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15. Continue:06-1

「……っくしゅん!!」

「ん……?」


 朝。魔王城横を流れるコチ川のほとり、『憩いの火』。エマのくしゃみの音で、みじろぎをするアクセルを、ジャンヌが目敏く見つけた。

 同時にカラン、となる木べらの音。それを聞いてエマも起きたのだろう。のっそり起き上がったアクセルを見て、一気に表情を輝かせた。


「あ!」

「ん?」


 当のアクセル自身は、どうやらまだ状況が飲み込めていないらしい。昨夜に一人、城内で『魔王』として死んだ際の感覚が残っているのか、しきりに首やら腰やらを触っていた。

 ふと、二人と視線が合う。次の瞬間、ジャンヌは泣き崩れエマはアクセルに飛びついた。肩を抱きしめて嬉しそうに頬を寄せている。


「アクセル!!」

「ああ……よかった……!!」

「エマ、ジャンヌ……」


 アクセルは目を白黒させていた。突然に泣かれ、喜ばれとしたのだから無理もないが。

 抱きつかれたままで、自分の両手をまじまじと見つめながら、彼はぽつりと、残念そうに言う。


「そうか……今回も、ダメだったか」


 そう、今回もまた『巻き戻し』は発生した。

 『勇者』が自分の命をも投げ出して、『勇者』と『魔王』双方が生き残った状況を作ってもなお、アシアの判断は否であったらしい。

 だが、エマもジャンヌもアクセルの言葉に憤慨しながら言う。


「ダメでよかったまであるわよ! あんただけ死んで、置いて帰るだなんて、そんなの……!」

「本当ですわ……あのまま明日が来たとしたら、私たちは……」


 エマなどは文句も言いつつ涙を流していた。ジャンヌも先程から目元が潤んでいる。二人とも、心からアクセルの生存を喜んでいた。

 実際そうだろう、ここまで試行を重ねてきて、いよいよ自分の命を犠牲にされて、それで『巻き戻し』を脱したとて喜べようか。


「そうだな、すまない……それにしても」


 故に素直に謝るアクセルだが、改めて自分の手をまじまじと見つめた。

 昨日に「魂交換(エクスチェンジ)」で『門番』エイレルトと魂を入れ替えていたから、昨日の長い時間を狼獣人として過ごしていた。だから昨日のこの手は、黒い爪と肉球を備え、短い毛に覆われた手だったはずだ。

 それが、人の肌(・・・)に戻っている。


「時間が巻き戻っているからなのか。昨日に魔物になったのに、人間に戻っている」


 時間がその日の朝、つまり「魂交換(エクスチェンジ)」をやる前に戻ったことが功を奏したか。アクセル・ド・ラクールは人間として再び目覚めた。

 落とした命が戻るのだから当然でもあるが、かけた魔法の効果による変貌も、何なら魔王の血を飲んで得た能力も戻っている。腰を確認するが、当然尻尾も生えていなかった。改めて腰を触るアクセルに、腕をほどいたエマが問いかけた。


「そうよね。大丈夫? 今は人間の姿だけど、夜になったらまた狼になったりとかしない?」

「やめろよ、人狼(ウェアウルフ)じゃないんだから」


 心配そうな問いかけに、アクセルも苦笑を禁じ得ない。これで彼女の言う通り、夜に月が登ったら狼獣人に、なんてなったらそれこそ問題だ。『巻き戻し』になっていないではないか、とアシアにクレームを入れる事態である。

 と、今日はいつもと違って大きな影が三人の上に落ちる。大きな翼をはためかせて地上に降りてきたのは。


「おお、なんぞ『勇者』、きれいさっぱり人間に戻っているではないか」


 『炎狼王』シェドザールその人だった。昨日のことがあったからなのか、飛狼(フライウルフ)を介さずに自身が顔を見せたらしい。


「あ、『魔王』」

「おはようございます」

「珍しいわね、今日は本人なの」


 『勇者』三人ももう慣れたもので、普通に挨拶をするしエマに至っては飛狼(フライウルフ)をよこさなかったことを驚く始末だ。

 とはいえこれで六回目。もはや一週間に近いくらいにここでこうしてやり取りしているのだ。慣れもするだろう。アクセルが立ち上がって、シェドザールの肩に拳を当てる。


「戻ってきたからいいにしても、いい気分じゃなかった。もうやりたくないぞ」

「であろうな。吾輩も自身が殺されるのを見るのは忍びない」


 シェドザールもシェドザールで、拳をぶつけてきたアクセルに何も言わない。どころか優しげな表情をしてその手をどける。すっかり同志(・・)の間柄だ。

 だが、だからこそ。真剣な表情になってシェドザールは口を開く。


「だが、それはそれとしてだ。此度もアシアめの許しを得られなかった。ということは吾輩たちは、一度原点に立ち返らねばならぬのかもしれぬ」

「原点?」


 『魔王』の発したワードに、アクセルとエマが首を傾げる。そんな二人にちらと目を向けて、シェドザールは言葉を継いだ。


「そう。『何故『勇者』が『魔王』を討伐した、という使命が果たされてなお、この一日を繰り返しているのか』ということだ」


 シェドザールの発言に、三人共がきりりと表情を固くした。

 原点。この『巻き戻し』に巻き込まれたことの一番大元の疑問。それが確かにまだ、四人の前に大きな問題として立ちはだかっていた。これを解決しないことには、間違いなく先には進めない。


「そうだな……アシア様からしたら、『魔王』討伐が成された時点で『勇者』の使命は果たされている、こうして一日に閉じ込める意味はない……なのに」

「アシア様は、さらに何かをお望みでいらっしゃる……そうなるわけですわね」


 アクセルの疑問に、ジャンヌも肯定を示す。実際『勇者』の使命を果たしてなお、アシアは世界平和を約束はしてくれていない。理不尽にも程がある。

 だがだからこそ、その理不尽には理由があるはずなのだ。シェドザールも大きく頷いている。


「恐らくは」

「うーん……でもさ」


 だが、それまでずっと考え込んでいたエマが、ますます首を傾げながらおもむろに口を開いた。


「『勇者』による『魔王』討伐以上の望みって、何よ?(・・・)


 彼女の疑問に、答えられる者はいない。

 『勇者』の使命は『魔王』討伐、ならば討伐を果たせば使命を達成したと言えるはずなのに、こうして『巻き戻し』は起きている。

 何なら二回も正攻法で倒しているのだ。付け加えての望みがあることは間違いないが、それが何なのか、答えが出てこない。


「そこが分からないんだよな」

「うむ……アシアとしては、『勇者』に吾輩を倒させることが出来れば、それで神としての仕事は果たしたようなもの。それ以上に何を望むかと言うと……」


 アクセルもシェドザールも顔を見合わせ、お互いに首を傾げている。

 その答えをすぐに出せるようならばここまで苦労はしていない。何かがあるにしても、果たして魔王城の周辺で出来ることに何があるか。魔王城前の『憩いの火』に戻っていることを考えれば、この近隣にキーとなる何かがあるはずだ。

 いよいよ手詰まりか。そういう空気が流れ始めた時、ジャンヌがこれまで以上に難しい顔をしてぽつり、呟いた。


「……まさか、あれが……?」


 あまりにも意味深な呟きは、存外に三人の耳にはっきりと届いた。すぐに反応したエマとシェドザールが、ジャンヌに歩み寄る。


「ジャンヌ?」

「『聖女』、何か思い当たる点があったか」


 声をかけられ、ジャンヌはしばし視線を彷徨わせた。言葉を慎重に選びながら、彼女が口を開くことには。


「あの……荒唐無稽(こうとうむけい)、と笑っていただいても結構なのですが」

「構わぬ。何を思いついた」

「そうだ。教えてくれ」


 慎重に前置きするジャンヌに、シェドザールとアクセルが続きを促す。

 そのまま再び視線を巡らせてから、ゆっくりとジャンヌは二人をまっすぐ見据えて口を開いた。


「アシア様は、私たちが……『勇者』が、『魔王』を討伐したということを、知らせる(・・・・)ことまでを、お望みなのではないか、と」

「ん……?」

「知らせる……って、ジャンヌ、どういうこと?」


 討伐を知らせる、という言葉にアクセルとエマが、なんならシェドザールも首を傾げる。

 ジャンヌのたどり着いた答えを三人が咀嚼する間、『憩いの火』はいつものように静かにゆら、と炎を揺らめかせていた。

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