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結果的に「『魔王』が自害するところを『勇者』が介錯する形で命を奪う」という方式でやってみよう、とまとまり、シェドザールの飛狼が城へと戻っていった後で、アクセルたち三人は魔王城の中を歩いていた。
道中の魔物たちはいつも通りに、玉座の間に到達させまいと襲ってくる。彼らからしたら上が何をどうしようと、いつも通りに仕事をするだけなのだから当然だ。
「あの魔王が自害、ねぇ」
竜人の衛兵を一刀のもとに斬り伏せながら、エマがため息混じりに吐き出した。
『魔王』がまず我先に生命を投げ出すことを試そうと進言してきたことも意外だが、そうでなくても炎が形を持ち、生命を得たかのような存在なのだ。ジャンヌも杖を振りながら目を伏せる。
「たしかシェドザール様の心臓は、炎が形を持ったもの、と伺ったことがありますわ。だから二回目に相対した時に、首を落としたのですわよね?」
「ああ。心臓を貫いて殺すにしても、弱らせてからでないと自身の炎で心臓の機能を補完してしまう……だから心臓を貫くのは無意味だ、という話を以前に聞いた」
ジャンヌの問いにアクセルも、剣を振るって獣人の兵士の盾を弾きながら答えた。
『炎狼王』シェドザールはその二つ名の通り炎を操る。その炎は彼の生命そのものであり、例え心臓を失おうとも自身の炎が燃える限り生命が尽きることはない。二回目で勝利を収めた際に、首を落としてもなお会話ができたのはその為だ。
逆に言えば、それだけやっても易易とは死なない。そんなに死なない生き物が、どうやって自害など出来ようか。先程に盾を飛ばされた兵士の首を裂きながら、エマがちらと後方の仲間を見やる。
「じゃああいつ、どうやって自害しようっていうの?」
「気になりますが……きっと何か思惑があるのかもしれませんわ。でなければそんなことをシェドザール様自身が、仰るはずがありませんもの」
そう話しながらジャンヌが光の矢を放って最後に残った兵士の眉間を貫き、一旦の戦闘が終わる。兵士の側からしたらこの『勇者』たちは何を話しているのだろう、と疑問に思うことは間違いないだろうが、今更だ。
そこから先に進む中でも、魔物たちは襲いかかってくる。今もまた玉座の間に通じる通路で警備に当たっていた兵士が二人、アクセルたちの姿を認めて槍を向けてきた。
「むっ、勇者!」
「ん」
狼と虎の獣人の兵士だ。今回は多少遭遇する位置が違うが、『玉座の間』の前で立ちはだかっていたのも彼らだから、顔はよく覚えている。
着ている鎧や手にする槍を見るだけでも、彼らがそこそこの地位にいることが分かる。『魔王』の目論見を多少なりとも聞かされているのか、これまで以上にやる気に満ちた顔をしていた。
「魔王様をお守りするためにも、ここを通すわけには――!」
「悪いな」
彼らも『魔王』が自ら殺されるのを待っているのを知っているだろうが、それでもなお自らの職務を全うしようとしているのだ。
だがアクセルたちも、だからといって彼らの仕事に付き合う義理はない。即座に剣を振るい、飛ばした剣閃で虎の兵士の槍を切り飛ばした。
「俺たちも、お前らに邪魔されるわけにはいかない」
「ぐはっ」
槍の穂先を切断し、一瞬の隙ができたところでもう一閃。一気に距離を詰めて剣の柄頭を鎧の下、みぞおちにねじ込む。そのまま壁に叩きつければ、虎の兵士は昏倒してそのままずるりと倒れ込んだ。
これで一人。残った狼の兵士も、エマの剣を自身の剣で抑えようと奮闘しつつも、じりじりと押されていた。
「ぐ、おのれ……まだ、魔王様の居室に向かわせるわけには……!」
「ごめんね、気概は買うけど」
押し合っていた状態の剣を、エマがふ、と下ろす。力をかける方向にあった障害物がなくなり、体制を崩した狼の兵士を、体を入れ替えて側面に回り込んだエマが裏拳一発。後頭部をしたたかに打ち据えた。
そのまま通路に倒れ込んだ兵士にジャンヌが杖を向ける。
「私たちにも使命があるのです、お許しを」
「が――!」
閃光。激しい光が一瞬だけ視界を奪い、光が収まる頃には意識を刈り取られた狼獣人が力なく転がっていた。
先の虎獣人同様、命は奪っていない。別に殺したところで何があるわけでもないが、こちらを殺しに来るでもなく押し留めようとする兵士の命まで、無為に取らなくてもいいか、との思いがあった。
「よし」
「急ぎましょ」
そう短く言いつつ走り出そうとしたアクセルとエマだったが、ジャンヌがは、と何かに気がついたように声を上げた。
「待ってください。なんでしょう……やけに寒くありませんこと?」
その言葉にアクセルもエマも、立ち止まって目を見開いた。確かに先程までは戦闘で動いていたから気が付かなかったが、妙に寒い。玉座の間に近づくにつれてその冷気は強まっていた。
外はまだ明るい。太陽も高く上っており、肌寒いなんて気温でないことは確かだ。それなのに玉座の間の周辺だけ、やたらに空気が冷たい。
「確かに……なんで、こんなに寒いの?」
「氷魔法でも使っているのか……?」
何が起こっているのか。皆目検討もつかないまま、アクセルがそっと『玉座の間』の扉を開ける。ドアノブも随分と冷たい。
「『魔王』?」
扉を開け、中に入るアクセル。その靴が、ジャリ、と硬い何かを踏んだ。
目を見開く三人に、いつも以上に低く、弱々しい声が届く。
「来たか……『勇者』」
「なっ……!?」
今朝に聞いた『魔王』の声。だが明らかに弱っているのが見て取れる。
何故か。『玉座の間』全体が氷漬けになっているのだ。先程にアクセルが鳴らした硬い音も、凍りついた絨毯を踏んだが故に鳴ったもの。
それだけ空間が冷え込んでいるのなら、炎の化身たる『炎狼王』シェドザールが十全でいられるはずもない。どころか、彼の身体から立ち上る炎は極限まで弱くなり、手足の先は凍りついて固まっていた。
「な、なんですの、これは!?」
「玉座の間が、なんでこんな……!!」
あまりの異常事態に『勇者』たちは困惑を隠せずにいた。
これだけ凍りつき、冷え込んでいるのなら『魔王』が弱まるのも無理はないが、何故現時点でこんなことになっているのか、それが全く分からないのだ。
と、玉座の向こうから側近のアンデオルが姿を現す。老ゴブリンは身体を冷やさないためだろう、季節に似つかわしくない厚着をしながら淡々と話し始めた。
「『魔王』様は配下の者どもに、玉座の間そのものを凍りつかせるよう指示いたしました。さらには『青氷の宝玉』をいくつも、文字通り呑み込みになられた」
「は……!?」
発せられた言葉に、アクセルが文字通りに絶句する。
『青氷の宝玉』は世界にその逸話が広く伝わる伝説のアイテムだ。一つ放り込めば湖の水を瞬く間に凍りつかせ、五つ集まれば世界は極寒の吹雪に沈むとまことしやかに囁かれる、強大な氷の力を秘めた宝玉である。
それを、この『魔王』は呑んだというのか。
「せ、『青氷の宝玉』って……あれを、お呑みに!?」
「馬鹿、そんな無茶なこと……!!」
アクセルたちもその宝玉の威力はよく知っている。大陸北東、レザイ湖の中央に浮かぶ孤島の塔に向かうため、『青氷の宝玉』を使って湖を凍らせたことがあるのだ。
塔を攻略し、湖近隣のレザイ村に戻る頃にはさすがに湖も元通りになっていたが、あれがどれだけの効果を発揮するものかは、その身で理解している。
そんな力を持つ宝玉を飲み込むなど、正気の沙汰ではない。
「左様……こうでもせねば、吾輩には、自害などできぬ」
「お前……!!」
シェドザールが弱々しく吐き出した言葉に、もはやアクセルは絶句するしか無い。
確かに炎そのもののようなシェドザールを弱らせるには、極限まで気温と体温を下げてやるしか無いだろう。生半可な氷では逆に溶かされてしまうし、だからこそアクセルたちも基本的に真っ向勝負を挑んでいたのだが。
だとしても、やりすぎだ。そこに追い打ちをかけるかのように、アンデオルが一本の剣を取り出す。
「『魔剣士』エマ、これを」
「これ……ちょっ、待って!? まさかこれ、氷の魔剣『グラソン』!?」
アンデオルが差し出してきた一振りの剣にエマが目を見開いた。
世界に数ある魔剣の一振り『グラソン』は長らくその行方が知られておらず、幻の魔剣とまで言われていた。シェドザールに対抗する有効な武器としてアクセルたちも長らく捜索にあたっていたのだがついぞ見つからずじまい、手に入れるのを諦めていたのだが、まさか『魔王』自らが手にしていたとは。
魔剣に手を伸ばすエマの手が震えている。確かに刀身に『青氷の宝玉』を埋め込んだこの魔剣ならば、シェドザールの生命を刈るには十分だろう。だが、もう一度言うがシェドザールは既に死に体なのだ。
それでも、確実を喫するためだろう、アンデオルは退こうとしない。
「そうです。魔剣の使い手である貴方様なら、こちらの効果を十全に発揮させられるでしょう。さあ、介錯を」
「う、うん……」
押し負けて、エマが『グラソン』の柄を握る。ただでさえ寒い場所だと言うのに、魔剣の柄は恐ろしいくらいに冷え切っていた。
握っただけで凍りつきそうになる手の震えを『魔剣士』ゆえの力で抑えながら、エマがうずくまったままのシェドザールの前に立つ。
「あんた……なんでそこまでするのよ」
「……語る義理はないな」
問いかけるも、つれない返事のシェドザールだ。確かに彼からしたら、語る義理はないだろう。エマもそれ以上問う事はしない。
「そう……つまんないの」
そう、ぽつりと呟きながら『グラソン』は鋭く振るわれる。断ち切られるシェドザールの首。その端から凍りついていく『魔王』の身体。
もはや、とっくに肉体を維持する限界に達していたのだろう。二回目の戦闘の際には首を斬ってもなお話し続けていたシェドザールは、もうぴくりとも動かない。
「……」
エマが物言わぬ屍となったシェドザールを見下ろすが、すぐに魔剣をその場に放り投げた。
こうもやりきれない気持ちになるのは何故だろう。こんな形で『使命』を果たして、何になるだろう。
それでもアンデオルは『勇者』に向けてそっと頭を下げた。アクセルも静かに会釈をするが、なんとも居た堪れない。くるりと背を向けた彼の耳に、何とも寂しげなアンデオルの声がした。
「全く……陛下は、何をお考えになったのか……」
「……」
その言葉に何を返すこともなくアクセルたちは『玉座の間』を後にした。まだ廊下は寒い。正直、早くこの場から立ち去りたい気持ちでいっぱいだった。
「……行こう」
「……はい」
重い空気が三人を包み込む。城の外に向かう足取りも、どこか重たい。
願わくば、これで『巻き戻し』が起こらなければいいのだが。そう思いながら『勇者』たちは城の外へと、ただ歩き続けるのだった。




