を叩く音だけが、静かな墓所の中に響いていた。


「吾輩は……この世界は連綿と続いているものと思っていた。アシアによって生命は流転し、『勇者』と『魔王』の宿命も、人々や魔物の営みも地続きになっていると」


 歩きながら、低い声色で話し続けるシェドザール。アクセルがごくり、と唾を飲み込んだ。

 何故か、と問うまでもない。ここは歴代の『魔王』が眠る墓所だ。当然、中にはこれまで魔物たちを統べ、『勇者』と相対してきた『魔王』が眠っている。

 つまりこの奥にいるのは間違いなく『勇者』の敵である――のだが。シェドザールが足を止めたその場所(・・・・)を見て、アクセルは、エマはその認識が正しくなかった(・・・・・・・)ことを知る。


「だが、この様(・・・)を見て、吾輩はとてもそうは思えなくなった」

「……!!」


 シェドザールが話しつつ見せつけてきた目の前の『墓所』の様子に、『勇者』たちは言葉を失う。

 数多並べられた豪奢な石製の棺。蓋はどれも開かれている。シェドザールが暴いたのか、ともよぎったが、彼らが絶句したのはそれが原因ではない。


「これは……!?」

「歴代『魔王』の墓、のはずですわ……ですが、ああ、なんてこと……」


 アクセルが立ち尽くしたまま顔の血の気をなくし、ジャンヌが杖を取り落として口を押さえた。

 何故か。棺のいずれもが、まさしく何も入っていない(・・・・・・・・)のだ。


「見ろ。骨の一欠けらはおろか、宝飾品の一つも入っておらぬ。全てが()だ」


 シェドザールが手近な棺を引き出し、蓋を除けながら言う。棺の側面には「ラエネック」の刻印がされていた。五年前に倒されたはずの先代だ。

 その先代の棺さえも空だ。下手をすればまだ身につけていた衣服や遺体を巻く包帯などが残されていてもいいくらいだが、その欠片すら無い。

 これは明らかに異常だ。エマが膝をつき、棺の中を覗き込みながら叫ぶ。


「ウソでしょ……こんな、こんなの……最初から空っぽだった(・・・・・・・・・・)みたいじゃない!?」


 そう、こんなにも『魔王』の痕跡がないなど、最初からなかったとしか思えないほどに何も無いのだ。今日、シェドザールが『勇者』に倒され、彼らか、あるいは生き残った魔物たちによって埋葬されたとしたら、こうなることは無いはずだから。

 魔物の死体が死した後に残らない、というならまだ分かる。しかしそうではないことは『勇者』も『魔王』もよく知っていた。でなければこんな墓所など、棺など、用意する必要は全く無い。

 空っぽである先代ラエネックの棺を苦々しく見つめながら、シェドザールが吐き捨てる。


「そうだ、『魔剣士』。この棺のすべてが、最初から何も入っておらなんだ……入れる必要が無かった(・・・・・・・・・・)ものだったから(・・・・・・・)、であろうな」

「え――」


 その言葉に、またしても絶句するエマ。だがそれ以上にひゅ、とジャンヌが息を呑む音が大きく聞こえた。

 見ればジャンヌの表情はこれまで以上に、驚きと、そして恐怖に満ち満ちていた。世界教の上級シスターとして、信仰の根幹を揺るがされた――アクセルとエマはそう思った(・・・)ことだろう。

 そのジャンヌに、シェドザールが視線を投げつつ言う。


「『聖女』。今朝方の話を覚えていよう。何を以てアシアめに、『魔王』討伐が成されたことを知らしめるか」

「え――え、ええ。もちろんですわ」


 問われ、はっと気を持ち直したジャンヌが頷くと、シェドザールは視線を墓所の天井に向けた。地上、魔王城のある方へと。


「吾輩は、一つの答えを得た。『魔王城の崩壊(・・・・・・)』だ」

「え……!?」


 発せられた答えを聞いて、アクセルが驚きの声を漏らした。

 『魔王城』の崩壊、それこそが世界神アシアへ示される『魔王』討伐の印であり、アシアが念入りに隠し、記さなかった手段。

 なるほど道理だ。これだけ広大で巨大な城が地図上からなくなるとして、如何に遠くから見ているとしても気付かないはずはない。

 シェドザールが人差し指を立てる。その爪先に炎が灯った。


「吾輩の保有する魔法に『焔城(えんじょう)』というものがある。肉体を燃やし、周囲の一切を素材の如何を問わず焼き尽くす、最期の手段だ……この広大な城が一瞬にして炎に包まれ焼け落ちれば、如何にアシアめが遠くから見ていようと、気づかぬはずはない」


 その言葉に『勇者』は絶句し、しかし同時に納得した。

 そういうスキルがあったのなら納得もできる。先代のラエネックにも恐らくはそうしたスキルがあったのだろう、なんなら『魔王』全てがそのようなスキルを授けられていた(・・・・・・・)可能性すらある。

 爪先の炎を握りつぶしながら、シェドザールが話を続ける。


「加えて言うなれば、この炎が燃え続ける限り吾輩は生きている(・・・・・)。故に貴様らが城から逃げおおせれば、『勇者』によって『魔王』討伐は為され、かつ双方ともが生きている――城が崩れ落ちるまでは」


 シェドザールの結論に一気に真剣な表情になり、腕を組んで頷いた。ある意味で『勇者』と『魔王』が『魔王』討伐時にどちらも生きている、という試行は間違いではなかったわけだ。


「……なるほど」

「じゃあ、今までがダメだったのは……そのスキルを使わなかった、から?」


 納得した様子のアクセル、そしてエマ。確かに今まで、『焔城(えんじょう)』は使われないままシェドザールの生命を刈り取った……あるいは刈り取られた。それが条件だと気づいていなかったことは双方ともにあるが、使われずにここまで来た。

 そのスキルの使用がキーだったのなら、今までの『巻き戻し』の発生も当然と言えるだろう。シェドザールも大きく頷いている。


「……」


 ジャンヌがただ一人、静かに呼吸を整え、絶望を一杯に浮かべた表情をしている中、シェドザールは言葉を紡ぎ続ける。


「だが……そうだとして、だ」


 そのジャンヌに視線を向けながら、シェドザールは一旦言葉を区切った。彼女の見開かれた瞳が、シェドザールの視線とぶつかり合う。


「『聖女』。『勇者』の手にかかって吾輩が死に、城が焼け落ち、それがアシアめの目に入ったら、『勇者』は……否、『世界(・・)』はどうなる?」

「え……」


 問われ、一層に絶句するジャンヌ。いつものように答えを出せる聡明で理知的な姿は、もはや欠片も見られなかった。

 だがその問いに答えを出せる者は、この世界には誰もいなかっただろう。アクセルもエマも、理解が及ばないと言った様子で口をぽかんと開けていた。


「ど……」

「どういう――」


 どういうことだ、との言葉も出てこない。そんな有り様の三人に、腕を組んで目を伏せながら、『魔王』は言った。


「『世界』の歴史に、『魔王』討伐が成されたことは記録されているが、その後に何がどうなって、という記録はない。だと言うのにわずか五年の間で再びいがみ合ってなど、正気の沙汰ではない。魔王城を改めて、一から築城したと言うなら尚更だ」


 シェドザールの言葉に、返答こそ出来ずとも納得するより他にはない。

 事実、そうなのだ。先代ラエネックが死してからまだ、たったの五年。その五年で再び人間と魔物が血で血を洗う闘争を始めている。教訓も何もあったものではない、という風に。

 本来ならばもっと、こうした争いは間が置かれて為されるものなのだ。正気の沙汰ではない、というシェドザールの言葉はあまりにも尤もだ。

 シェドザールの緋色の瞳が、改めてジャンヌに向けられる。


「『カプレの聖女』たる貴様は、何故こんなにも不自然に『勇者』と『魔王』の対立の歴史が繰り返されていると考える」

「その……それは……」


 問われた『カプレの聖女』は明らかに、激しく動揺していた。言葉につっかえている様子がありありと見て取れる。この反応は明らかに、誰がどう見ても普通ではない。

 当然、エマもアクセルもジャンヌの異変には気がついていた。だからこそ、仲間を気遣う形でジャンヌを庇いに入る。


「ジャンヌ……」

「おい、『魔王』、あまりジャンヌを困らせ――」


 アクセルがジャンヌの肩に手を置きながら、シェドザールの言葉を遮ろうとした、その瞬間だ。


それが成された途端(・・・・・・・・・)アシアめの手によって(・・・・・・・・・・)この世界が一度(・・・・・・・)壊され(・・・)再び創られるからか(・・・・・・・・・)?」

「――!!」


 致命的な一言(・・・・・・)が、シェドザールの口から飛び出す。

 その言葉を聞いたジャンヌ・ワトーは文字通り、その場にくずおれた。アクセルの置いた手が空を切る。

 だがそれよりも、何よりも、シェドザールの発した一言があまりにも衝撃的に過ぎた。顎が外れんばかりに、ストンと落ちる。


「え……っ?」

「なに……なんて?」


 信じられない、というよりも。意味がわからない、というよりも。

 ただ、彼は今何を言ったのか(・・・・・・・・・・)今耳に入った言葉が(・・・・・・・・・)どういう意味なのか(・・・・・・・・・)が、あまりにも理解の外にあった。

 崩れ落ち、地面に膝をついたジャンヌの頬を、つぅと一筋、涙が伝う。


「……シェドザール、様」


 ジャンヌの涙をシェドザールは見なかった。否、見ていたら先の言葉は、きっと紡がなかったことだろう。視線を三人から反らしたままで、彼は話し続けていた。


「考えてもみよ。これだけの石造りの城を築城し、新たな『魔王』を据え、人間に攻撃をする、などということをたったの五年でどうして出来る? ならば『世界』ごと一度全て壊し、改めて『舞台装置』と『役者』を配置し直して運用したほうが、何倍も早いし手間もかからない。残った『素材』は再利用すればよいだけの話」


 その言葉はあまりにも衝撃的に過ぎた。というよりも、理解の範疇を超えていた。

 この世界が一度壊され、作り直され、その度に『勇者』と『魔王』の歴史が繰り返されていたなどと。

 『魔王』が死んだ先に明日はなく、『勇者』が旅立つ前に昨日はなく、ただその歴史が壊され、作られ、行われていたなどと。

 信じられるはずもない、と誰もが言うだろう。『巻き戻し』を、その理不尽を実感している、この四人以外は。


「ふん、だがアシアめ、残った『素材』の中にラエネックが仕込みをしていたことまでは気付かなかったらしいな。創造神などと宣いつつ、目の届かぬところはあるものよ」


 侮蔑するように吐き捨てるシェドザールが、つま先でラエネックの棺に触れる。中身が空だからこそ、そこにラエネックが埋葬された事実(・・)が無いからこそ、彼の行動には敬意も何も無い。

 しかしそれは、言ってしまえばただの『舞台装置』に過ぎない。どう扱おうと咎める者はいない。そう言いたいのだろう。


「……」


 シェドザールの発言を耳にして、いよいよジャンヌは顔面蒼白だった。過呼吸に陥っているのか、呼吸がいやに浅い。エマが落ち着かせようと背中をさすっているが、どれだけ効くか。

 改めて、『魔王』シェドザールは『勇者』たち三人に目を向けた。その瞳には先程までの憤怒の色はない――ただ、諦観のみがある。


「さあ、どうする『勇者』アクセル、『魔剣士』エマ、『聖女』ジャンヌ。ここで我輩を殺したとて、吾輩が城と共に燃え落ちたとて、どの道貴様らに――我々に明日などないのだ。それでもなお、今日崩壊する『世界』のために足掻くと言うか?」


 『巻き戻し』を脱したとして、世界神アシアによって世界は崩壊する。

 その事実に至った、至ってしまった『魔王』は、もはや足掻くことに意味はないと告げていた。

 だが、だからこそ。告げたからこそ。

 ようやく呼吸を取り戻したジャンヌが、かすれた声で発した。


「――です」

「え? ジャンヌ、今――」


 傍についていたエマがジャンヌに聞き返そうとした、その刹那。

 涙を流し、金色の長髪を振り乱し、顔を上げたジャンヌがあらん限りの大声で――叫んだ。


ダメです(・・・・)それを口にしては!!(・・・・・・・・・・)

「え――」


 ジャンヌが叫び終わるのが早かったか、その声がシェドザールの耳に達するのが早かったか、あるいは――それ(・・)の訪れが先立ったか。

 ドスン、ともズシン、とも言い難い、激しい揺れが四人を襲った。


「うわっ!?」

「な、なん――!?」


 墓所が揺れている。地面が、壁が、天井が揺れている。

 地震か。いや、それとも違う。大地そのもの(・・・・・・)が揺れている(・・・・・・)

 『勇者』アクセル・ド・ラクールはこの時、恐らく察したことだろう――『我々は神の怒りに触れたのだ』と。

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