14. Continue:05-2
その日の夜、例によって城内でレベル上げを行った『勇者』三人は、またしても『玉座の間』の前にいた。
「……いよいよね」
「そうですわね」
エマが魔剣を構え直しながら言うと、ジャンヌも杖に手をやりながら返した。
そして二人揃って、前を往く『勇者』アクセルに目を向ける。つい先程に同僚の首を刎ねた彼の表情は、いつになく固かった。
「頼むわよ、あんた。ここで怖気づいたりしたら許さないんだから」
「分かっている……魔王様のためでもあるのだから」
エマが小突くと、アクセル――の身を借りた『門番』エイレルトは頷きながら言葉を返した。先程までに幾度となく魔王城の魔物を倒し、今しがたに同僚の命も手にかけた彼は、形式上とはいえいよいよ『魔王』に挑もうとしている。
だが言うなればその『魔王』も偽物。その事実を再確認して彼も踏ん切りがついたのだろう、思い切り『玉座の間』の扉を開けて叫んだ。
「『魔王』シェドザール!! 『勇者』アクセルがお前を倒しにやってきたぞ!!」
恐らく彼も、決意を新たにするために吼えたのだろう。自身が『勇者』であり、前に立つ自身の身体を持つものが『魔王』であると。
そして『魔王』シェドザール――を装う、『門番』エイレルトの身体を借りてシェドザールの血も飲んで能力を底上げした『勇者』アクセルが、随分と悪辣な笑顔で三人を見る。
「ようやく来たか、『勇者』」
そう重い声色で言いながら、『魔王』はその手に炎を灯した。血を介して借り受けた能力は、本来の持ち主と何ら遜色はない。
「ここに来たなら結末は一つ、貴様と吾輩、どちらが世界を握るにふさわしいか、雌雄を決する時だ」
そして炎を一層強く燃やしながら、一歩、また一歩と歩を進め、『魔王』は玉座前の階段を降りてくる。チャキリ、と剣の音が鳴った。『勇者』が自身の剣を、真正面に構え直す。
一瞬、静寂が流れた後に。
「行くぞ、『勇者』!」
「これで終わりだ、『魔王』!」
両者は同時に床を蹴った。『魔王』の手から放たれた炎が『勇者』の眼前に迫るも、瞬時にそれを剣でいなし後方へ弾く『勇者』。エマとジャンヌのはるか後ろの天井で、弾かれた炎が炸裂した。
地鳴りのような音とともに天井の石材が微かにズレて、ホコリと砂が落ちてくる。それを避けながら、エマが苦々しい表情になった。
「なによあいつ、立派に『魔王』しちゃって……!」
「シェドザール様の血も飲まれて、力の程度もまさに『魔王』そのもの。アクセル様もエイレルト様の――魔物の魂を持つことで強化されていますが、油断は禁物ですわ」
ジャンヌも杖を振るって『勇者』に支援を飛ばしながら、眉間のシワを深くした。
先にレベルアップをしている最中にも、『勇者』の力は目に見えて圧倒的だった。人間に魔物の魂が混ざり込むと、それに伴って肉体も強化されるという話は密かにだが語られていた。『勇者』とは即ち、人間でありながら魔物の魂を有し、その魔物の魂を抑え込むほどの心の強さを持つものだと。
故に『勇者』は初手から『魔王』を圧倒していた。偽物の『魔王』が弱いわけではない。能力を底上げされた『勇者』の強さが圧倒的なのだ。
「っ、はぁぁぁっ!!」
「く……っ!」
それでも『魔王』は健闘している。緩急をつけながら炎を繰り、『勇者』をはじめとしてエマやジャンヌを苦しめていた。だがしかし、その緩急すらも『勇者』はものともしていない。
今もまた、一歩飛び退いて炎をかわした『勇者』が返す刀で剣閃を飛ばした。剣閃を飛ばして攻撃するスキル「飛龍斬」だ。飛ばした剣閃を追いかけて、さらに一撃。隙間のない二連撃を食らった『魔王』が数歩後退した。
好機だ。エマとジャンヌも前に飛び出してそれぞれの武器を振るう。
「いい具合に押してるじゃない、援護するわ!」
「私も参ります! 神よ、我らの道行きに光を!」
エマが「山割りの大剣」を振るって『魔王』の防御を崩していけば、ジャンヌが聖なる光を天井から『魔王』目掛けて落とした。
数多の傷を負ったところにこの追加攻撃だ。ついに『魔王』が、耐えきれずに膝をつく。
「ぐ、おのれ……!!」
苦しげに呻く『魔王』。だが対する『勇者』も肩で息をしている。苦戦しているわけではないのにこれだから、やはり緊張が勝るのだろう。なにせ元々自分の身体をこれから斬るのだ。
「はぁっ、はぁっ……」
「いいわ、トドメを!」
口を開いて息を吐き出す『勇者』に、エマが発破をかける。もはや『魔王』に立ち上がる力はない。だがだからといって殺さない理由もなかった。
かくして。『勇者』は決意を固めて剣を構え、床を強く蹴った。
「うぉぉぉぉーーーーっ!!」
裂帛の気合。それは微かに嘆きの色も混ざっていただろう。
振るわれた剣がガクリとうなだれた『魔王』の首をしっかと捉えた。そのまま勢いよく、全力で振り抜かれた剣が、狼の頭を思い切り斬り飛ばす。
「ぐ、ハッ――!!」
『魔王』の口から苦悶の声と血が飛ぶ。
結局、『魔王』の身体はそのまま倒れ、首は血と炎を散らしながら床に転がった。その口元が、にやりと歪んでいる。
「ふ、は、は……吾輩が、負ける、とは――」
「アクセル」
最期の言葉を紡ぎ始めた『魔王』を、エマが遮った。その身体の中に宿る魂の、本来の名前を呼ぶ。
「いいのよ、もう演技しなくても」
「よく頑張りましたわ、お疲れ様です」
ジャンヌもしゃがみ、その頭に手を置きながら優しくねぎらいの言葉をかけた。
そう、結局『勇者』アクセルは『魔王』シェドザールを演じきって死ぬのだ。アクセルの身体には『門番』エイレルトが入ったまま。そして本来の『魔王』シェドザールは死なずに生きている。
これで『勇者』と『魔王』は共に生きていながら、『勇者』による『魔王』討伐は為されたわけだ。
「ありが、とう……あとは、まかせ……る……」
ようやく本来の、人間の青年らしい口調に戻りながら、弱々しい声でアクセルは三人に言葉をかける。消え入るような言葉を残して、その瞳から光が消え、炎が消えた。
「……死んだか」
そう静かに呟いたのはエイレルトだった。
結局、アクセル・ド・ラクールの魂はそのまま消えてしまった。エイレルトの本来の身体も、今死んだ。結局彼はそのまま『勇者』の身体で生きるしかなくなったわけだ。
「もう……結局『魔王』として死んじゃった、あいつ」
「門番の方には申し訳ないですが、もう少し『勇者』でいていただかなくてはなりませんね」
エマもジャンヌもため息をつきながら、立ち尽くして『魔王』の影武者をやりきった自分を見つめるエイレルトを見た。彼も彼で自分で自分を殺した形なのだから、複雑だろう。
その心境を自分で隠すように、エイレルトが首を振る。
「仕方がない、影武者とは死ぬまでが仕事だ……それで、本物の魔王様は」
そう話しながら、エイレルトが視線を左右に振った。確かにシェドザールはこの場の何処かにいるだろうが、今のところ姿を見せていない。
と、玉座の向こうの天幕が揺れた。ちょうど地下への隠し穴がある場所だ。そこからのそりと姿を覗かせる。
「ここだ」
「なに、あんた、ずっとそこで見てたの」
随分しっかりと隠れていた様子に、呆れた様子でエマが声を掛ける。
それは確かに、『魔王』がこの場に二人いるようでは何のための影武者だ、となる。としてもそこにいるとは思っていなかったのだろう。
ともかく、天幕をめくりながらシェドザールが話す。
「これで『勇者』による『魔王』討伐は為された。そして『勇者』と『魔王』は共に生きておる。これで『一日』を抜けられるなら、問題はないのだが……」
「……シェドザール様?」
と、話しつつ不意にシェドザールが天上を見やる。彼にしては随分と不安げな物言いだ。その言い方に疑問を持ったか、ジャンヌが首を傾げつつ問いかける。
だが彼はそれには答えない。視線を戻してゆるりと首を振ると、シェドザールはエイレルトに顔を向けながら言った。
「門番エイレルト、此度の働き、実に大儀である。『勇者』の立場を押し付けてすまぬが、もうしばらく働いてもらう」
「勿体ないお言葉です、魔王様」
エイレルトも最早『勇者』を演じる必要はない。魔王への感謝の言葉を、魔王の臣下らしく言う姿に、エマもジャンヌも何も言わなかった。
それはそれとして、『魔王』討伐は為された。あとは次の段階だ。
「行くぞ、貴様ら。この際どこで休もうと関係はないが、念の為に城の外に向かう」
そう言い残して、シェドザールが天幕向こうの隠し穴に飛び込んだ。
確かに、『魔王』は魔王城の中で死んだ。『勇者』が魔王城の中で寝るにしても外で寝るにしても、関係ないことはもう分かっている。ならば念には念を入れて、だ。
『魔王』に続いて『勇者』たち三人も隠し穴に飛び込んでいく。あとに残されたエイレルトの死体が、静かに燃え尽きて静かに崩れていった。




