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パチリと焚き火が爆ぜる。
空は既に白み始め、昇り始めた朝日が一人の男の背中を照らしている。
ここは厳密には、ラロ王国領コチ村近郊、コチ川のほとり。そしてこの場所の目の前、川の向こう岸には、「炎狼王」とあだ名される魔王、シェドザールの住まう「魔王城」が位置している。
だがこの場所は一般的に、「魔王城突入前の最後の休息地」であった。
ここにある焚き火は「憩いの火」と呼ばれ、世界神アシアの加護により常に燃え盛る焚き火とされる。この火は魔物を遠ざけ、人の傷を癒やすため、世界を股にかけて冒険する『勇者』にとっては救いの場所だ。
今この場所で微睡んでいる男こそ、『勇者』であり西方の大国ラクールの王子、アクセル・ド・ラクール。彼の前で眠い目をこする二人の女は、宗教都市カプレの聖女ことジャンヌ・ワトーと、黒の魔剣の担い手ともてはやされるエマ・デュボワ。つまるところ、魔王討伐の命を世界より賜った三人だ。
ジャンヌとエマは、そっと顔を見合わせると小さく微笑む。今や魔王城は目の前、川向こうからいつ魔物の大軍勢が押し寄せてきてもおかしくないのに、この勇者はどこまでも豪胆で、肝が据わっていた。
だが、今日こそ。今日この日にこそ魔王討伐を成し遂げんとして、ここの火の前で休息を取ったのだ。一刻さえも無駄には出来ない。
「アクセル様、アクセル様。朝ですよ」
「さっさと起きなさいよ」
「ん、んん……」
先んじて目を覚ましていたジャンヌとエマが、朝食の準備の傍ら未だ眠りの中にいるアクセルを揺すり起こした。数度揺すられ、ようやくアクセルが目を覚まして身を起こす。
「朝か……おはよう、エマ、ジャンヌ」
「はい、おはようございます」
のそのそとブランケットを畳み始めたアクセルに、くすくすと微笑んだジャンヌは火にかけた鍋に香草とパン、干し肉を入れた。魔王城に挑む朝の食事、普段通りのメニューとはいえ手を抜いてはいられない。
岩に腰掛けて愛用の魔剣、触れたものを何であろうと切り裂く『山割りの大剣』を手に持ちながら、エマが呆れたように息を吐く。
「全く……今日はいよいよ魔王城に乗り込むってのに、よくグースカ寝てられるわね、あんたは」
「まぁまぁ。寝不足で力を発揮できないよりは、よほど良いことですわ、エマ様」
ため息をついたエマに微笑みかけながら、ジャンヌが木の椀にスープをよそう。煮られて柔らかくなった干し肉を多めに入れた椀をエマに渡すと、彼女はそれを流れるようにアクセルに手渡した。
「アクセル、はいこれ」
「ん、これも」
素直に受け取ったアクセルも、代わりにエマへと木の匙を手渡した。そうして三人にスープの椀と匙が行き渡ったのを確認すると、三人は黙々とスープをすすり始めた。
魔王城の前、ともすれば城の前で詰めている衛兵の魔物が襲ってこないとも限らない話だが、そこは「憩いの火」の周囲。衛兵の魔物も剣呑な表情をしながら、遠巻きに食事風景を見ているだけだ。
程なくして、スープの一切は三人の腹の中に収まった。布切れで椀と匙を拭うと、それらが麻袋の中へと放り込まれる。
「食べた?」
「ああ。そっちも大丈夫か?」
口元を拭い、立ち上がりながらエマが問いかけると、アクセルがぐ、と背筋を伸ばしながら答えた。
食事は終えた、目も覚めた。ならばあとは、魔王城に突入するだけだ。三人がそれぞれの武器を、静かに抜く。剣、大剣、そして杖。
「じゃ、行こうか」
「ええ」
「はい」
アクセルの言葉にエマもジャンヌもうなずいた。途端に、三人が一斉に駆け出す。その向かう方向は魔王城、正門。
当然そこには魔物たちがいる。衛兵も槍と盾を構えて、突撃してくる勇者パーティーを迎え撃つが、しかしその首はアクセルとエマの剣によってあっさりと宙を舞った。
そこからはもう、快進撃としか言いようのない速度で勇者パーティーは突き進んでいった。道中の魔物は軒並み切り裂かれ、あるいは光に焼かれ。罠も破壊しながら猛進し、そして勇者たちは巨大で重厚な扉の前に立っていた。
「ここが……玉座の間か」
「結構面倒なルートだったわね」
「思っていた以上に消耗してしまいましたね……念のため回復薬も使っておきましょう」
扉の前で息を吐く三人は、身体のあちこちに傷を作っていた。服にも血がにじんでいる。ここまでたどり着くまでの間で、だいぶ消耗したのが見て取れた。ジャンヌが回復薬を配って回復しているが、それでも全回復は難しいだろう。
ともかく、多少の回復をしてから三人は顔を見合わせる。そして意を決して、巨大な扉を一気に押し開けた。
「『魔王』! 勇者がお前の悪行を終わらせに来たぞ!」
扉を開き、剣を抜き、玉座に向かって声を張り上げるアクセル。
果たして声の先、玉座に腰掛ける城の主――『炎狼王』シェドザールは、退屈そうに頬杖をつきながら、ため息交じりに乱入者を見た。
「存外遅かったな。『勇者』アクセル」
『勇者』の登場まで時間がかかったことに呆れているのか、あるいは既に消耗激しい三人に呆れているのか。
シェドザールは玉座から立ち上がり、その手に炎を灯しながら、文字通りの気炎を吐いた。狼の顔、牙の隙間から、真っ赤な炎が漏れている。
「これまで随分と、吾輩の手の者を切り刻んでくれたようだが、それもここまでだ。吾輩の炎を以て、貴様を冥府の神に送り届けてくれる」
口上を述べながら、手の中の炎をぐっと握りつぶすシェドザール。儚く散った炎がチリ、と玉座の間のタペストリーを焼いた。ぐ、と歯を食いしばる『勇者』一行だが、まず口火を切ったのはエマだった。
「その言葉、そっくりそのままあんたに返すわよ! 冥府の神に命乞いする文言でも、今のうちに考えておくことね!」
「ふっ」
魔剣『山割りの大剣』の切っ先を魔王へと向け、強気な言葉を吐くエマ。何でも切り裂く魔剣の切っ先が空を裂き、室内に一瞬の風をもたらした。
その風に炎が揺れる。魔王の口から発する炎もまた。
そして炎が、ガキンと音を立てて合わさる牙で閉ざされる。
「今更あれこれ言葉を交わしても仕方があるまい……」
「ああ。決着はこっちでつけよう」
二人とも、理解していた。言葉では決着はつかず、刃と牙を交わし合うことでこそ、『勇者』と『魔王』の決戦は始まり、終りを迎えるのだと。
もはや、ここまで来たら何を言うまでもなく。
「では……『最終決戦』と行こうか!!」
「っ!!」
吠え声とともに口から吐き出された紅蓮の炎が、剣を構えるアクセルの眼前を覆い尽くした。




