青くて遠い私の地球
今年も夏休みが近づいてきた。
「美術の宿題。どうする?」と言う話題で、私達はお喋りをする。
「絵にする」と、美術部の美佳は言う。
「だよね。私どうしようかな」と、柔道部の私も考える。
「組木細工とか?」と、美佳は例を挙げる。
「原理が分からんよ」と、私は答えて苦笑いした。
高校一年生の頃。やけに絵が上手い子が居ると聞いて、文化祭の時に、その絵を観に行った。
滑らかな肌のイルカが、碧みがかった透明な水の中を泳いでいる。写実的で繊細な絵だった。
筋肉馬鹿の私でも、綺麗な絵だって分かった。
「気に入ってくれた?」と言って声をかけて来たのが、美佳だった。
黒縁の眼鏡が、大きな瞳をさらに縁取っている。黒い長い髪が綺麗な、頭の良さそうな子だった。
私から見ると、美佳は「才女」に見えた。
容姿は整っていて、成績も良く、絵を描く才能があって、運動だって一通り出来た。
その彼女の唯一の欠点が、近眼。コンタクトレンズのある現代では、些細な欠点だ。
私は、彼女と友達になってから、度々口にしていた。
「美佳は将来、何にでもなれそう」
「そう?」と、気のない風に聞かれたので、「そうだよ。何でもできるじゃない」って答えた。
そんな時、美佳はついと顔を横にして、空を見るのだった。
放課後。夕陽の中を、二人で歩く。真夏の近づく空は、鮮やかすぎるほど青い。
「新しいロケットが宇宙に行くんだって」と言う話題が上った。
「何時かはまた月にも行くらしいし。その時に宇宙飛行士に成れた人はついてるよね」と、私が言うと、空にある月を見ながら、「宇宙飛行士に成れる条件って分かる?」と、美佳が言い出した。
「どんなの?」と聞くと、彼女は答えた。
「身長百四十九点五センチ以上、百九十点五センチ以下。色覚正常。聴覚正常。遠距離視力、矯正視力共に一点零以上」
視力の規定を言う時に、彼女は眼鏡の縁を人差し指で抑えた。その指先は少し震えている。
「私、矯正視力、一点零、出てないんだよね」
私は訳が分かって、「そっか」としか言えなかった。
美佳は笑ってた。
「璃々。何時か、宇宙に行ってよ」と、美佳は言う。「それで、本当に地球が綺麗かを、私に教えてよ」
その声は、ひどく真剣で、どうしても突き放せなかった。
私は月を見上げて、「うん」と頷いた。
そして私は、今、カウントダウンを待っている。美佳が夢に見た、青い地球が見えるはずの宇宙への。
私は彼女に言えるだろうか。
「地球は青く美しかった」と。




